齟齬

社会とマイノリティの「齟齬」を描く御厨鉄のブログです。

文明の病としての鬱病

私たちは決して、屋内で座り続け、社会的に疎外され、睡眠を奪われ、ファストフードの気の狂った速度に対応するようにはデザインされていない。

 

文明は鬱の始まりです。

文明の発展とともに鬱病が増え続けています。

 

先日社会的病としての鬱病を書きました。かなり類似するのですが、「文明病としての鬱病」についてのTED動画があったので紹介したいと思います。

 

臨床心理学の専門家であるStephen Ilardi氏の「Depression is a Disease of Civilization」。この動画はまだ日本語訳されていないようなので抄訳していきます。

 

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鬱病を引き起こすストレス反応

何が鬱病を引き起こしているのか?

 

鬱病を引き起こす要因を指摘する論文は、文字通り数千あるが……この複雑さをかいくぐって私たちが見つけ出しつつあることは、そこには共通の経路、第一要因、第一トリガーとして、私が呼ぶところの逃走ストレス反応があるということだ。

 

……私たちはストレス反応を知っている。私たちはそのもっとも激しい形態は闘争か逃走か反応fight-or flight responseであると考える。この反応は特に進化と適応のためのものだと考えて欲しい。

「闘争か逃走か反応」は、ほとんどすべての高等動物に見られる反応です。

 

外敵に出くわした哺乳類は基本的に遠距離であれば逃げようとし、逃走が困難な近距離だと戦おうとします。

 

ヒトを見ると逃げてしまうネコに、ひっそり後ろから近づくと引っかかれますが、そのような自然な本能的反応のことです。

 

闘争か逃走か反応は第一に私たちの先祖を外敵や他の肉体的な脅威から守るためにデザインされた。……激しい肉体的な活性化が数秒間または数分間、極端な場合は数時間続く。これはコストのかかる反応だが、正常に終了すればそれでよい。

 

問題はそこにある。多くのアメリカ人、ヨーロッパ人、そして西洋世界のあらゆる人々は、ストレス反応が数週間や数ヶ月、数年間でさえ続き、それは信じられないほど肉体と脳への毒となる。

 

おそらく聞いたことはあるだろうが、ドーパミンやセロトニン、アセチルコリン、グルタミン酸塩などの神経化学物質を用いる脳の神経回路にとっては破壊的であり、この破壊は鬱病に直接つながる可能性がある。

現代社会の特徴は、逃げることも戦うことも許されないということです。 必然的にひとびとは鬱病になるということです。 

鬱病患者の脳には炎症が起きている

長期間未確認のままの場合、脳は実際にダメージを受けることもある。特に記憶の圧縮化に関与する海馬や前頭皮質のような領域を。そして神経回路の破壊はまた全身と脳の炎症反応のトリガーとなる。

最近ではいつまでたっても実証されないモノアミン仮説よりも炎症説の方が強くなってきた気がします。

私たちが鬱病について学んだことがある。炎症の起きた脳が鬱病の脳だということだ。

興味深いのは多くの「文明病」が炎症に因るものだということです。

アテローム性動脈硬化症、糖尿病、肥満、アレルギー、喘息、そしてガン。これらはすべて炎症の病だ。それらはすべて現代のアボリジニの集団にはほとんど存在せず、産業化された現代世界に蔓延しているものである。

肥満は炎症の元であって結果ではないでしょうが(肥満者は炎症マーカーであるCRPが高いです)、糖尿病やガンと炎症の関係はしばしば指摘されています。

 

2 型糖尿病の発症には脂肪組織の慢性炎症によるインスリン抵抗性、膵臓のβ 細胞の慢性炎症によるインスリン分泌能低下が指摘されています。

 

また、がんの発生源としての炎症はよく知られています。ピロリ菌感染が胃がんを引き起こし、クローン病が大腸がんを引き起こし、C型肝炎が肝臓がんを引き起こしますが、これらはすべて炎症が関与しています。

 

鬱病も炎症性疾患と言えるかもしれません。

狩猟採集社会にはほとんどない鬱病

文明の病のすべての特徴は……ライフスタイルの病だということだ。

 

パプア・ニューギニアの高地に住むKaluli民族の実験を見てみよう。彼らはEdward Schieffelinによって広く研究された。彼は十年間をKaluli族の間で過ごした。

 

その研究の問いはこうだ。Kaluli族は私たちと同じようなメンタル・イルネスにどれほどかかるのか? 彼は民族の2000人の成員にインタビューをし、臨床的な鬱病体験に対する調査をした。

 

そして彼が見つけたのは……2000人のうち1人の境界例があるだけだった。私たちよりも彼らはおそらく約100倍少ないということだった。

 境界例は健常者と有病者の間のグレーゾーンという意味です。極めて稀ということですね。

とりわけ重要なことは、Kaluli族は非常に困難な生活をしていることである。ほんとうだ。乳児死亡率は高い。寄生虫感染率は高い。暴力死の確率も高い。しかし彼らは鬱病になることはない。彼らは確実に悲しみはする。彼らは閉じこもらない。

よく狩猟採集民は一日3時間しか働かなかったと言われますが、これは間違いです。現実には彼らは週40時間は働いているとされる。けっこうハードワークなのです。

 

そのなかでもKaluli族は過酷な環境にあるようですが、鬱病にならない。なぜなのか?

鬱病を引き起こす異常な文明社会

何が彼らを守るのか? ライフスタイルだ。特に、Kaluli族は180万年前から続いた更新世のあいだ私たちの先祖がしていたのと同じようなライフスタイルで暮らしている。

 

人類と前人類は99.9%の時代、狩猟採集のコンテクストで生きてきたことを知っているだろうか? これが何を意味するか? 私たちの遺伝子を形づくった選択圧のほとんどは更新世に起きている。 

選択圧 selection pressuresは淘汰圧とも訳しますが、 生物種の突然変異を選択し、一定の方向に進化させるような自然の力のことです。 

私たちは現在でもそのような環境やライフスタイルに適応性がある。私はその次代から何ら変化がないというわけではない。もちろん1万年から1万2千年前から私たちは農耕を発明したのだから、より小さな遺伝子選択は起きたはずである。 

現実には1万年間でかなりの遺伝子変異が起きていることはグレゴリー・コクラン、ヘンリー・ハーペンディングが指摘していますので、興味ある方は一読を。

しかし産業革命によって200年前に何が起きただろうか。急激な環境突然変異radical environmental mutationである。 私はこの言葉が好きだ。これはまるで現代のアメリカと西洋の生活が劇的に連続性を失ったことを意味するからだ。私たちの環境は劇的に突然変異したのだ。

私たちの社会は「ミュータント」なのです。 

しかし人間のゲノムは200年でどれだけ変わっただろうか? 変わっていない。変わっていない。たった8世代だ。十分な時間ではない。

 

……このことが意味するのは何か? 私たちのもつ遺伝子とそのつくる脳や身体と、私たちが自らを見つけるこの世界との間に深刻な齟齬が存在することである。

私たちの肉体、遺伝子は、現代社会に適応できません。

私たちは決して、屋内で座り、社会的に疎外され、睡眠が奪われ、ファーストフードの気の狂った速度に対応していない。結果が鬱病の大流行だ。

ほんとうですね。

 

私たちは気の合う仲間たちと延々と歩き、狩猟と採集によって得られた新鮮で自然のままのものを食べ、長々とおしゃべりを楽しむようにできているのです。

薬よりも効く―鬱病を治すライフスタイル

Stephen氏、鬱病を治す治療法を6つあげています。

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  • 身体的活動(運動)
  • オメガ3脂肪酸
  • 日光
  • 健康的な睡眠
  • 沈思黙考させない活動
  • 社会的つながり

運動、睡眠、食事という基本的な項目に加えて、つねに細々な作業をして深く物事を考えすぎないようにする、コミュニティとのつながりで気晴らしをするということが重要のようです。

 

哲学者や思想家は鬱病になりやすいですが、考えすぎは健康にはよくないみたいですね。

運動はどんな薬よりも効果的

私は率直に言う。私は比喩的に言うのではない。運動は薬だ。運動は文字通り薬なのだ。運動はどんな薬よりも強力に脳と身体に良好な変化をもたらす。 

 

……運動の神経学的、生理学的な効果――脳内の神経伝達に対する良好な影響、全身のあらゆる細胞に染色体レベルで起こすアンチエイジング効果、精神的な明晰さを強化する効果をひとつの錠剤にまとめたなら、その薬は全時代においてもっとも売れる薬になるだろう。

 

アメリカ人の成人の60%が習慣的な身体的活動をしていない。そして狩猟採集集団を見ると、彼らは四時間かそれ以上の激しい活動を毎日行っている。実のところ、彼らはエリートのアスリートのように見える。

狩猟採集民はみんなスタイリッシュです。「洗練され優れている」はずの文明人はぶよぶよで醜い。

 

彼らは「運動している」とは言わないだろう……彼らはただ生きている、生活しているだけだ。……

  

世界で最も自然な活動はなにか? 歩くことだ。そして、強歩、これはバスや飛行機に乗り遅れそうになったときの歩き方だ。このウォーキングは心拍数を有酸素運動のレベルまで上昇させ、年齢によるが、だいたい心拍数が120から150になるようにする。これでドーパミン回路、セロトニン回路を強化するのに十分である。

 

これは長期間のゾロフトとの比較試験において二度勝利している。処方量はどうか? 30分。週に三回だ。低用量だね。これが君の人生を変えるのだ。

ゾロフトは米国で大うつ病の第一選択薬のひとつです(日本での商品名はジェイゾロフト)。 

 

そういった抗うつ剤よりも週に三回、30分歩いた方が効果があるということです。私もこれを書いている途中に公園を強歩してみましたが、たしかにいろいろすっきりしました。

オメガ3脂肪酸が炎症を抑える

オメガ3脂肪酸は端的に言えばDHAやEPAのことです。

 

DHAは「暗記パン」に入ってる記憶力をよくすると言われる成分で、マグロや青魚によく含まれている。

私たちの脳の大部分が脂肪でできていることをご存知だろうか? 乾燥量で60%が脂肪である……

脳の主成分はタンパク質だと思ってましたが、意外と脂肪が多いんですね。ギトギトです。

オメガ6、オメガ3脂肪酸は肉体と脳に対して補助的な役割を持っている。オメガ6は炎症的であり、オメガ3は反炎症的である。私たちはそれらのバランスをとる必要がある。

 

……オメガ3は草や植物、藻類、またはそれらを食べる動物からとれる。オメガ6は穀物や木の実、種やそれを食べる動物からとれる。特に肉類から取れるのはオメガ6である。 

 

私たちの狩猟採集民の祖先はオメガ6とオメガ3を適切なバランス――約1対1で摂取していた。私たちはよくて2対1,おそらく3対1でも十分だろう。

 

しかし、どうだろうか? 現代アメリカ人のファストフードや加工食品、穀物で育てられた肉だらけになった食習慣では、17対1となる。これはバランスが崩壊している。非常に炎症的だ。非常に鬱病的だ。

さすがに17対1は異常ですね。

EPAと呼ばれる特定のオメガ3分子による研究がある。そしてこれをかなり高用量――1000mgから2000mg一日に与えたところ、抗うつ効果を示した。そして多くの患者たちは劇的に改善し、鬱病だけでなく他の炎症的状態も改善した。

 

私自身の話では――数年前からオメガ3を摂るようにしているが、膝の筋肉の痛みが消えた。そしてバスケットボールコートで走り始めることができた。目の乾きが改善し、コンタクトをつけ続けることができるようになった。これは数ある方法のなかでももっとも特筆すべき健康効果だった。

TED動画が深夜の通信販売みたいになってきましたが、オメガ3には抗炎症作用があることは事実のようです。

 

さっそく私もドイツ製のオメガ3サプリメントを買って飲んでいます。粒はかなり巨大ですが。

 

 

注意点があります。飲んでいると血が止まりにくくなります。私は何年か同じサプリを飲んでいたのですが、酒を飲んで怪我すると本当に血が止まりませんよ。

鬱病に必要な社会的つながり 

私たちはつながるよう生まれた。私たちにはつながりが必要だ。私たちの治療プロトコルでは、鬱状態の個人が退院するを止めることに非常に困難する。というのも病んだ身体が関係を遮断して引きこもらせようと説くからである。

 

君がインフルエンザで肉体的に病んだのならそれは望ましいが、君は鬱病であり、引きこもることは君にできる最悪のことだ。

鬱病になったときは人と積極的に関わった方が良いということのようです。

鬱病患者はひとり孤独に療養しているイメージがありますが、人と関わった方がいいんですね?

薬よりもライフスタイルの変化が必要である

私のところに来た患者のほとんどは薬物を試したがうまくいかなかった。伝統的なセラピーを受けてもそれは答えではなかった。

 

よくなった大部分は生き方を変えた人々だった。

 

私は41年間絶え間なく鬱病と戦い続けてきた人を知っている。そして私のもっとも幸福な一日のことだが、彼が14週間後のセッションにおいて、彼は目に涙を溜めながら部屋を見回して言った。「私は自由になるという感覚を取り戻した」

終わりに 文明社会はなぜ鬱か

以上文明と鬱病の関係について見てきました。

 

鬱病が「慢性化した闘争―逃走反応」だと指摘されているのが特に興味深いです。

 

なぜ闘争―逃走反応が「慢性化」するか?

つまりその反応が維持され、解消されないのか?

 

それは、私たちがストレス源と戦うことも逃げることも許されないからです。

 

狩猟採集民は基本的に嫌な文化や労働のあるコミュニティからは逃げだしました。あるいは和を乱す嫌な人からは集団が移動して逃げました。そして、彼らはつねに毒矢を携帯していますから――殺すことも簡単なのです(狩猟採集社会はなぜ平等か - 齟齬)。

 

現代では、鬱病のほとんどの原因が「仕事と家族」です。そこから自由になれる人はほとんどいない。抑圧的な家族から逃げだそうとか、クソ上司を毒殺しようといったことは許されない。「違法」で「非道徳」とみなされる。ただ黙って耐えるしか道がない。

 

このような状態は、人類にとって異常です。これが文明社会の本質です。

 

さて、「戦うことも逃げることもできない」存在といえば何が思い浮かぶでしょうか?

第一に奴隷です。奴隷は逃げることも戦うことも許されません。

 

第二に、主人も逃げることも戦うこともできない。

奴隷なしで彼らは生きていけないからです。奴隷が主人に依存するのと同じく、主人も奴隷に依存する。

 

だれもが多かれ少なかれ奴隷か主人になるのが文明社会の特徴です。

 

そのような階級はほとんどの狩猟採集社会には存在しません。文明社会は人類にとって遺伝子レベルで不自然な場所といえます。

 

運動やオメガ3脂肪酸は確かに抑鬱に有効な手段でしょうが、それは対処療法。

そもそも文明は維持すべきなのか、問うべき段階に人類はきていると思います。