齟齬

社会とマイノリティの「齟齬」を描く御厨鉄のブログです。

狩猟採集民の労働時間は短かったか

アナルコ・プリミティヴィストは原始人を理想化しているか?

 

プリミティヴィズムが大好きな最近です。

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縄跳びをするブッシュマン(引用元

 

プリミティヴィズムは欧米人だけのものではありません。

 

日本の縄文ユートピズム――「縄文人は(弥生人や現代人よりも)幸福に暮らしていた」という考え方は完全にプリミティヴィズムです。

 

ただ、プリミティヴな生活は、進歩主義と同じくらい理想化されてしまうことが多い。私もかなり狩猟採集民を「エデンの園」のように理想化してきていた。

 

自戒を込めて、今日は、プリミティヴィズムを批判する記事を紹介したいと思います。

狩猟採集民の労働について

Ted Kaczynskiというかなり著名な元バークレーの学者でテロリスト(Wiki)が書いている記事を引用してみます。かなり要約意訳しています。

 

原始的生活の真実:アナルコ・プリミティヴィズムへの批判 The Truth About Primitive Life: A Critique of Anarchoprimitivism | The Anarchist Library 

狩猟採集民の労働時間はほんとうに少なかったか?

アナルコ・プリミティヴィストの多くは、狩猟採集民の労働時間に関してマーシャル・サーリンズを引用する。彼はブッシュマンが「週に約15時間しか働いていない」と書いている。しかし、サーリンズは狩猟と採集の時間しか労働時間として計算していない。すべての必要な仕事を計算すれば、労働時間は倍以上になる。


食事の準備や薪を集めるなどの作業にはかなりの時間が消費される。木の実を集めたり、根をほったり、狩猟するのは短時間で済むかもしれないが、木の実を割ったり根を洗ったり動物の皮を剥き、捌くのは大変な仕事である。

 

……少なくともLeeのブッシュマンたちが四十時間以上働いていることはたしかである。Gontran de Poncinsはエスキモーについて、「特に余暇時間が多いとは言えない」として、「一日15時間程度、ただ食事を得て、生き続けるためにあくせく働いている」としている。一日15時間というのはかなり長く働いた日だろうが、それでも長い時間彼らは働いている。

狩猟採集民の仕事は楽だったか

非常に過酷だった。Sirionoの男性たちは狩猟のために一日15マイル(24km)、ときに40マイル(64km)歩いた。道路がないために、普通の歩行よりかなりの労力が必要だった。沼地やジャングルを歩けば、彼らは植物のトゲ、虫刺され、害虫の脅威にあった。

 

ボリビア・アマゾンのシリオノ族にとって、果実をとることもまた過酷である。荒野で食用の根をとるのは、庭の栽培されたにんじんのようにはいかない。地面は硬く、根を取るためには硬い雑草を掘り起こさなければならない。狩猟採集民がyampaの根やカマスの球根をとってきたとき、彼らの荒れた手を見れば、原始人が生活のためにほとんど働かったという考えを改めるだろう。 

 

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根を掘るブッシュマン。かなり大変そうです。

肥沃な土地では階級が発生する

肥沃な大地では、簡単に食事が用意できるために一日の労働時間が3時間ぐらいであると仮定しよう。彼らは徐々に、座りがちになり、富を計算できるようになり、よく発達した階級社会を発展するようになる。

 

北アメリカ北西部のインディアンが、社会階層で構成される狩猟採集民であることは、アナルコ・プリミティヴィストでも認めていることである。豊富な天然資源が存在するところ、たとえばヨーロッパの主要河川沿いでは、同様の狩猟社会が存在したことが示唆されている。つまり短時間労働の実現は、同時に階級の発生を意味するのである。

 

――たしかに、土地資源が豊富なところでは、人々にその土地以外へ行きたくない、その土地でしか生きていけないなどの拘束力が生じるので、階級社会が生まれます (支配とヒエラルキーの起源 - 齟齬)。しかしながら、肥沃な大地が広大に存在すれば短時間労働かつ平等社会が両立しそうです。このあたりはもう少し考察の余地がありそう。

狩猟採集民は勤勉だった。

狩猟採集民は一日3時間だけ働いて、あとはぐーたらしていたのではありませんでした。彼らは実際、週に40時間程度働いており、勤勉でした。しかし、現代人と比べてどちらが「良い生活」だったのだろうか?

 

Ted氏は続けます。

 

私は原始的な人々が現代の人々よりも労働生活が不幸だったと証明したいのではない。私の考えでは、その逆が真実だ。たぶん少なくとも非定住の狩猟採集民は現代アメリカの被雇用者よりも余暇の時間が豊富だっただろう。ブッシュマンの週に約40時間の労働が、現代のアメリカ人の標準的労働時間と同じであることは事実である。しかし現代のアメリカ人は規定の労働時間よりも、より多くの負担がある。

 

私自身、週40時間労働に就いていたときはつねに忙しく感じたものだ。私は百貨店で買い物しなければならず、銀行へ行き、洗濯をし、源泉徴収を書き、自動車整備に行き、散髪し、歯医者へいく……つねにしなければならないことがあった。私の知人たちもまた、いつも忙しいことを嘆いている。

 

対照的に、男性のブッシュマンの余暇の時間は真に労働から解放されていた。女性は、あらゆる社会でそうであるように小さな子どもの面倒をみるために余暇の時間はずっと少なかったが。

 

……狩猟採集民の労働は目的が明確である。抽象的だったり、遠く離れていたり、人工的なものではない。目的は具体的で、非常に現実的で、労働者に重要なものである。彼は自分とその家族や他の人々のために肉体的要求を満たさなければならなかった。さらに、非定住の狩猟採集民は自由労働者だった。彼は搾取されず、ボスに支配されず、だれも彼に命令しない。……現代労働者は心理的にストレスが多いが、プリミティブな人々の労働にはストレスが少ない。

 

これはよくわかります。狩猟採集生活はストレスは少なかったと思うんですよね~。

 

ルソーはえらいか間違いか

 

野生人は休息と自由を満喫しながら暮らしており、ただ生きること、何もせずにのんびりと過ごすことだけを望んでいる。
それとは反対にいつも何かしている都市の市民は汗を流し、たえず動き回り、もっとせわしない仕事を探していらいらしつづけるのである。彼は死ぬまで働く。……自分の憎んでいる権力者と、自分の軽蔑している金持ちに媚びへつらい、こうした人々に仕える栄誉を手にするためなら、どんなことも厭わない。

 

ルソーのこの発言は、野生人を理想化しすぎなんでしょうか?  少なくとも。狩猟採集民は、よく言われるよりも働き者でした。でも現代人よりも、「休息と自由を満喫し、ただ生きること、のんびり暮らすことを望んでいた」ことは事実に思えます。

 

他者の命令に従わず、税金や資本家の搾取、上司の命令がなく、自分やその家族のために働く彼らは、「幸せな労働者」だったと言うことはできそうです。

 

もう少しプリミティヴィズム批判を調べていきたいと思います。