齟齬

社会とマイノリティの「齟齬」を描く御厨鉄のブログです。

文明社会という悪夢

文明は戦争です。

文明は大量殺人です。

文明は暗殺です。 

文明はレイプであり、拷問です。

 

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歴史上の数々の犯罪。

これらは「未開の野蛮人」によって行われたのではなかった。

 

次のような人々によって実現しました。

 

親の言いつけをしっかり守り。

多かれ少なかれ宗教の信者であり。

スポーツ観戦に熱中し。

テレビや新聞のようなマスメディアに満足している。

 

つまり、文明化された人々

 

社会が求めることを忠実に実行するのは、常にこういった人々なのです。

 

殺人犯やレイプ犯は、今日の世界の根本論理を実によく表現しています。すなわち「生き残るためには他者を破壊しなければならない」。

 

この相互破壊はさまざまな形をとります。戦争だったり、経済競争だったり。

 

しかし結果はつねに同じものです。

 

一部が「より良く生きている」と実感するために、他者が踏みにじられなければならない。

 

……文明化される、とは自分の人生と他人の人生をもはや考慮しないということです。

 

自分の人生を、利用させ、搾取させ、支配させることです。あなたが生まれたところの、あるいは生きていくところの「優れた集団」の利益のために。

 

この服従と引き換えに、あなたは人間として扱われることが保証されるのです。

文明社会という悪夢

上記は「How Nice To Be Civilized!」という記事を参考に書きました。「文明化されることはなんてすばらしいんだろう!」というようなタイトルですが、もちろん皮肉です。

 

動物を支配する。植物を支配する。環境を支配する。

 

文明はそこから始まりました。その次には、必然的に人間が支配されました。 

 

「支配する」とは対象を物質として、道具として扱うことです。サイコパスは人間を道具化しますが、まさに文明はサイコパス的といえます。

 

これが国家のはじまり――奴隷制であり封建制であり、現代の賃金奴隷制です。人間を支配しない国家は存在しません(「民主主義」? ご冗談を)。 

文明人は自分以外のために生きる

自然の呵責をまぬかれる代償として、同胞である人間にさいなまれる。(自由と社会的抑圧 / シモーヌ・ヴェイユ) 

文明はだれか他人のために生きることを是とします。

 

かつて人は神のために生き、王や君主のために生きました。

 

「高度文明社会」に生きている私たちは、企業や国家のために生きるべきだとされます。私たちは企業に労働力を奪われ、国家に富を奪われていますが、不服を唱える人(共産主義もアナーキスト)は例外的存在でしかありません。

 

第一に学校の役割は重要です。学校は人々を(強制的に)文明化させる装置であり、文明化とは隷従を意味します。

 

100年前を考えてみましょう。もし学校がなかったら、どうして人々は天皇を崇拝したでしょうか? 国のために死ねたでしょうか? 国境も、王様も学校が教えなければ存在しません。

 

学校はまた、徹底的に「お前は何も知らないバカだ」ということを教えます。世界は恐ろしいところだ。自分では生きる環境はコントロールできないのだから専門家や官僚に任せなければならない。そういうことを教えるのも文明化です。

 

たとえばネトウヨは非常に家畜化された存在です。彼らは日本や日本人以外は恐ろしいもので、すぐさま殺人や強盗、スリやレイプに遭うと信じています。

 

文明化とは、特定の集団に依存させて奉仕させる。野生動物を手懐けて家畜化されてゆく過程と同じです。ネトウヨでなくとも、「従順な人々」は牧羊犬や遺伝子改良された作物と変わりがありません。 

ほんとうの人間は疎外される

しかしながら、自分は自由たるべく生をうけたと人間が感じることを、世界のなにものも妨げることはできない(同)

現代の大半の人間は「家畜化」されています。特に東アジア人はそうです。

 

しかし稀に「ほんとうの人間」があらわれます。イヌに対する狼、ネコに対する獅子のような人間。

 

彼らはしばしば病人だとみなされます。学校や企業に不適応だからです。しかし、彼らは健康な人間です。健康な肉体をもち、健康な精神を持っています。ある意味で健康すぎるのかもしれません。

 

しかしながら、彼らは不幸です。というのも、彼らは「いまここの生」に絶望しているからです。彼らは意識的に、あるいは無意識的にこの人生は間違っていてどこかに本当の人生があるのだと知っています。そして、その事実に対して屈服しない。これは当たり前ですが辛い、困難なことです。

 

一方で、家畜化された人間が存在します。おそらく、かなりの部分が遺伝的なものです。彼らにとって人生は幸福です。彼らは適応者であり、文明社会に非常にフィットするからです。

 

よく使役され、洗脳され、疑問を抱くことがありません。お買い物は楽しい、テレビはインスタは楽しいとぴょんぴょん飛び跳ねる。しばしば彼らは「成功者」とか「リア充」とみなされます。 

まとめ 文明は事故である

私たちは夢を見ています。

  • 選挙によって支配者を選んでいる。
  • 自由に主体的に賃金労働をしている。
  • 私たちの社会は自由で平等だ。
  • 労働は楽しい自己実現の場である。
  • 私たちは幸福だ。

現実はどうですか? 貧しく惨めな生活です。 

 

私もそうですし、あなたもそう。

死にたい、つまらない暮らしをしています。

 

真の意味で幸福な人間は非常に稀です。ほとんど見当たりません。それが文明の結果です。 

 

「文明を受け入れたのは人類最大の誤りだ」「文明は事故だ」という表現をアナーキズム界隈では目にします。

 

人類はクラッシュしたのかもしれません。 「文明」にぶつかってメチャクチャなことになっている。

人類はどうすればよいのか

今後、人類はどのような道をたどれば良いのか?

 

という、なんだか壮大なことを考えています。しかしそれこそが哲学だともいえます。

 

人類は滅亡すべきだ。VHEMTのLes Knightの主張です。

反技術革命を実現すべきだ。爆弾テロリスト、カジンスキーの主張です。

遺伝子操作で「野生の人間」を再生すべきだ、という意見も見たことがあります。

 

いずれにせよ、このままでは人類の家畜化が進行し、完全となり、「すばらしい新世界」のようなディストピアになることは目に見えています。

 

それはそれで人類にとって幸福なのかもしれませんが。難しい問題です。