齟齬

社会とマイノリティの「齟齬」を描く御厨鉄のブログです。

無政府資本主義というデタラメな思想

アナーキストは「支配関係の廃絶」を理想とします。

 

資本主義は資本家による労働者への搾取を前提としています。これは支配関係です。なので、アナーキストは資本主義に反対します。

 

しかし、世のなかには無政府資本主義者(Anarcho-capitalism, ancapとも)という「奇妙な思想」があります。

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無政府資本主義は金(資本主義)と黒(アナーキズム)をあわせた記号を用いる

 

資本主義と無政府主義は水と油だと思うのですが、いったいどうやって両立するというのか?

 

批判的に考えてみます。

 

  

無政府資本主義とはなにか

Wikipediaを見てみます。

右派リバタリアンによる政治思想で、自由市場の自治を重視し、国家の廃止を提唱する

 

無政府資本主義の社会では、警察や裁判所など全ての治安サービスは税金によってではなく「民間の防衛・警備会社」によって提供され、通貨は公開市場で民間の競合する銀行によって供給される。従って、無政府資本主義の下では個人や経済活動は、政治によってよりも、私法と契約によって管理される。 

無政府資本主義者は国家の廃絶を望みます。その理由は、「税制や規制が利益に反するから」です。

 

無政府資本主義を一言でいえば、「税金や規制などで企業利益を侵害する国家の廃絶を望む」というだけです。それだけで終わりです、ほんとに。

 

つまり、無政府資本主義者は、私有財産や、階級社会、富の集中などの問題は眼中にないということです。

無政府資本主義は「自由」か

無政府資本主義者は、無制限の資本主義の発展によって、各人の最大の自由が実現するとよく主張します。

 

が、資本主義社会は「他人のために働く、搾取される労働者」がいなければ実現しません。彼らは自由なのでしょうか? 

 

無政府資本主義者は言います。「それは自由意志なのだ」と。自発的に「他人のために」働く人がいて、労働力を求める人がいて、それは相互の利益に基づく自由契約なのだと。

 

しかし、労働者に与えられている自由とは、極めて制限された自由です。せいぜい「雇用主を選ぶ」自由しかありません。賃金労働を拒絶すれば飢餓が待っています。

 

賃金労働が嫌なら起業すればいいじゃない、と言うひとがいますが、起業には資本が必要です。もたざる人は事業資金はどこから得るのか? 生産手段や当面の生活費をいかに獲得するのか? 結局、まずは賃金労働をしなければなりません。そして、すでに巨大な資本力を持つ他企業と絶望的な戦いを強いられるので、よほどのアイデアや才能がなければ無理筋です。

 

資本主義社会は、大部分の人間にとっては「他人のために働くか、飢えるか」の社会であり、ほとんど自由はない。

資本家のための社会

無政府資本主義では、資本家に「だけ」自由を与えます。

 

彼らの理想とする社会は、あらゆるものが商品化され(例えば軍隊や警察)、買えるものなら何でも買える社会です。

 

金持ちの資本家は最大の自由を謳歌しますが、貧乏人の労働者の自由は非常に制限されることを意味します。

 

純粋なアナーキストは「万人の自由」を望んでいるのであって、自由に値札をつける真似はしません……。

資本主義には国家が必要

そもそも、国家なき資本主義が可能なのか、という問題があります。

 

国家はその誕生から、資本の集中を最大の目的としています。奴隷制でも封建制でも同様です。近代国家=資本主義とは、その新たなひとつの形、より効果的で効率的な形態にすぎません。

国家は資本主義に奉仕する

超国家的な多国籍企業であっても、国家に依存しています。アメリカのなくなったグーグル、日本国のなくなったトヨタが可能でしょうか?

 

もしも国家がなくなれば、ひとびとの移動性が増大し、貧困国からの労働搾取が難しくなります。

 

また、国家による福祉がなくなれば、傷病などで失業した労働者は餓死し、「予備の労働力」がなくなります。

 

イギリスの初期資本主義においては、過酷な児童労働によって労働者が大量死し、平均寿命が二十歳以下になるというありさまでした。

 

資本家は労働者不足に深刻に悩まされましたが、利益追求のためには労働者を酷使しなければならず、事態は悪くなる一方だった。

 

結局、これには国家の介入が行われました。一日8時間労働や、児童労働禁止が法律で定められ、結果的には維持可能、拡大可能な資本主義社会が実現しました。

 

国家の規制は、表面的には労働者のためであっても、結局は資本家に有利なようにはたらきます。双方とも資本の集中を目的とする点で、基本的には同質だからです。

国家による暴力の正当化 

また、国家は企業と違い、「暴力の正当化」が可能です。

 

たとえば政治は国民が「民主的に」定めたものであり、法律制度は国民が契約的に定めたものであり、軍隊は国民を守るものであり、警察は治安を守るもの……といった、実際には不当な抑圧であっても、「私たちのためなのだ」という幻想が可能です。

 

雇用者―被雇用者の関係にすぎない企業単位では、私兵や私警察は露骨な暴力となり、イデオロギー的な操作はおそらく難しいでしょう。「想像の共同体」である国民国家だから可能だといえます。

 

国家には資本主義が必要であり、資本主義には国家が必要です。だからこそ、国家主義者は資本主義者でもあるといえます。

無政府資本主義はファシズム?

放任資本主義は、非常にファシズムに近い。だれが職場の決定権を持つか? 労働者だろうか、経営者だろうか。経営者である。経営者は権威を持つ。純粋な、トップダウンの、ファシズム的な行動決定である。

 …… 

資本主義は利益を損害しないかぎりは、あらゆる支配者に反対はしない。「無政府」資本主義は脱工業化社会の封建制であり、アナーキズムとは程遠く、ファシズムであるといえる。

 (Anarcho-Hucksters: There is Nothing Anarchistic about Capitalism | The Anarchist Library) 

企業組織は厳格なトップダウン形式であり、それを社会構造として徹底させればファシズムと変わらないという指摘です。

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↑おもしろい画像があったので……

結論:無政府資本主義というダメ思想

無政府資本主義は、史上最大のジョーク・イデオロギーだ。(redditの知らん人)

 

無政府資本主義は無政府主義ではない、ということについては以前も書いたのですが。やっぱりダメだな~、と思いました。

 

思考実験としてはとても楽しい思想です。国家がなくなったら? 企業が無制限に利益追求をすることができたら?

 

また、マレー・ロスバード(無政府資本主義の提唱者)の言う、税金は強盗だ、とか、国家は戦争を望む、という主張は支持できます。

  

でも、「無政府資本主義」は成り立ちません。万人の自由を望むのがアナーキズムです。賃金労働は奴隷制であり、不平等の根源です。

 

アナーキストは資本主義と国家の両方の廃絶を目指すべきだといえます。

 

今日の記事はアナーキストライブラリーで見つけたAnarcho-Hucksters: There is Nothing Anarchistic about Capitalism | The Anarchist Libraryと、エレン・メイクシンズ ウッドの「資本の帝国」を参考に書きました。

 

関連:アナーキストとリバタリアンの違い - 齟齬