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ルソーの文明批判について

「文明は完全に腐敗している」とルソーは言った。

 

私たちは文明は進歩してゆくものであり、その進歩は喜ばしいものだと信じています。

 

文明のないところに贅沢な生活はありません。学問や文化、芸術や文学はない。自動車はなければ冷蔵庫やスマホもない。

 

しかし、ルソーは文明は人類に破滅をもたらしたと考えました。

ルソーはどのように文明を批判したのか? 見ていきましょう。

 

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今日の記事はルソーからフーコーまでを描いた哲学書Explaining Postmodernism: Skepticism and Socialism from Rousseau to Foucaと「学問芸術論」を参考に書いています。 

ルソーの文明批判

ルソーは文明を批判したわけですが、それは18世紀フランスという条件に限定されるわけではありません。

 

たしかに当時のフランスは退廃した貴族や抑圧的な封建制が存在しました。しかしルソーが批判した範囲ははるかに広く、理性、私有財産、技術や科学、そしてそれに基づく啓蒙思想を批判したのでした。

健康でしあわせだった自然人

人類が理性に目覚める前、人は単純な存在でした。大部分が孤独に生き、環境から必要なものを簡単に手に入れて、それで満足していた。この状況をルソーは理想としました。(ルソーの「自然状態」について - 齟齬

 

しかし理性が目覚めると――つまり、パンドラの箱が開かれると――人間はその本性である原初的な幸福な状態には戻れなくなりました。

農耕と鉄が人類を破滅させた

ルソーは、理性の目覚めは破壊的だと考えた。

その進歩は表面的には個々人の完成に向かっているようだが、実のところ種の崩壊に向かっているのである

理性によって、人間は自らの原始的な状況に気づくことになり、現状に満足できなくなりました。そこで彼らは種々の改善をはじめたのですが、その改善は農耕と冶金の革命においてもっとも顕著だった。

 

これらの革命が人間を物質的に改善したことは事実です。しかし、そのもたらしたものは種の破滅でした。「人間を文明化し、そして人類を破滅させたのは鉄と麦である」とルソーは言います。

 

いったい文明のなにが人類を破滅させるのか?

文明と道徳はトレードオフである

「人間不平等起源論」でルソーが批判したのは理性そのものです。

 

理性は文明のベースとなり、発展させる原動力です。そしてルソーはまさに文明の発展が道徳を犠牲にしていると考えた。

 

文化は学習や洗練、贅沢といったものを生みだしますが、それがかえって道徳の退廃を導きます。

 

たとえば洗練された作法である礼儀に関しては、ルソーはこう書いています。

人工的なものがわれわれの礼儀を陶冶し、われわれの情念にわざとらしいことばで話すように教えなかった時代には、われわれの風俗は田舎風であったが、自然なものであった。……今日においては、われわれの風俗のなかには無価値で人をあやまらせる一様性が支配し、すべての精神は同じ型の中に投げ込まれたような感じがする。

礼儀はかえって人間から個性や感情表現を奪い、真の友情をそこなうとルソーは考えました。

農耕、技術、財産

経済的には、農業と技術は剰余の富をもたらします。剰余の富は財産権の必要を生みだします。財産権は、人間を互いに敵と見るような競争的な存在へと変容させました。

 

人類は肉体的には豊かになりました。贅沢で快適な生活を送るようになりました。しかし、その快適さと贅沢が肉体的な退廃をもたらした。

 

人類は食べ過ぎるようになり、また体に悪いものを食べるようになり、健康を失っていった。技術や道具を用いることによって、肉体的に弱くなった。

 

かつて頑強だった人間という種は、医師や道具に依存するようになったのです。

 

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愛と嫉妬、美的感覚

文明は社会的関係を大きく変えました。「美的感覚」が生まれたのも文明によってです。

 

その結果、人間の性生活にも変化がおきた。かつては単純なものだった交尾の行為が、愛と結び付けられるようになりました。愛は排他的で、ある人を他の人よりも優先するような概念です。

 

この「愛」によって、嫉妬や憎悪、ライバル意識などを生みだすことになりました。愛によって人間同士は対立するようになったのです。

社会的不平等の誕生

文明がもたらしたもののなかで、もっともルソーが憎んだのは文明社会の不平等でした。

 

文明社会では少数の勝ち組が大多数の負け組を抑圧する社会になります。特権階級の「ゆたかで、名誉があり、権力のある」生活は、他者の犠牲の上になりたっているとルソーは言う。

 

文明はゼロサム・ゲームです。勝者はより多くの快楽を楽しみ、敗者は苦しい生活を強いられます。

文明は不平等を隠蔽する

これはかなり特異な考え方なのですが、文明は不平等を生みだすと同時に、不平等の存在をマスクする働きがあります。

 

たとえば芸術や学問は不平等を維持するはたらきがあるとルソーは言います。

君主たちは、貨幣の流出をきたさないような、ここちよい芸術と贅沢の趣味とが、臣民のあいだにひろがるのを、つねによろこびの目で眺めています。なぜなら、君主たちは、このようにして、臣民を、隷従にきわめてふさわしい、あのちっぽけな魂の中で育てるだけでなく、人民がふける欲求が、それだけ人民を縛りつける鉄鎖となることを、よく知っているからです。(「学問芸術論」) 

 

文明社会では、その弊害を受けないトップ層によって文明のすばらしさ――科学や技術、芸術の発展――が宣伝されます。それは現在がすばらしい社会だと教え込むことによって、弱者の不平等の不満を抑えることができるからです。

 

結局のところ、ルソーは科学や芸術は人類を解放させることはないとしました。事実はまったく逆で、自由の感覚を奪い、奴隷制を愛するよう仕向けると考えました。

 

芸術は自由ではなく不平等社会に奉仕するという彼の考え方は非常にユニークですね。

終わりに 文明は人間を退廃させる

さて、文明がもたらしたものはなんだったでしょうか。

  • 不道徳
  • 不健康
  • 柔弱さ
  • 敵意
  • 怠惰
  • 嫉妬
  • 憎悪
  • ライバル意識
  • 紛争
  • 不平等
  • 抑圧
  • 搾取

(個人的には感染症、飢饉、戦争、謀殺、レイプ、鬱病や過労死などを加えたいところ)

 

さらに、不平等による苦しみは、文明のもたらした輝かしい科学や芸術といった概念によってごまかされてしまいます。

 

以上のようなことからルソーは文明は破壊的だ、と主張したのです。

 

これらは安易なユートピズムではありません。

 

実際、原始時代の人々や現存する狩猟採集民を研究した考古学や文化人類学では、上記の要素が少ないことが明らかになってきています。

 

とりわけ、狩猟採集社会ではかなりの部分で「平等」が実現していたことはよく指摘されていることです。

 

文明は破壊すべき?

ルソーはまた、こうも言っています。

文明とは、その生みだす悪の善後策を見つけだす絶望的な競争である。 

文明が悪を生みだす。その悪を、文明によって解決する。その新しい文明が、また悪を生みだす……。

 

まさに「文明の発展」とはそのようなイタチごっこのサイクルにあるのかもしれません。

 

文明が悪であるならば、必要なことは文明を発展・制御・改良することではなく、文明の廃絶にあることは明らかでしょう。テッド・カジンスキーの言うように。

 

いずれにせよ、250年以上も前にこのような思想が存在したことに驚きを感じます。

 

参考: ルソーの「自然状態」について - 齟齬