齟齬

社会とマイノリティの「齟齬」を描く御厨鉄のブログです。

楽しいアナーキズム

私たちは政府や警察、司法、企業、親の躾など、私たちを管理し、搾取してきたすべての強制の装置がなければ社会はカオスになると教え込まれている。つねに犯罪に脅かされ、生活には恐怖がつきまとうようになると。

 

私たちは強い「リーダー」が何をすべきかを教え、上司が私たちの仕事を監督し、教師が私たちにものごとの考え方を教えることがなければ、私たちは問題を解決することはできずに、生活を続けることは困難であると教え込まれている。

 

私たちは多くのルール、社会的規制や教会による善悪の教えがなければ、私たちは平和に、自由に平等に、道徳的に共生してゆくことはできないと教え込まれている。

 

これらはすべてウソである

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by Banksy 

楽しいアナーキズム

アナーキズムは楽しい哲学です。

 

アナーキストの文体はシンプルで優しく、人間に対する強い信頼を感じます。まさしくアナーキズムは「悦ばしき知識」です。

 

今日はそんな記事の中のひとつ、アノニマスの書いた「Fundamentals of Anarchism」を参考に書いていきます。

 

だれがウソを教えたのか?

私たちにウソを教えたのは 社会的特権を持つ人々である。

 

私たちの労働によって豊かになり、私たちの投票によって権力を得て、彼らの戦争に私たちを送り込む。

 

彼らは私たちに教えられたことをしろと言う。

次のことが必要なのだ。

 

  • 私たちが命令どおり服従すること。
  • 彼らの利益に奉仕するために生きることを受容すること。
  • それでもなお自由であると私たちが信じること。
  • 彼らのルールに従い一生懸命働けば、いつかは富や社会的特権によって「私たちが」報われると希望を持つこと。

 

権威は私たちの生活に密接している。多くの人々は、自分の生活に権威が与える影響の程度に気づきはしない。私たちは生まれると同時に服従するよう洗脳される。

 

それは学校や教会、家庭といった権威による。私たちは「指導者」に従うよう教え込まれる。「指導者」の考えは私たちにとって最良なのだという価値観を受容する。

 

学校のつぎには私たちは上司に服従することを教えられる。さもなくば失業と飢えが待っている。私たちは自らの主人に投票することが自由だと教えられる。私たちは「自分たちの」国のために死ぬことを教えられる。

 

人生がひどく困難になるまでは、ほとんどの人はこのナンセンスを受け入れる。それが「正常」であり、自らの生活を守ることなのだとすら考える。

 

すべて近代国家は強制に基づく権威によって存在する。

資本主義は労働の強制に基づく。

宗教は個人の自己評価に対する強制に基づく。 

市民権というウソ

アナーキズムは自由の哲学だ。

 

私たちは各々の自由が、万人の自由によってのみ制限される社会を信じる。

私たちは自由に生まれた。しかしどこにおいても私たちは奴隷化されている。

 

それは、資本主義社会における「自由」が社会ダーウィニズムと混同されているからだ。この概念は、少数が万人を支配し、脅迫し、搾取することを許す。

 

社会ダーウィニズムは富裕層のファンタジーであるかもしれないが、しかし真の自由ではない。自由は政権をとることや新しい支配エリートになることでは実現されることはない。ある集団が残りの人々の上に立とうとするとき、その人々は自由ではないからである。

 

真の自由は「市民権」とも無縁である。「権利」とはなにか。私たちが政府に対して自由をもっていると信じ込ませるために発明された、自由のまがいものである。

 

事実はというと、政府の目的は支配階級の金銭や財産、特権を守るために、自由に生まれついた私たちから自由を奪うことにある。

 

すべての「市民権」は、政府が私たちからはじめに奪った自由を申し訳程度に配給しているに過ぎない。

 

ウソから解放されるためには

権力者たちは、彼ら以外のひとびとが彼の言ったとおりに行動し、考え、生き方を実践する場合にのみ存在する。

 

権力者のウソから解放されるためには以下のことの拒絶する必要がある。

 

彼らに服従すること。

彼らのシステムを受容すること。

彼らが教えたことを信じること。

 

 

真の自由は私たちが自らの行動に責任を持つことからはじまる。

私たちは、何を考えるべきか、いかに生きるべきかを他者に強制されるままにはしない。

 

私たちは親や社会機構によって教え込まれたことを問う。

政治家や経営者、資本主義のニュースメディアの議題や動機を問う。

この世界で目にする不正を問い、社会的特権を持つ人々による言い訳を拒絶する。

 

個人の自由は自分自身とその周囲の世界を、自己教育や個人的経験、内省を通じて生涯追い求めてゆくことである。

 

しかしながら、アナーキストは個人の自由は社会の自由が実現しない限りは存在と考える。人は独りで生きているのではない。

 

アナーキストは相互の助け合いによって、「適者生存」の概念を打ち破る。「1人はみんなのために、みんなは1人のために」。また「個人の痛みは全員の痛み」の精神によって。

 

私たちは「団結」の概念と人々が全員のために集団において協力することが、最良の「個人的」自由を実現することを可能にする鍵であると信じる。 

終わりに 

日本で生きることは苦痛です。

 

大半の人が低賃金や長時間労働に苦しめられています。税金はあまりにも高く、商品は談合によって釣り上げられている。

 

一方で支配者層は私たちの生みだした富によって良い暮らしをしています。そして私たちに「この国はすばらしい国だ」と洗脳します。

 

おそらく、日本人の多くにアナーキズムはマッチするはず。アナーキズムは愉快で楽しい思想です。もっと広めていていきたいです。