齟齬

社会とマイノリティの「齟齬」を描く御厨鉄のブログです。

酒と文明――狩猟採集民の定住の理由

人間は農耕を開始したのは、パンではなく、酒のため?

 

歴史的に、人間の文明の開始と、飲酒文化の誕生はかなりの部分で合致します。

 

チグリス・ユーフラテス川の近隣では、紀元前7000年にワインが製造されていたとされます。エジプト文明ではビールは水の次に飲まれており、子供も飲んでいました。

 

古代ギリシャでは、酒を飲まない市民はバーバリアン(野蛮人)と見なされました。

 

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文明と飲酒はかなり合致していそうですが、その関連はどれほど深いのか?

 

酒に関する考古学的な研究としては、ペンシルベニア大学の生体分子考古学者であるパトリック・マクガバーン(Patrick McGovern)がもっとも革新的です。(「アルコールのインディ・ジョーンズ」とか言われているみたいです……。)

 

彼によれば、狩猟採集民が定住し、農耕を始めるようになったのは、「パン」ではなく「酒」だというのです。非常に奇抜な考え方ですが、詳しくみていきましょう。 

文明はパンのためではなく、酒のためにあった?

考古学者はパンとビール、どちらが先かを論じている。私はビールだと思う。容易に作れるし、栄養価があり、精神変容(mind-altering)効果があるからだ。これらは、狩猟採集民に定住し、穀物を栽培するインセンティブとなった。彼らが定住する村をつくったとき、集団間の関係は断絶された。ほとんどの世界宗教で酒は用いられており、世界でもっとも最初の薬はワインだった。文明の開始は、発酵飲料によって促されたのだ。

Were Humans Built to Drink Alcohol?

 

彼によれば、酒の特徴は発酵過程にあるようです。初期の人類にとって、泡が出て、思考変容をもたらす液体は非常に神秘的であり、それが宗教的に大きな意味を持ったようです。「異界の力と酒によって通じ合う」ような気分に人々をさせたとか。

 

また、酒が好まれたのはそれが「健康」だったからでもあります。酒はバクテリアを殺菌するので、「生水」よりも安全な飲み物でした。歴史的には、酒は薬でもありました。ビタミンBや必須アミノ酸を含有している。現代でもグラス一杯から二杯のワインは人々を健康にするとされています。

 

彼は言います。「飢えではなく喉の渇きが、穀物農業の起源の背後にある動機だったかもしれない」*1

 

たしかに、人間にとって飢えよりも乾きの方がはるかに深刻な問題です。人は食料なしでも数週間生きられますが、水なしでは数日しか生きられません。

狩猟採集民が定住するようになったのは「酒」のせい? 

前々から、狩猟採集民は農耕社会になぜ移行したのかを考えていました。実際それはあまり合理的な選択ではないですし、J. C. Scottなどによれば、多くの狩猟採集民がブラック社会である農耕社会を拒絶していました。

 

マクガーヴァンによれば、酒が魅力的なのは以下の理由です。

  • 酒は思考変容をもたらし、創造性や宗教的に重要なものであった
  • 酒は衛生的であり、栄養価があり、健康によい

ただ、私はこれらは本当の理由ではないと考えています。

 

マクガーヴァンはあえて言及していないのかわからないが、酒は「常習性」があります。酒は煙草などと同じように、それを摂取し続けることによって、ふたたび飲みたくなる効果がある。

 

人間の歴史をふりかえってみると、「常習性物質」のもたらすエネルギーは絶大なものがあります。茶、アヘン、コーヒー、チョコレート、砂糖、煙草などは、世界の歴史を動かす巨大な原動力となりました。(まあ、主に災禍だったのですが)

 

狩猟採集民が定住を開始し、農耕民となったのは「酒の力にあらがえず」 ということなのでしょうか。狩猟採集民は、酒の魔力に屈していったのでしょうか。文明とは、そもそもが依存症なのか?

 

いずれにせよ、マクガーヴァン氏の主張には非常に知的好奇心をそそられます。これからも「飲酒=文明説」を追っていきたいです。