齟齬

社会とマイノリティの「齟齬」を描く御厨鉄のブログです。

狩猟採集社会はなぜ平等か

一生懸命働く人がワーキングプア。

その一方で月収1000万円の不労所得者がいる。

 

このような社会は狩猟採集社会では成立しません。

 

狩猟採集社会では比較的平等な社会が実現していました。

 

なぜ平等が実現するのか?

 

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狩猟採集社会はなぜ平等か

Redditの「狩猟採集社会は本当に平等だったのか?」Were hunter and gather societies truly egalitarian? : AskAnthropologyという質問に対するduncanstibs氏の解答より。強調は原文からです。

 

私たちは過去の狩猟採集民についてほとんど知らない。

 

非常に少ない考古学的な断片から拡大して解釈することは可能だが、ふるまいについては化石化していないのだから多くを語ることは難しい。

 

ほとんどの狩猟採集民に関する知識は現存する、まだ狩猟採集をしている、あるいは近年(10~150年)狩猟採集をやめた民族から得ている。

 

これらの集団からわかることは狩猟採集民は食べ物の多くを分配する傾向があり、富、社会的地位、再生産の非対称度などにおいて農耕民族や遊牧民よりも不平等度がずっと少ないということである。

 

これは君が「平等主義」をどのように定義しているかにもよるが、ほとんどの狩猟採集民において経験的な事実だ。もちろん絶対的な平等はないのだが……ある人々が優れた狩猟者や採集者で……ある人々はより好かれる……しかし、通常社会的不平等に関しては狩猟採集社会と他の社会では明確な違いが存在する。……

 

このことは現代の狩猟採集集団に強い傾向である。そのため私たちはほとんどの狩猟採集集団(つまり1万年以上前の人々)は同様に平等主義だったと推定している。

 

このことはまったく漠然とした想定であり、おそらく完全には真実ではないだろうが、なぜ私たちが狩猟採集社会が平等であると考えるかに移ろう。 

「富の集積」のなさ

狩猟採集民はいくつかの理由で平等である。第一に、食料の集積がなければ、他者をコントロールすることは非常に難しい。……もし君が食料を集積することができれば、人々に何かするよう支払うことができ、君は権力の座につくことができる。食料集積がなければこれは難しくなる。 

現代では、「カネ」が世界を支配しています。富の集積の究極系です。アナーキストや共産主義者が金銭を廃止せよというのは合理的です。

 

権力者は守衛や警察、軍隊によって財産を守ることができます。これは富を集積できるからです。

移動性の高さ

第二に、狩猟採集民は非常に移動性が高い。

 

すべての場合がそうではない。しかし、移動性はもしだれかがコントロールしようとしたり、権力の座につかない限りは、人々は簡単に逃げ出してしまうだろう。

 

もし君の隣人が、ジョージとでも呼ぼうか、彼が神聖な王ですべての人々に権力を振りかざそうと決定すれば、君はジョージから離れて違うところで暮せばよい。

農耕文化はひとびとを特定の土地に縛り付ける効果があります。 

 

初期国家はひとびとから移動性を奪うことで成り立ちました。初期国家の多くは厳しい監視や手枷などで移動性を奪われた奴隷や戦争捕虜によって成り立っていました。

 

また、四方を砂漠に囲まれ「天然の監獄」ともいえるエジプトでは当時もっとも強力な国家が生まれました。

だれもが持つ致死的な武器

最後に、致死的な武器の効果がある。

 

多くの狩猟採集民は弓矢と致死的な毒を用いる。これが意味することは、ほとんどの動物と違い、あらゆる個人が極めて簡単に、自ら危険に陥ることなく、遠方から他者を殺すことができるということである。

 

君は他者のボスにはなりたくないだろう、もし彼らが簡単に数分で君の命を終わらせることができるとしたら。

 

冷戦を考えてみよ。両者が破滅を保証していた。もしだれもが同等の、しかし致死的な技術を持っているとき、全員の最大の利益はお互いをイライラさせすぎないことだ。

国家は暴力装置を独占します。

 

個人が戦闘機や自走砲を持つことを容認する国家はないでしょう。

 

警察や軍隊など国家装置が暴力を独占し、民衆からは武器を奪うことで支配構造が維持されます。

 

結論:現代の民族研究によれば、狩猟採集民が平等主義以外であったとは考えにくい。高い移動性、富の集積の不在、致命的な武器が人々に他者をコントロールすることを困難にしている。

終わりに

私たちの多くが平等を求めます。サルですら不平等にはキレます(Youtube)。

 

狩猟採集社会の人々も不平等を憎みました。

 

ジョージのように「朕は神聖な王である」と主張する変態が現れたとき、狩猟採集民たちは彼を置いてどこかへ去りました。それでも変態がしつこく近づいてきたら武器で脅すか実際に殺しました。

 

現代では抑圧的な権力者から逃れることは難しいですし、彼を殺すことも不可能というわけです。

フランシス・フクヤマ氏の記述 

duncanstibs氏の解答はおちゃめな文面ですがかなり学術的根拠があります。フランシス・フクヤマも「政治の起源」にて以下のように書いております(訳は私)。

その初期段階では、人間の政治組織はチンパンジーのような高等霊長類で見られるバンドレベルの社会と似ている。これは社会組織のデフォルト形態とみなすことができるかもしれない。

 

……ルソーは政治的不平等の起源は農耕の発展にあると指摘した。この点で彼は大部分正しい。バンドレベルの社会は前農業的であり、そこにはあらゆる現代的な意味での私有財産は存在しないからである。

 

チンパンジーのバンドのように、狩猟採集民は守り、ときにそのために戦うような領土的範囲に住む。しかしそこには農業者たちが土地に印をつけ、「これは私の土地だ」と言うようなインセンティブはもっていない。

 

もし彼らが他の集団から侵略を受けたり、危険な捕食者が侵入してきたら、バンド単位の社会は単にどこか別のところに移動する選択肢を持っていた。人口密度が低かったからである。

 

バンド単位の社会は高度に平等だった…… リーダーシップは強さ、知能、そして信頼度などによって個人に帰属したが、それはある個人から他の人へと移行する傾向があった。

移動性と富の集積について書かれています。

しかし、原始人は本当に平等だったのだろうか?

ただ、初期人類がほんとうに平等だったのか? は再考の余地があります。

 

duncanstibs氏の投稿は誠実です。原始時代のことはほとんどわからないと示されているからです。私たちは現存する狩猟採集民から過去の狩猟採集民を推測することしかできない。

 

私は現存する狩猟採集民の大部分は「あえて国家から逃れてきた人」だと考えています。

 

ふつう私たちは未開民族を文明社会に触れることなく、原始的なまま生きてきた人々だと考えています。ただ、最近の研究によればあえて農耕や階級社会を拒絶し、平等な社会を追い求めた人々であることもしばしば指摘されています。

 

個人的には原始時代の狩猟採集民は現在の狩猟採集民ほど平等ではなかったと考えています。ほんとうはその記事を書きたかったのですが、やや難解なテーマなので、とりあえずその前提についての記事です。

 

関連:支配とヒエラルキーの起源 - 齟齬