齟齬

社会とマイノリティの「齟齬」を描く御厨鉄のブログです。

アナーキズムに対する批判

アナーキズムは単純思考のユートピズムか?

 

「国家や資本主義は自由と平等をもたらしてくれる」と多くの人は信じています。

 

しかし、アナーキストはまったく逆に考えます。国家や資本主義は諸悪の根源。それらを廃絶したところに幸福がある。

 

こういった思想は、大部分の人には受け入れられるものではありません。当然さまざまな批判や反論を受けます。アナーキズムはしばしば過激思想とか、危険思想とみなされます。 

 

今日はアナーキズムに対するさまざまな批判を見ていきたいと思います。

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今日の記事はLibertarian Socialist Rantsの動画の書き起こし「Arguments Against Anarchism | The Anarchist Library 」を参考にしています。 

アナーキズムに対する批判

アナーキストは不公正で不必要なヒエラルキーに反対します。

そしてすべてのアナーキストは資本主義と国家に反対します。

 

アナーキズムに反論するときには、国家あるいは資本主義システムが公正で必要であると証明する必要があります。

「国家はヒエラルキーを減らす」

よくある考え方は、国家があるからこそ民主的で比較的階級の少ない社会が実現するというものです。国家は暴君や無法者から守ってくれるのだと。

 

しかし、国家は階級を減らすことはありません。むしろ増大させます。

 

国家とは、暴力を独占する、中央集権化された権力機構です。

 

膨大な権力集中は、特定の人々――権力を愛する人々を惹きつけます。過去、国家の99.9%は権力や階級を愛する人々によって統治されました(そしてパソクラシー化します)。

 

国家が階級をなくす、ということはありえません。

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アナーキズムの社会では資本主義と国家が存在しません。そのかわり、中央集権化されていない自由な集まりが民主的コンセンサスに基づいて直接的に行動決定をします。

 

このような社会においては、他者に命令を下したり管理するような中央集権的権力は存在しません。暴君が支配権を握るようなことはありえません。 

「資本主義は階級を自由化する」

資本主義は主人―奴隷、領主―農奴といった階級をなくした、だから自由をもたらしたのだ、という主張はしばしば見受けられます。

 

しかし、資本主義とは何か考えてみましょう。

 

もっとも財産を持つものが、自分自身を売るしかない人々(賃金労働者)の権威者となることです。

  

資本主義の必須要素である賃金労働と雇用者―労働者関係は階級制度なのです。(企業組織図は必ずピラミッド型です)

資本主義は差別を生みだす

マルクスの指摘したように、資本主義下では必然的に不況や経済危機が起きます。この危機において、人々は資本主義に疑問を抱くようになります。

 

他のすべての人たちを犠牲にして特権的な生活を送る人々は、このことに危機感を覚えます。

 

そこで行われるのが分断統治です。外国人差別、人種差別、性差別、同性愛嫌悪、ナショナリズム、ファシズム。これらの傾向は不況下で強化され、ひとびとを互いに攻撃しあい、疎外しあうことに役立ちます。

 

アナーキズムの社会では偏見や差別は存在しません。偏見のベースにあるのはヒエラルキーです。日本人は韓国人より偉いとか、夫は妻より偉いとか、そういったヒエラルキーとアナーキズムは根本から矛盾します。

資本主義は大衆を痴愚化する

資本主義では広告が大衆をコントロールします。

 

マイホーム、ブランドバッグ、高級車――特定の商品を持てばそれを持たない人よりも高い社会的地位にある、と信じこませる。広告は人々の脳を鈍くさせ、服従し、消費し、コンフォーミティに従うようにさせる。

 

資本主義下の学校では同じ目的で子どもたちを盲目にし、権威を受け入れるようにします。彼らは資本家の従順な労働者となります。

 

資本主義というシステムはより多くの階級を生みだし、それを永続化させることにあります。奴隷制、封建農奴制、資本主義(賃金奴隷制)は本質的な構造的は同じです。

(参考:無政府資本主義というデタラメな思想 - 齟齬

 

アナーキストの社会では、生産手段の共有財産化、階級のない自由な結びつきによって上記の問題は存在しません。

「人々には指導者が必要だ」

人々にはリーダーが必要だーーと多くの人が考えています。

 

この主張が前提としているのは、

  • 国家のある社会では指導者への必要が満たされる
  • アナーキストの社会ではその必要は満たされない

ということです。

 

まず、国家は「リーダーシップ」への必要を満たしません。

 

国民は投票しようがしまいが強制的に国家に服従させられます。公衆の合意は無視されますし、国民は国家との関係を終わらせることが許されません。

 

これはリーダーシップではなく支配です。

リーダーへの欲求を人々が持つとしても、権力を振りかざす主人がいなければならないという主張は無理です。

 

一方でアナーキストの社会では、リーダーシップの必要を満たすことができます。

 

アナーキストはただ不公正で不必要な権威を拒絶するのであって、必要で公正な権威についてはOKだと考えます。

 

たとえばもしあなたが絵を習いたければ画家に指導を頼むことが一番です。あなたがその関係に合意し、その関係のなかで自主性が保たれ、その関係がいつでも終了できるとき、師弟関係は良いものです。

 

悪となるのは自由や主体性が奪われるときーー画家が権力を振りかざすときです。

「アナーキズムは無秩序だ」

アナーキストが問題にしているのは支配者rulerです。ルールではありません。社会はいかにあるべきか、ということを考えたときに何らかの宣言はあらかじめ必要です。

 

例えばサッカーのルールはゲームがどのように行われるべきかを決定します。

 

支配者は一方で、強制的な形で自分に都合のいいルールを生みだして、しかもしばしばそのルールに従いません。彼らはヒエラルキーのはるか上の法を超えた存在です。

 

アナーキストは、人々は自主的・自発的であるべきだ、自らの生活を自分自身で管理すべきだと考えます。なので、支配者とは完全に矛盾しますが、ルールを否定するものではありません。

 

ルールは強制を伴う必要はないとアナーキストは考えます。

「無政府状態では犯罪だらけになる」

警察がいなくなり、国家による人民の管理統制がなくなればめちゃくちゃなことになる、と信じられています。

 

犯罪はそれ単体では起きません。犯罪が起きるのは、人間が生まれつき悪だからでもなく、「原罪」を持つからでもありません。原因があるのです。

 

資本主義は貧困、ホームレス、失業者、疎外を生みだします。個々人は原子化――バラバラに切り離されます。互いに傷つけあい、良好な社会的つながりが破壊され、富の格差を生みだします。

 

資本主義は環境を破壊し、批判的な思考や独立的な思考を物品購入欲におきかえます。こういった社会構造は、子どもたちの潜在力を打ち砕く学校教育によって促進されます。

 

アナーキストは反社会的行動を減らすことができます。それは抑圧的な社会条件を廃絶することによる根本的な解決です。

 

だれもが自由で、だれもが必要を満たすことができる水平的で自主的な結びつきのなかでは、反社会的行動は劇的に減ると考えられます。

 

貧困がなく、支配関係がなく、人々が自由に移動・行動でき、いつでも関係を断ち切ることができるとき、不幸な事件はほとんどなくなるでしょう。

「アナーキズムは人間の本性に反する」

人間は自己中心的で、怠惰で、闘争的で、貪欲で、そしてバカだ。多くの人がそう考えています。

 

だから自由と平等、結びつきをコアな価値観とするアナーキズムは失敗するのだ、と言われます。

 

しかし、近年の研究が示すところは人間は利他的行動が可能のようです。

 

人間の脳はミラーニューロンシステムを発展させてきました。これは他者の置かれた状況や感情に対して共感できることを意味します。だれかが恐ろしい状態に置かれれば、私たちの脳も脅威を感じる。

 

最近の心理学研究では以下のことが明らかになっているようです。

  • 私たちは利他主義が可能である。
  • 利他主義を目撃することは私たちに幸福感を与える。
  • 利他主義を目撃することはより多くの利他主義をもたらす。
  • 利他主義を実践することは私たちに幸福感を与える。
  • 他者が利他主義に感謝することは幸福感を与える。 
    Arguments Against Anarchism

以上を見ると私たちが本質的に自己中心的であるという考え方はバカげています。

 

人間は生まれつき悪だ、という考え方は不当な支配を正当化します。

 

ホッブズ流の世界観を人々に信じ込ませることによって、大多数を犠牲にして権力を集中させようとする搾取的な制度が可能になります。 

終わりに もっとも遠く、もっとも近い思想

以上アナーキズムに対する批判を見てきました。

 

「国家は自由を与えてくれる」「資本主義は平等だ」。

これは洗脳です。

 

アナーキズムは遠くて近い思想です。

人はみなアナーキストとして生まれます。

そして文明社会では、自然のままに生きることが禁忌となります。

 

支配層に好き勝手させれば重税と奴隷労働、戦争と徴兵が待っています。無秩序な資本主義は貧困と殺人をもたらします。

 

初期国家が奴隷や戦争捕虜によって成り立っていたように、国家は本質的に人々を縛り付けることで成立しています。

 

国家や資本主義は不自由をもたらすと認識し、それに対抗することで初めて自由な社会の実現が可能になるのです。