齟齬

社会とマイノリティの「齟齬」を描く御厨鉄のブログです。

「ユナボマー」は正しかった?

テッド・カジンスキー、通称ユナボマー。彼は狂人か、天才か。テロリストか、思想家か。

 

昨日、カジンスキーのプリミティヴィズム批判を引用しました。それがきっかけで彼のことを調べているのですが、非常におもしろい人物です。 カジンスキーについては、簡単に概要を書きます。

 

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20歳でハーバード大を卒業後、数学者としてバークレー大の助教となる。有望な学者だったが、幼い頃から産業技術を嫌っていた彼は、アラサーのときにモンタナ州に小屋を建て、そこで電気も水道もない野生の生活をはじめた。10年ほどその生活を続け、原始的な技術を身につけた彼だが、宅地開発や自然破壊が進み、平穏に暮らせなくなり、怒れる爆弾テロリストになったおっさんです(その前にも過激な環境保護活動はしていましたが)。

 

彼は「マニフェスト」を新聞が公表する代わりにテロをやめると宣言。で、ニューヨーク・タイムズとワシントン・ポストにクソ長いマニフェストが公開されました(原文読めます)。

 

彼の爆弾テロは大いにFBIを悩ませました。逮捕に至るまで、史上最長の調査機関と、もっとも調査に金がかかったようです(当時のFBIがヘボかったとも言えます)。結局彼は逮捕されますが、3人を爆殺し、23人に傷害を負わせた罪で、今でも米刑務所に収監されています。

 

マニフェストを読めばわかるのですが、私は彼がマッド・サイエンティストというよりは、明晰な思想家であると感じました。言ってしまえば、彼は生まれるのが遅かったヘンリー・デイヴィッド・ソローに近いかもしれない。

 

……ソローが隠遁していたウォールデンの湖畔で、チェーンソーや水上ボートの騒音が撒き散らされたら、ソローもテロリストになっていたかもしれません。 

iPhone Xはカジンスキーが正しいと証明している

で、今日はカジンスキーのことを調べていたのですが。

 

シカゴ・トリビューンでおもしろい記事があったので紹介します。著者は同誌編集者のSteve Chapman。

The iPhone X proves the Unabomber was right - Chicago Tribune

 

新しいiPhone Xの発売――無線充電、顔認識、そして価格は999ドル――は技術の進歩においては小さな出来事である。

 

……ユナボマーのマニフェストは、「産業革命とその結果は、人類にとっての大災害である」という一文から始まる。

 

……彼は自動車の例をあげる。自動車はより遠く、より速く旅する自由を万人に与えてくれるものである。しかし自動車の数が増えるにつれて、それらは必要物となり、多大な出費を要求し、広い道路と交通規制は増大した。都市はドライバーにとって便利になったが、歩行者にとってそうではない。ほとんどの人は、運転することはもはや選択ではない。

 

スマートフォンは同じパターンを辿っている。最初に携帯電話があらわれたとき、人々はそれを受け入れることも拒絶することもできる、コミュニケーションのもうひとつの手段を手に入れた。しかしまもなく、私たちのほとんどはそれを家に忘れたとき、パニックになり、裸になったように感じる。

 

携帯電話なしでは、私たちは通常の社会から疎外されることになる。私たちは「携帯電話を持つことができる」から、「携帯電話を持たなければならない」へと一夜にして変化した。

 

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少し前まで、携帯電話を家に置いておくことができたはずだ。今日、ほとんどの人々はいつでも手に届くところに置いている。これらのデバイスは、下僕から主人へと変わっている。

 

カジンスキーは驚かなかっただろう。「技術発明が導入されると」彼は言う。「人々は通常それに依存するようになり、より先進的な発明が生まれるまでは、それなしでは行為できなくなる。人々がそれに個人として依存するだけではなく、システム全体がそれに依存するようになる。(コンピューターが廃絶されたらどうなるかを考えてみよ)」

 

250万年間、私たちの先祖は狩猟採集民として生きており、労働時間は少なく、「より刺激的で多様な方法で時間を費やし、飢餓や病気の危険性が少なかった」としている。

 

農業は人口を増大させたが、人々をその土地に縛りつけ、絶え間なく種を撒き、耕し、収穫し、加工することを要求した。そのことが、飢饉や病気、戦争の増大をもたらした。

 

……だが、そんなことは問題ではない。結局、狩猟採集で生きていきたい人々――たとえばアメリカインディアン――は選択肢がなかった。21世紀では、そのような生活はほぼ不可能だ。Kaczynskiは遠く離れた小屋に隠遁したが、3億人のアメリカ人には同様のことはできない。

 

……Harariによれば、Eメールのような発明はかつてよりも、「ランニングマシンを10倍速くしたようなもので、より多くの不安と混乱を導いている」としている。

 

技術的発明は一方通行だ。一度それに踏み入れれば、あなたには進歩が義務付けられ、あなたは自分が選択していなくても、どこかへ連れて行かれる。

 

スマートフォンは便利ですが、それなしでは生きていけなくなるような社会制度がつくられています。――つまり、文明は高いコストがかかるという記事です。 

 

自動車の例は秀逸で、まさに金食い虫です。現代日本では、自動車を生涯使えば計3~4000万円くらいかかります。「自動車の発明は間違いだった」と廃止したら、みんなが豊かになりますが、それは実現不可能。

 

この記事、農耕批判が描かれているのがミソで、非常にディープな記事に仕上がっています。農耕って、スマホみたいなものかもしれません。いったん依存してしまえば、それなしの生活に戻れなくなる。ましてや何世代も続けば、完全に「スマホなしの生活」「狩猟採集生活」を認識できなくなるのでしょう。

まとめ 「文明なき生活」を想像しよう

ソローは、ウォールデンの湖畔で「自然な生活サイコー」といいました。その100年以上後、ユナボマーは、「俺の居場所はなくなった!」とテロ行為しました。

 

かつて、人々には隠遁する場所がありました。人口は少なく、自動車も鉄道も普及してなかったからです。しかし、現代では隠遁は不可能です。

 

現代の私たちにとって、プリミティヴな生活――人間本来の生活をすることは難しくなっています。「文明から離れたところ」はほとんど存在しません。

 

したがって、私たちには文明のない生活を想像してみるしかありません。本を読むでもいいですし、だれもいないところでキャンプをしてもいいですし、田舎の家屋を買って自給自足でもいい。

 

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山奥のキャンプでの焚き火って死ぬほどリラックスしますよね?

 

過去数千年どうやって生きてきたか、未来数十年がどうなるかを考えるのもいいですが。

 

人間が200万年近くどのように生きてきたか、想像してみることは、非常に有意義なことだと思います。

 

 

私の見るところ、いったん小事に関心を向ける習慣が身につくと、精神は永久に汚れてしまい、その結果、われわれのあらゆる思想は小事の色に染まることになる。われわれの知性そのものが、いわばマカダム工法で舗装される――つまり、知性の基盤が粉々に砕かれ、その上を旅の車が転がってゆく――ことになるわけだ。

 

こうしてわれわれが、すでにみずからの神聖さを汚してしまったとすれば――汚さなかった者がいるだろうか?――それを救済する方法は、用心深く、献身的に、みずからの神聖さを取り戻し、ふたたび精神の神殿をうち建てることだろう。みずからの精神――つまりは自分自身――を扱うときには、自分が後見人となっている無邪気なあどけない子どもに接するときのようにし、その子どもの関心をどんな対象、どんな主題に向けるべきかについて、細心の注意を払わなくてはならない。