齟齬

社会とマイノリティの「齟齬」を描く御厨鉄のブログです。

日本、この生きづらい国

マスコミによれば、この国はすばらしい国である。

 

日本文化はユニークで優れている。国民は心優しく親切だ。アニメや漫画は実に愉快で、何もかもハイテク。高い技術力と生産力を誇り、治安はよく、料理はおいしい。外国人が憧れてやまない国……ということだ。

 

しかし私たちは知っている。

 

この国はいじめと過労死の国だ。

変態の国、引きこもりの国、重税の国。そして鬱病と自殺の国である。 

 

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Connections by lesley-oldaker (by DeviantArt)

 

日本はなぜ不幸な国か 

BBC Newsの「なぜ日本人の自殺率が高いのか?」という記事がよくできていたのでそこからまとめていきます。

Why does Japan have such a high suicide rate? - BBC News

ネグレクトされる老人たち

東京テンプル大学のWataru Nishida氏は言う。

「現在では、アパートでひとりで死ぬ老人の話を聞くことはずっと多くなっている」

「彼らはネグレクトされている。古い時代には子どもが親の面倒を見たものだが、もはやそうではない」

 

「老人がネグレクトされている」 とは適切な表現だと思います。

 

儒教的価値観は消え去りました。日本人にとって、老人世代は早く死んでほしい厄介者でしかありません。

生命保険のために死ぬ中高年

Ken Joseph氏は言う。

「日本の保険システムは自殺に対する支払いには非常にゆるい」。

「だからすべてに失敗したとき、ある人はこう感じる。自殺をすれば保険が支払われると」

「もっとも愛情ある行為は、自らの命を奪い、それによって家族に捧げることだ。そういった耐えがたいプレッシャーが中高年にはときに存在する」

 

自殺の大半は経済的理由です。

 

「会社をクビになれば/事業に失敗すれば家族が路頭に迷う」そういったプレッシャーにはだれもが耐えられるわけではありません。

 

もちろん、金がないから餓死するわけではありません。しかし、セーフティ・ネットはうまく機能していません。この国では生活保護者となることが罪悪あるいは無能と見なされ、社会的な死を意味します。

実際の自殺率はもっと高い?

このことから、日本の自殺率は報告されているよりずっと高いと考える専門家もいる。老人の多くの孤独死は警察によって完全に調査されているわけではない。

 

Ken Joseph氏によれば、ほとんどの場合行われる遺体の焼却は、あらゆる証拠が速やかに破壊することを意味する。

 

日本では「異常死」の遺体が司法解剖されるのは11.7%だけ(AFPBB News)。あとはさっさと燃やされてしまいます。

 

きちんと解剖すれば自殺(と他殺)の数は増大するでしょう。まあ、実際には警察がいくらでも監察医に圧力を加えられるので、どうとでもできるのですが。 

若者が自殺し続ける国

急速に自殺率が統計的に上昇しているのは若い男性である。20~45歳の日本人男性における最大の死因は自殺だ。

 

そしてこれらの若者は希望を失い、助けを求めることができないから自殺しているという証拠がある。

 

自殺率は1998年、アジアの金融危機の後に上昇し、2008年の世界的金融危機の後に再び上昇した。

 

専門家は自殺率の上昇は、短期雇用を特徴とする「プレカリアート的雇用」の上昇と直接関係していると指摘する。

 

日本はかつて終身雇用の国として有名だった。多くの中高年は雇用の保証やさまざまな恩恵を受け取っているが、現在の日本の若者の40%は不安定な雇用のもと働いている。

 

非正規社員は低賃金で生活するだけで精一杯。明日には切られるかもしれず、将来の望みがありません。

  

「プレカリアート」は耳慣れない言葉ですが、今後日本社会を語る上では重要な言葉になるでしょう。

不満を表現できない人びと

経済的な不安と恐怖感は、不平を言わない日本の文化によって補完される。

 

「怒りやフラストレーションを表現する方法は多くあるわけではない」とNishida氏は言う。

 

「この国はルール志向rule-orientedの社会だ。若者たちは非常に小さな箱のなかに収まるよう形成される。彼らはほんとうの感情を示す方法を持たないのである」

 

「彼らが上司から圧力を受けて鬱病になった場合、感情を出すためには死ぬしかないと考える者もいる」

 

私たちは本当の感情を外に出すことが禁じられて生きてきました。

 

「私はつらい」「私は悲しい」「助けて欲しい」「耐えられない」

 

そういった感情表現ができないのが日本人です。

 

私も経験がありますが、鬱病の人の出すSOSサインはほんとうにかすかなもの。「助けてほしい、でも助けを求めるのは怖い」という葛藤が彼らにはある。それは、ひとびとが弱った人、打ちのめされた人にに対して残酷だからです。

 

「不平を言わない日本の文化」とありますが、「文化」という言葉はなんでも中立的にできるので便利な言葉ですね。結局は、日本は個人の感情表現が許されない抑圧的な社会というだけの話です。

日本人は人生経験をもたない

日本は引きこもりで有名である。引きこもりとは、自らを外界から完全に閉ざしてしまう人である。数ヶ月あるいは何年も自室に閉じこもって出てこない。主に男性がなる。

 

しかしこれはフェイス・トゥ・フェイスの直接的な社会関係の喪失の過激な形態でしかない。

 

驚くべきことに、近年の調査によれば、25-29歳の日本人男性の20%が性的関係に興味を持っていない。

 

Nishida氏はインターネットとオンライン・ポルノの普及の影響があると指摘する。

 

「日本人の若者はたくさんの知識を持っている。」

「しかし彼らは人生経験を持たない。彼らは自分の感情をどう表してよいかわからない。」

 

日本人はひとびとと直接的な(対面での)人間関係を構築することができなくなっています。

 

自然なセックスができないことはその一例です。その証拠に日本は世界一のセックスレス大国

 

「知識はたくさんあるが、人生経験には乏しい」というNishida氏の記述は非常に理解できます。 

メンタル・イルネスがタブーの国

そして若者たちが自らが疎外されており鬱病であることを知ったとき、彼らは頼るべきところを知らない。

 

メンタル・イルネスは日本ではいまだにタブーである。鬱病に対する理解はほとんどない。これらの苦悩は恐怖によって口に出されることがない。

 

近年まで欧米でもメンタル・イルネスはタブーだったのですが、最近ではさまざまな社会運動で改善されてきているみたいです。

 

日本ではいまだに苦しむ人が助けを求めることができない社会です。

カウンセリングなき精神医療 

日本のメンタルヘルスケア・システムもめちゃくちゃである。精神科医はつねに不足している。臨床心理学者と協働する精神科医の伝統もない。

 

メンタル・イルネスに悩む人びとは強力な向精神薬を処方されるかもしれないが、西洋とは違い、患者へのカウンセリングの奨励が伴わないことが多い。

 

カウンセリング業界はだれでもできる。欧米とは異なり、臨床心理学者には政府が義務付けた研修や資格付けが存在しない。

 

だれもが自らを「カウンセラー」と名乗ることができる。したがって、助けを求める人が自分のしていることを本当に理解しているかどうかは難しい。

 

日本の精神医学ってまさにこれ。精神科医は薬のベンダーです。

 

だれも話を聞こうとしない。

だれも自分を認めてくれない。

だれも問題解決の手助けをしてくれない。

 

ただ、頭の中を薬物でモディファイしておしまいです。そんなのが精神医学といえるでしょうか?

まとめ

Nishida氏は日本はもっとメンタル・イルネスについて話すことが必要であるとする。少数者を苦しめる、恐ろしいものや奇妙なものとしてではなく。 

テンプル大学のNishida氏の主張はとてもよく理解できます。

 

ある意味で、日本は成功した資本主義です。

 

不安定な雇用、弱者に不利な税制、社会に反抗するよりも死を選ぶよう操作された被抑圧者、弱者に共感しない大衆。これらは資本主義の拡大に必須の要素です。

 

「幸福な国」は、抑圧された人々の徹底した抗議がなければ実現しません。だから「幸福な国(=失敗した資本主義)」である北欧諸国ではデモやストライキが盛んなのです。

 

私たちは感情表現をすなおに行うことを学ばねばいけません。

 

嫌なことは嫌。

したくないことはしない。

許せないことは許さない。

自然に生きること。 

 

それだけで社会は変わる、と私は考えます。

なぜなら、だれもが素直に自然に生きたいと心の底では思っているからです。