齟齬

社会とマイノリティの「齟齬」を描く御厨鉄のブログです。

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10歳の少年に学ぶアナーキズム

「驚くべき10歳の少年ですよ……彼はまったくの歴史家で、学校新聞の編集者です」

「実に興味深い」

 

10歳児に学ぶ――ただし、劇中の人物です。

 

チャップリンの映画「ニューヨークの王様(A King In New York)」のなかに、非常にアナーキーな少年が登場したので紹介します。

 

少年、ルパート・マカビーの主張を観ていきます。 

 

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10歳の主張するアナーキズム 

 

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君は何を読んでいるのかね?

――カール・マルクスです

 

ほんとうかい、共産主義者じゃないだろうね?

――カール・マルクスを読んでいたら共産主義者にならなければいけないのですか?

 

まったく正しい答えだ。

 

もし君が共産主義者でないとすれば、君は何者かね?

――何者でもありません。

 

何者でもない?

――ぼくはすべての形態の政府が嫌いなのです。

 

しかしだれかが支配しなければいけないよ!

――そしてぼくは“支配”という言葉が嫌いです。

 

なるほど。もし"支配”が嫌いなら、“リーダーシップ”と呼ぶことにしよう。

――政府のリーダーシップは政治権力です。

そして政治権力は人々を敵対させる公的な形態です。

 

「一体彼はどんな新聞を編集しているのかね」

「時事問題についての批評です」

 

私の愛する若者よ、政治は必要なものだ。

――政治は人々の上に強制される支配です。

 

でもこの国では強制されていない。

支配は自由市民の望むものだ。

――少しでも旅に出れば、彼らがどれほど自由かがわかります。

最後まで言わせてくれ。

 

――政治はだれもに拘束衣を着せる。そしてパスポートがなければ、人はつま先を動かすこともできない。

――自由な世界において彼らはすべての市民の自然権を侵害している。

――政治は政治的専制の武器となった。

――もしそう思えないのであればパスポートを奪われたときのことを考えよ。

――国を離れることは脱獄のようなものだ。

――入国することは針の目を通るようなものだ。

 

――ぼくは自由に旅できるか?

もちろん君は自由に旅できる。

――パスポートがある限りだ!

――パスポートがある限りだ!

――動物にパスポートが必要だろうか?

 

もうよろしいかな?

――原子力の速度の時代においてこのことはまったく不調和だ

――ぼくたちはパスポートによって閉じ込められshut in、締め出されてshut outいる。

君が黙ってshut up他の人の主張を許してくれるならよいのだが!

 

――そして言論の自由は存在するのか?

もちろんある。

――自由主義経済free enterpriseは?

パスポートの話をしているだろう。

――今日は独占の時代である。

――ぼくは自動車ビジネスを始めて他の店と競争できるだろうか? 望みはない!

――百貨店ビジネスを始めてチェーン店と競争できるだろうか? 望みはない!

――独占は自由主義経済の脅迫である。

 

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「よろしい、終わったかね?」

「では言わせてほしい。いかに君が間違っているかだ。まず第一に……」

「言いたいことを忘れてしまったよ」

 

――そして原子爆弾だ。

――原子爆弾は世界が原子力を追い求めたときの犯罪である。

――あなたは原爆を望む。

私が?

私は原爆には反対だ!

――あなたは文明と地球上の生命の破壊を望む。

――あなたのような人間は原爆が問題を解決すると考える。

 

――今日、人類は権力を持ちすぎた!

 

――ローマ帝国はカエサルの暗殺によって崩壊した。なぜか?

――巨大すぎる権力のせいだ!

――封建制はフランス革命によって爆発した。なぜか?

――巨大すぎる権力のせいだ!

――そして今日世界中が崩壊するだろう。なぜか?

――巨大すぎる権力のせいだ!

巨大すぎる権力のせいだ! 

 

――権力の独占は自由への脅威である。 

――すべての個人を劣化させ、犠牲にする。

――そして一体どこに個人がいるのか?

私にはわからない。

 

――恐怖のなかに失われた! 彼らは愛するよりも憎むよう作られたからだ。

――文明が生き延びるべきなら、私たちは権力と戦わなければならない。人類の尊厳と平和が回復するまで。

まとめ

以上は映画「ニューヨークの王様(1957)」のワンシーンからです。

 

劇中の老人はチャップリン本人です。ちょび髭がないのでわかりにくいですね。彼は有名な「独裁者The Great Dictator」以降、ヒトラーと同じアイコンであるちょび髭を剃ってしまった。

 

そしてルパート少年を演じるのはチャップリンの二番目の息子です。こんな10歳の少年がいたら末恐ろしいですね。Youtubeのコメントには「少年時代のチョムスキーだ」とあって笑った。

 

彼の主張をまとめます。

  • 政治権力は人々を敵対させる。
  • 自由は幻想であり、人々は拘束されている。
  • 自由主義経済は幻想であり、市場は独占されている。
  • 支配者は文明と生命の破壊を望む。
  • 権力の肥大化は崩壊をもたらす。
  • 今日、個人は不在である。愛ではなく憎しみを植えつけられたから。

すべて納得できますね。

 

自由主義経済(free enterprize)の批判は的を射ている。

賃金奴隷が嫌なら起業すればいいじゃん」とかいうアホがいますが、基本的に勝ち目がないです。個人商店や小企業が巨大資本に一掃されて今の市場があるんですから。

 

マルクスを読む少年、いいですね。実は彼の両親は共産主義者なのです。40年代アメリカはもっとも赤狩り(マッカーシズム)が激しい時代。共産主義者は厳しく弾圧されていました。

補遺:なぜパスポートが問題なのか?

パスポートがなければ、つま先も動かせない!

 

パスポートの主張に違和感があると思います。パスポートの何が問題なのか?

実は1940年代のアメリカにおいて、パスポートは政府による市民への不信の象徴でした。

 

近代的なパスポートはWW1以降に生まれました。

 

それまではどうやって出入国を管理していたか。入国審査官が「アメリカ人」らしい人を選び抜いていました。売春婦や労働に適さないほど病んでいる人間は非市民だとみなされた。審査官は「自分の観察眼に自信を持っていた」とされますが、現実にはガバガバでしょう。

 

1920年代にパスポートが必要になると出入国は厳格に管理されるようになった。と同時に、中産階級による「パスポート・ニュイサンス」というパスポートへの不満が高まる現象がおきた。

 

写真を提出しなければならない点、市民権の証明を提出する必要性、そして金銭的なコストがかかることに不満があったが、もっと重要な点は、書類が身分を証明するということへの反対があった。

 

現代では不思議な感覚ですが、当時は「身分証明書」の概念が希薄でした。たとえば運転免許証はほとんど存在しておらず、1942年でもアメリカ人の半数が出生届を出していなかった。出生届がないためにパスポートが作れないというケースもあった様子。

 

身分証明は一般市民には必要がないものとされており、狂人や犯罪者が持たなければならないものだとされていた。パスポートは政府による市民への不信の象徴であり、単に旅行したい人が身分証明書を持つことはおかしい、という考え方があった。

 

当時のアメリカ人にとって、パスポートは人間の尊厳とプライバシー、そして自由を侵害する象徴的な存在だったのです。

補遺2:アナーキストとしてのチャップリン

チャップリンは自らをアナーキストとして位置づける。

 

「政治的には、私はアナーキストだ。私は政府と支配と束縛を憎む。檻のなかの動物には我慢ならない。人々は自由でなければならない」

 

彼が時代的にもっともファシズムを毛嫌いしたからだろう。ファシズムとアナーキズムは対極に位置する。チャップリンはファシズムをひどく嫌ったがために「あらゆる形態の政府」を否定する立場をとったと言える。

 

チャップリンは無神論者でもある(本人は無神論者ではなく懐疑主義者だと言っているが)。

 

「宗教。それは希望を与えるものだ、宗教によって引き裂かれた世界に」

 

この点でもアナーキズムの「No Gods, No Masters神なし、主人なし」と共通点が伺える。

 

彼がアナーキストとすれば、世界的に稀な億万長者のアナーキストということになる。

  

 アナーキスティックな主張を、有名な「独裁者」の「床屋の演説」から。

www.youtube.com

人々よ、絶望してはならない。民衆は権力を取り戻し、自由は再び人々の手に!兵士諸君、良心を失うな!独裁者に惑わされるな!君たちは支配され、まるで家畜のごとく扱われている。彼らの言葉を信じるな!彼らには良心も人間性もない!君たちは機械ではなく、人間なのだ!人を愛することを知ろう。愛があれば憎しみは生まれない。兵士諸君、自由のために戦うのだ! 

ヒトラーは首相官邸でこの映画を笑い転げながら2度(3度の説もある)見た後、上映禁止処分にしたといわれています。