齟齬

社会とマイノリティの「齟齬」を描く御厨鉄のブログです。

アナーキズムとは何か

アナーキズムは愉快な思想的冒険です。

 

もし国家がなかったら。警察がいなかったら。法律がなくなったら。

信号をなくしたら社会は今より悪くなるでしょうか。それとも? 

 

私たちは生まれたときから国家や警察を自明のものと考えています。しかし、人類の長い歴史から見れば、現代の文明や国家の存在は、ほとんど一瞬の出来事に過ぎません。

 

アナーキズムの視座を手に入れることによって、現代社会のあらゆる問題を相対化し、批判することが可能になります。

 

大げさにいえば、アナーキズムを知ることは、第三の目を手に入れることなのです……ですよ(なんか恥ずかしい)。

アナーキズムとは何か

で、アナーキズムの入門的な文章を探してみたのですが、ちょうど良い文章(What Is Anarchism?)を見つけたので翻訳してみます。

 

アナーキズムとは、すべての個々人が、自らに影響を与えることについて、自らのために意志決定を行う権利があるとする社会哲学である。したがって、それは人々の関係における、あらゆる権威主義の侵入に反対する社会哲学でもある。

 

アナーキストは権威の原則――命令と服従の、指導者と順応者の、主人と奴隷の原則――に反対する。なぜならアナーキストは、自分の人生をコントロールできる能力を、人間性の実現の前提条件としているからである。アナーキストは、この能力が否定された人々(例えば他者によって)は単に奴隷であると考える。彼らは自分自身ではなく、だれか他人の意志を実行しているからである。

 

すべての個人の先天的な能力、批判的、論理的、合理的な思想は自己認識(自我の目覚め)の基礎である。このことは、「考える、故に我あり」という単純なアイデアである。思考しない人間は、正しい方法で歩いたり、話したり、食べ、飲み、呼吸し、トイレへ行くなど、その他あらゆることを考えるかもしれないが、適切な意味で生きることを考えはしない。これは、物理的に生きていても、同時に精神的に死んでいることは可能だからである。生きることとは、人生に参画することを意味し、周囲の環境に影響を及ぼすことを意味する。

 

アナーキストは、いかなる個人も他者に命令する権利を持たないと信じている。私たちは全員に合理的に考える能力がある。私たちはしたがって、だれかが命令し、だれかが服従するような社会システムによってではなく、集合的な意思決定プロセスによって問題を解決することが可能である。

 

アナーキストは上記の原則を論理的結論まで延長する。したがって、権威の原則に基づいた社会的機関の廃絶を支持する。

 

資本主義は、一部が社会的財産を独占することによって、大多数を貧困に陥れ、生存するために一部に依存させるシステムである。資本主義はまた、大部分の人々が、実際の労働価値よりも少ない賃金を払われることによって富裕層に搾取されるシステムである――賃金制度によってごまかされているが。したがって、社会にはふたつの階級が存在することになる。生産階級、あるいは労働者たちは、賃金の見返りによる肉体的・精神的な労働を引き受けることによって生き延びる。そして寄生者階級、富裕層や資本家は、人間の労働を搾取することによって生き延びる。警察と、裁判所などの合計を意味する国家は、資本家に(集団が所有し、平等に管理されるべき)社会的富の搾取する権利を、法律によって捧げるシステムである。法律の遵守は国家暴力によって、警察や軍隊などを通じて維持される。国家は従って、社会コントロールのメカニズムであり、富裕層の利益のために人々を抑圧するメカニズムとなる。

 

簡単に言えば、アナーキストは国家を、富裕層や権力者層などの社会的特権を脅かす者に対して、持続的な、組み合わされた、システム化されたテロリズムの装置とみなしている。国家が何をしようと、例えば狂人から社会を守るとしても、それは権威者の独占を維持することだけが目的なのである。

 

資本主義と国家の代わりに、アナーキストは社会的自由と物質的平等を保証する社会システムを望む。彼らはそのようなシステムが、自由原則や自発的な協力と「それぞれがその能力に応じて働き、その必要に応じて受け取る」(From each according to his ability, to each according to his needs:マルクスの言葉)」の原則に基づくだろうと信じている。人々は必要から労働を強制される代わりに、必要とされる仕事や、彼らが選んだ仕事をすることができる。意思決定プロセスに参与し、雇用者による支配と搾取からは解放されている。あるいは、彼らは搾取のために労働者を雇わない限り、個人主義者として自分自身のために働くこともできるだろう。(以下略) 

 

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アナーキスト・ブックフェアのポスター。センスがいい……。

 

アナーキズムは、みんなが自由に楽しく生きられる社会を追求する

簡単にまとめます。

  • アナーキズムは、自分のことは自分で決める権利を万人が持つべきだとする思想である。
  • アナーキストは権威によるあらゆるヒエラルキーを否定する。
  • 肉体的に生きていても、自己を認識せず、他者のために生きることは精神的な死である。
  • 私達はだれかの命令や強制なくして、自発的で自由な協力によって、うまく生きていくことが可能である。
  • 資本主義は階級制度であり、国家はその維持に奉仕する。
  • アナーキストは、国家装置の破壊を支持する。
  • アナーキストは、人々が自由に平等に生きられる社会を望む。

こんなところでしょうか。

  

ひとが生まれ持った素質とは、働きたいように働き、自分の気の合う人や好きな人と、楽しく好きなように生きることです。私はそうですし、あなたもそうでしょう。

 

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No Gods, No Masters.(神なし、主人なし) アナーキズムの代表的なスローガン。(同)

 

一方で、国家/資本主義社会は、それを許しません。資本主義は、少数の支配者だけが楽しく生きられる社会です(もちろんそれは本当の自由や喜びではありません)。大部分は、働き、搾取され続ける、大変なくせにつまらない、死にたい人生を送ります。

 

アナーキズムは破壊と無秩序を望んでいる、と言われています。現実には違います。アナーキズムは秩序(Anarchy is order)です。実際のところ、社会にとんでもない混乱と殺戮をもたらし、強奪や詐欺をはたらいてきたのは国家でした。

 

そんなわけで、「アナーキストって火炎瓶投げるテロリストでしょ?」と思っている人は、一度次のように思考実験したらどうでしょうか。

 

資本主義と国家によって成り立つ現代社会は本当に正しいのか?

むしろアナーキズムの方が合理的で、倫理的で、説得力があるのでは?

 

関連:だれがアナーキストなのか? - 齟齬