齟齬

社会とマイノリティの「齟齬」を描く御厨鉄のブログです。

完全に腐敗している日本仏教

日本仏教は仏教ではなく、「楽して金を稼ぐ」葬儀パフォーマンスと墓地管理のビジネス団体でしかない。

 

日本仏教はビジネスです。

 

仏教が生きている国、タイ

タイをなんどか旅した経験があるのですが、そこで感じたことは、仏教の修行僧がほんとうに尊敬されており、また仏教がひとびとの考えに生きているということです。

 

ゲストハウスを出て、軽い朝食とコーヒーを買いに出かけるとき、そんな状況に出くわします。仏僧は朝になると街なかにやってきます。市場の人々は、心底彼らを尊敬している様子で施しを与えます。たぶん、その日いちばんよい食材を僧に与えるのでしょう。修行僧は朝にそれだけいただくと、一日の食料とします。彼らはバッグを持たず、財布も持たず、ほんとうにそれだけで生きていくのです(スマホは持ってるみたいでしたが笑)。

 

また、あるタイの屋台でご飯を食べていると、そこの店主と仏教の話になりました。仏教の教えではどうだ、こうだ、ということを話します(結局、宇宙論にまで行き着いたのですが、あまり詳しく覚えていません笑)。私が興味深く聞いていたので、熱心に話してくれたのですが、彼の奥さんが止めに入りました。

 

彼はなんどか出家したことがあるようです。 「タイの人々は、失恋や将来に悲観したり、人生の苦難のときに、出家することが珍しくない。森のなかで生活し、僧侶と人生について語り合い、瞑想する。人生の悩みは、そこで解決することが多い。非常にいい経験だ」と彼は言います。ほんと、またタイに行って彼に会いたいなあ。

 

タイ仏教はあまりにも権威的となっており、さまざまな問題を孕んでいることは事実です。個人的にも、タイの仏僧は偉そうだし、なんかいけ好かねーと思ってました。

 

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腐った仏僧の例。飛行機なんて乗るな、歩け!笑(引用元

 

それでもタイでは、まともな仏僧が多いことも事実だと思います。それは、まともな仏教の教え(ダルマ)がひとびとの間に強い影響を与えており、人々を救っていることから明らかです。「生きた宗教」が存在すること――それが、日本で生まれ育った私にはなんだか新鮮だったのを覚えています。

日本の仏教は腐敗している

で、翻って見ると、日本の僧侶って何なんでしょう? まるで尊敬に値しないし、人々を救いもしない。人生の悩みを救うでもなく、苦しみから解放するでもなく、ただ、金稼ぎに奔走している。

 

日本の僧侶は、コスプレみたいなものなんじゃないでしょうか。――もっと言えば、僧侶のふりをした詐欺師(こう言い切ることには抵抗はありますが)。

 

日本仏教のダメなところを、オーストラリア人で元古義真言宗・曹洞宗僧侶の JAMES KEMLO(JUNPEI HAYAKAWA)氏の記事、

Buddhism in Japan is corrupt Part one. | Views of Japan(Part two)から引用します。

寺は世襲制度の家族経営

まず、日本で仏僧となるためにはどうすればよいのでしょうか。ブッダの教えを、熱心に学ぶことか? 知見ある高僧のもとで修行し、徳のある生活をすることか? それとも、生まれ持った才覚や霊格が必要なのか?

 

ノンノン、答えはシンプル。「親が僧侶であること」です。

日本では、僧侶はほとんどつねに寺の息子であり、家族の寺院を継ぐ。

 

しかも大半は「嫌々ながら」です笑 

僧侶たちと話していると、ほとんどの寺生まれの子どもたちは僧侶になりたくないようである。しかし日本の(世襲的な)伝統から逃れる機会はほとんどなく、したがって多くの僧侶はブッダの教えに関心がない。

というわけで、日本の仏僧の大半は、霊的な目ざめではなく、厳しい修行の成果でもなく、ただ単に、「親父がそうしろっていうから」――それだけで僧侶となっているのです。
 

で、そういう人にとって瞑想の時間は「睡眠時間」になるようです。

ある禅僧は私に言った。「瞑想のとき、私は同じところに四時間も五時間も座らなければならない。だから私は集中力が切れて、眠ってしまう。私たちにとって、瞑想の時間は睡眠時間だ」

十分な睡眠は、健やかな生活のために必須ですよね。  

葬儀ビジネスに命をかける

私が最近浄土宗の僧侶から学んだことは、仏僧は病院では歓迎されていないということだった! 僧侶は死と関連付けられている! これは間違いなくブッダの教えではない! 日本人の多くにとって、仏僧は不吉なものであり、死と関連している! 僧衣は死と関連付けられる。僧侶は葬儀にやってきて、死者の「魂」のために「祈る」ことが期待されている。

(強調は引用元) 

僧侶は縁起が悪いということで、病院に入ることがマナー違反のようになっているようです。

 

ようは、日本の仏僧は葬儀屋となっています。まあ、稼げますもんね。 

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引用元。あまりに醜悪で正視に耐えないため、モノクロ+ノイズ処理)

 

私が仏典を読んで思うことは、ブッダは人生を楽しく自由に生きることを説いたということです。死後魂が安らかになるためにお坊さんの祈りが必要なんてことは説いていません(一切)。

 

そんなわけで、James氏は極めてまっとうなことを言います。

 

まず、ブッダは祈りは迷信だと教えた。つぎに、永遠に残る「魂」のようなものは存在しないと。これは仏教の基本である。

 

私はこのことがまったく理解できない! 仏教は人生を祝福し、私たちの生を見つめ、私たちの生活をより自由に、簡単に、そして迷妄から逃れるために、苦しみを和らげるものである。私は間違っても死と関係したくない!

そんなわけで、仏教の基本的な原理に反することを、日本のお坊さんたちは一生懸命やっていることになります^^; 

 

権威的な組織構造

仏教は組織化に適してはいない。それは正統的である必要も、華やかな階級や寺院のようなものである必要もない。しかし、とても、とても不幸なことに、日本はそうであることが期待される。

私は割と真剣に、仏教者になろうと思ったことがあります。とにかく静かな環境で、さまざまなことを学びながら生きるということが私の望みだからです。

 

が、日本の仏教は超階級社会で、軍隊や学校の部活動のように上下関係が絶対だと聞いていて、そんなクソな環境にいたら魂が死んでしまうので、なかなか出家に踏み切れません笑

醜い宗派あらそい

仏教は調和と同情を教えているだろう? しかし日本では多くの宗派をかかえており、また同じ宗派内であってさえ、政治的な争いが存在する。これらのことは仏教の実践ではない。

たしかに日本の仏教って、喧嘩ばかりしているイメージです。特に創価学会と日蓮宗の喧嘩は有名です。

 

これはキリスト教にもイスラム教にも言えることです。でも、たぶん仏教という区切りのなかでは、日本ほど仏教徒が喧嘩している国もないのでしょうか?

 

もちろん、これは仏教が宗教や人生哲学ではなく「ビジネス」だからということで説明がつきそうです。商売は競争ですから。

日本の仏僧はだれも救わない

僧侶たちは寺に引きこもっている。ひとびとを寺に入れてケアしたり、人生が困難なときに助ける役目ももっていない。

日本仏教は人助けをしません。だって、仏教はビジネス。人助けって金にならないですから。非合理的でしょ? というわけです。

 

そんなわけで日本仏教の経済追求は、日本の自殺率を押し上げることに寄与しています。彼らは金を奪うだけで、悩める人々を救おうとしませんから。

まとめ

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なんとなくのVasan Sitthiket(War Against Capitalism - WikiArt.org

 

James氏、次のように言います。

僧侶は寺に座って、寄付や葬儀サービスで金をもらい、それでいい暮らしをしている。家族ビジネスだ。僧侶は怠け者で、大金の上に座っており、困っている人にはほとんど分配されない。

 

日本仏教は葬儀をパフォーマンスし、家族の先祖を供養を祈ることである――それ以上でもそれ以下でもない。もし君が日本の寺にブッダの教えを期待するなら、間違っている!

 

日本の「仏教」は、葬儀ビジネスであり、利益追求組織であり、家族経営の寺のために金を稼ぐようにできている。寺は墓地でしかなく、僧侶や彼の家族は墓の管理人でしかない。このどこにも仏教が見えない。死のカルトでしかない。

 

日本の僧侶はほとんど仕事をせずに多額の収入を得ており、それで幸福である。だれが仏法を気にするのか? だれが2550年前に釈迦牟尼が教えたことを気にするのか? おそらく日本の僧侶ではない。

 

あまりにもまっとうな意見で、James氏が僧侶を引退したのは適切としか思えません。

 

日本のお坊さんに人生のことやより良い生き方のことを問うても、ろくな答えは返ってきません。また、出家して日本の仏僧となっても、お金にはなりますが、真に霊的な成長は望めません。

 

個人的に仏教は好きです。ブッダの教えは好きです。が、日本仏教は仏教ではなく……結局、日本仏教とは仏教のふりをしたコスプレであり、一種の詐欺なのです。

 

(もっとも、これは一般論です。日本の僧侶にも立派な人がいることを……私は会ったことがありませんが、そういう人がいることを期待しています。)

 

日本のお坊さんに人生相談するより、仏典を読んだ方が100倍簡単で安上がりです。↓