齟齬

社会とマイノリティの「齟齬」を描く御厨鉄のブログです。

齟齬

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言わずもがな、仕事はクソである。

毎日同じ生活を繰り返すこと
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頭おかしくなりそう
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――言わずもがな、仕事はクソである。

世間

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会社員ぼく

  • 仕事は自己喪失である
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私たちが働くのは、馬鹿か、臆病だから

アナーキスト・ライブラリーを読んでいたら、「なぜ働くのか?」という記事がありました。S.L. Lowndesが1982年に書いた「Why Work?」という記事です。

 

泥が私に投げられる前に、あらかじめ言っておこう。私は仕事をせずにぶらぶらしている。パラサイトである。非愛国主義者である。OK?

 

これで秘密がなくなったから、はじめよう。私はクビを切られたのではない。自発的に仕事をあきらめたのだ。私にとって、そして私のような人々にとって、プロテスタントの労働倫理は決して存在しなかった。問題は、働かない、という見るからに単純な選択のために、私たちは産業化された西洋社会、そしてたぶん東洋社会にも立ち向かわなければならないということだ。

 

「○○は好きにやってるよ」。このフレーズは、私の耳のなかで警笛を鳴らす。私はそこで、疑いなく、私がある種の不名誉な業績のカタログに載せられたことを知る。これはふつう両親によってであり、私の場合もそうだが、私の両親はサディスティックな喜びをもって、ご近所さんのご子息の功績を報告してくる。私がビジネス界のトップに到達する可能性があると両親の考えの底にはあるようだ。ノーチャンスだよ、ママ。

 

まったく混乱する状況である。一方では私は、安定した仕事がもたらす物質的な富が欲しいと思う。もう一方では、私はすでに自分の宝物を持っている。だれも使わないテニスコート、長時間の散歩、図書館、午後のうたた寝、平和と自由。長い間、私は仕事や成功に向かうことが自分だと思っていた。でも友人と話していると、私はまったく新しい社会運動といえるものを見つけた。労働はロバ(愚か者)と臆病者のためのものだという意見である。ただバカのみが自発的に働き、残りは賄賂か、脅迫を受けている。荒っぽい言い方だが、単身者は賄賂を受けて、結婚した者は脅迫されている。

 

この世界が求めるものにぴったり合致した人を考えてみよう。ボブは会計士である。六年の間、彼は雇用主に忠実に働いた。何のために? 通勤には疲れきるし、収支はつねにマイナスだ。 現代の若い労働者がそうあるべきとされるイメージにしたがって生きるためには、彼は収入を越えた生活をしなければならない。なぜ彼はそんなことを? 彼はバカではない、彼は朝の電車で見かけるすべての他者が好きなだけなのだ。彼は臆病者だ。結局、彼は非労働者となることを恐れている。

 

私は学校を出た者たちが、職場で人生を費やすことに、ただただ苦しむばかりである。彼らは仕事がすべての問題の解決になると考えている。だれかが彼らに偽りの情報を与えたのだ。こんなことを彼らは夢見ている! 金、友人、服、車、フラットテレビ! 私は彼らにゆっくりと事務労働、稼ぐことの苦しみ、終わらない消耗するような繰り返しについて教えるだろう。労働はすべての問題の答えではないし、経済的な答えでもない。

 

私が仕事をしていないから、すっぱいぶどうなのかもしれない。私に値する仕事がないのだ。そしてだれにも値する仕事はない。世界にはたくさんのことが可能であり、あなたが深呼吸したくなるようなたくさんの場所があり、多くの人がほっと息をつけることは、私にとって驚くことではない。

 

暑い午後に街を歩いていて思うことはそういったことだ。私はそこで、Tシャツに短パンでいるが、重荷を背負う動物たちもいる。しわくちゃのスーツで汗まみれになっている男性。少女は最新のファッションに包まれて、バカのようだ。

 

続けたまえ、最新の車を買い、「ナイス」な家を買おう。それはまったく君には喜ばしいことだが、私向きではない。

 

私にはニート期間がありますし、今も半分ニートのようなものなので、よく次のことが疑問になります。

 

働いている人ってなんで働いているの? ということです。

 

f:id:mikuriyan:20180605230511j:plainBullshit Jobs and the Elusive 15 Hour Work Week - YouTubeより)

 

何も予定がないある一日――私は公園の駐車場に車をとめて、100円のコーヒーを飲みながら、ずーっと読書をしています。

 

遠くの道路でせかせか歩いている人や、営業車をとめて、口に弁当をつめこんではそそくさと去っていく人々を目にします。私は「いったい彼らは何をしているんだ?」と不可解になってしまうのです。

  

彼らは半分くらいは、馬鹿なのでしょう。勤勉な労働者に向かって馬鹿とはなんだ! と言う人がいるかもしれませんが、「自分がしていることがわかっていない」なんて馬鹿そのものでしょう。

 

そして残りの半分は、臆病なのでしょう。家族を路頭に迷わせたくないか? 嫁に逃げられたくないか? なら働け! と彼らは恐喝されています。大企業では結婚する年齢や子どもを生むのは早い方がいいとされますが、それは良き奴隷となる見込みがあるからです。まあ、家族も幻想なのですが。

 

資本主義ってそんなものです。ですが、支配的な労働倫理に楯突くことは、とっても危険なことでもあります。Lowndesのいうとおり、「働かない」という選択は、ほとんど世界中を敵に回すようなものですから。

 

経験上の事実としてですが、働けば働くほど、人は愚かで臆病になるのかもしれません。「労働倫理」の徹底した日本では、言っては悪いですが、臆病で何も考えられない人は非常に多いです。つまり権威主義者や慣例主義者conformist。 

 

しかし、労働の奴隷地獄から「解脱」するチャンスはあるはずです。

 

「起床、電車、会社や工場での四時間、食事、電車、四時間の仕事、食事、睡眠、同じリズムで流れてゆく月、火、水、木、金、土・・・・・・」

「ところがある日、《なぜ》という問いが頭をもたげる。すると、驚きの色に染められたこの倦怠のなかですべてが始まる。《はじまる》これが重大なのだ」

『シーシュポスの神話』カミュ  

資本主義は奴隷制である

 

アナーキストにとって「労働」の解釈はさまざまです。無政府共産主義では労働は美徳ですし、ボブ・ブラックのように労働廃絶論を唱える人もいます。

 

いずれにせよ、アナーキストにとって「資本主義における賃金労働はクソ」ということで一致しています。アナーキズムでは、賃金労働はWage slaveryと表現されます。つまり賃金奴隷制です。

 

ある賃金奴隷の一日 www.youtube.com

 

私たちは、自由に生きているのではありません。奴隷制がなくなったのでもありません。現代は、奴隷が奴隷だと気づかないような奴隷制が存在しているだけです。

 

このことは、目を閉じきった人には意味不明なテーゼですが、ある程度批判精神がある人であれば、空が青いのと同じくらい当たり前に感じるはずです。