齟齬

社会とマイノリティの「齟齬」を描く御厨鉄のブログです。

必要悪という矛盾

「必要な悪」が存在しうるか? 

 

アナーキズムを研究していると、必要悪という言葉にしばしば遭遇します。

 

たとえばホッブズは、自然状態では「人々は常に恐怖の中、暴力死の危険の下に生き、その生活は孤独で、貧しく、汚く、動物的で、人生は短命」としており、「だから国家は必要悪なのだ」という論理を展開しています。*1

 

「必要悪」という便利な言葉は、国家、資本主義、軍隊、警察、戦争、税制、階級社会、学校、ヤクザ、自民党、皇室…… など、さまざまな事柄を肯定することに役立っています。 

 

でも、以前からその言葉に違和感がありました。悪が必要? それって矛盾しているのでは? 

 

必要悪という言葉は、なにを意味し、何のために存在するのか考えてみます。

 

必要悪とは何か

「必要悪」とはやや複雑な概念です。

 

 大辞林 第三版では以下のように定義される。

ない方が望ましいが、組織などの運営上また社会生活上、やむをえず必要とされる物事。

 

Wikipediaを参考に、もう少し詳細に説明してみます。特にほかの代替手段がより悪い結果をもたらすと考えられるときに、よりよい結果を得るために、行われるべき、あるいは受け入れられるべきだと信じられている、嫌な、不愉快な、受け入れたくない事柄(悪)となります。

 

Oxford Dictionary of Word Originsでは、「必要悪」の概念は古代ギリシャまで遡ることができるようです。そこでは「結婚」に対して使われていた。

 

また「Necessary evil」という英語句がはじめて用いられたのは1547年で、「女性」に対して用いられたようです。 まあひどい性差別ですが……。

必要悪の用い方

必要悪といえば、悪をある程度肯定する意味で用いられています。しかし、実際には否定的なコンテクストのなかで用いられていたケースもあったようです。

 

戦争は時には必要悪であるかもしれない。しかし、どれほど必要であれ、それは常に悪であり、決して良いことではない。(J. S. ミル)

 

政府は最善の場合さえ、必要悪に過ぎない。最悪の場合には耐えがたいものになる。

Government, even in its best state, is but a necessary evil; in its worst state, an intolerable one.(トマス・ペイン「コモンセンス」)

 

これらの文は、結局「戦争は悪だ」「政府は不要だ」と言っていることになります。

 

彼らが「戦争/政府は必要悪だ」といっても、それは「戦争があってもしょうがない」「政府は存在したほうがいい」という意味ではありません。

 

しかしながら、現代的な語法は、つぎのブルームバーグの言葉のように「存在しなければならない」ものを表現する言葉となっています。

税金は良いものではないが、もしサービスを受けたければ、だれかがその対価を払わなければならない。したがってそれらは必要悪だ。Michael Bloomberg

 

このように、悪とされることを積極的に肯定する言葉として、必要悪という言葉が用いられるのが現代では一般的です。言葉の意味が変化していったのかも?

必要悪は矛盾している

さて、必要悪という概念は、あきらかにその内部に矛盾を孕んでいるように思います。必要であれば悪ではなく、悪であれば必要ないはずです。

 

たとえばその反対語を考えてみましょう。unnecessary good――「不必要な善(良)」ですよ。そんなものが想像できますか? 善は必要であり、悪は不要です。

 

Harold Hodgeは、英国議会の政党に対して、次のようなことを書いています。

「それは必要悪だ」と言うことは、すべての道徳を放棄することを意味する。必要悪は、単語内でほぼ矛盾している。必要なものが悪であることはほとんど不可能である。もし悪が避けられないものであるならば、道徳はすべてが破綻する。

 

私たちは一方を否定するか、他方を否定するかの悪循環に巻き込まれている。ある事柄が必要ではないか、悪ではないかのどちらかだ。非道徳的な体系では必要悪の概念を受けいれることができるだろうが、しかし残念ながらそれは悪の概念を完全に排除することになる。この点についてどれほど哲学的に議論しようが、必要悪という概念は、それ以外の言葉では否定される場合に、言い訳として用いられる謬論である。

 

そうすることを避けられずに行動した人に対して、悪事の責任追及するとすれば、それは間違いである。そういった場合、悪ではなく、単に不幸か、悲しいことである。同様の理由で、必要であれば、悪ではない。

(Harold Hodge, "Ex Parte" The Nineteenth Century and After (1924), Vol. 95, p. 205.原文

 

必要悪という言葉は自己矛盾であるという点に同意します。

 

ある悪を肯定する目的で「○○は必要悪だ」というとき、それはほとんど詭弁だと言えるでしょう。

 

また、ある人が避けようもなく、悪事とみなされることをしたときには、それが悪とはならないということも重要な指摘です。

 

個人的にこの言葉で思い出すのは、「介護殺人」です。また、若者の無差別殺人も、悪だとは思えない。 

悪の正当化

「必要悪」という自己矛盾を孕んだ言葉は巷に溢れています。それはひとびとに悪を受け入れさせる目的で存在するのかもしれません。

 

エチオピアのキリスト者Gabra Manfas Qeddusは言います。

「必要悪」という概念は、徹底的に拒絶されなければならない。悪は必要ではなく、悪を受け入れることは、それを永続させることである。悪はいかなる代償を払おうとも、反対され、拒絶され、避けられなければならない。悪は、私たちが不可避的に、必然的に与するようなものだという見方は決してしてはならない。私たちが悪を「必要」とするとき、悪を過小にしてしまう。

 (Gebre Menfes Kidus, Mystery and Meaning: Christian Philosophy and Orthodox Meditations (2011), p. 225.:原文

まとめ

  • 必要悪は存在しない。善は必要であり、悪は不要だからである。
  • 必要悪を認めたとき、善悪の根本的な前提が覆されることになる。
  • 必要悪という言葉によって、悪が正当化され、受け入れられてしまうことがある。
  • ゆえに、必要悪という概念は徹底的に拒絶されるべきである。

 

「必要悪」だとされていることは、結局のところ不要な悪であるか、必要な善であるか、そのどちらかです。そして個人的には、後者の方が圧倒的に多いように思います。

 

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(「必要悪」のふりをした「不必要な悪」によって搾取される私たち:引用元)
 

もっともらしいジャーゴンに惑わされずに、必要悪とされている事柄について正当な批判を加えてみましょう。より詳細に見れば、「必要悪」はただ単に悪であり、不要なものだと気づくはずです。

 

アナーキスト的には、以下のパーシー・ビッシュ・シェリーの文言がとても好きです。

 

政府は悪である。それを必要悪とするのは、人間の無思考と邪悪さだけである。もしすべての人間が善良で賢明であれば、政府は自ずから崩壊する。 

 

 

*1:この主張の前提部分が誤っていることは、考古学的な事実に加えて、私たちの直感でも明らかでしょう。