齟齬

社会とマイノリティの「齟齬」を描く御厨鉄のブログです。

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精神医学は資本主義に奉仕する

資本主義は鬱病である」の続きです。精神医学はだれに奉仕するのか。

 

個人と社会が、つねに齟齬なくやっていけるとはかぎりません。

 

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Steve Cutts  In The Fall - YouTube

 

個人と社会のあいだに摩擦が生じるとき、「治療」されるべきは個人の場合もあれば、社会の場合もあるでしょう。

 

たとえば酷使される低賃金労働者が鬱病になったら、それは病気ではない。病理的なのは社会的な抑圧の方です。

 

しかしながら、精神医学は「それは彼の問題だ」として治療し、そのことによって病んだ社会を維持にすることに貢献しています。

 

精神医学は、社会的な抑圧に苦しむ人々から、政治的な能力を奪う機能がありそうです。 

精神医学ヘゲモニー

私は内科医で社会主義者のSusan Rosenthalが好きで、最近読みふけっていますが、そこに「Psychiatric Hegemony」という本の書評記事があったので引用します。精神医学をマルクス主義的な分析で批判した本ということで、興味を惹かれます(高いので私は買いませんが……)。

Psychiatric Hegemony | SusanRosenthal.com - Socialism is the Best Medicine

 

著者は資本主義体制への有用性の観点から、精神医学の拡大する権力と影響を説明している――精神医学は、より有用となるほど、より力を与えられ、力を拡大するほど、より有用になる。具体的には、彼はDSM-1からDSM-5を分析し、精神医学がいかに資本主義の新自由主義的な移行をサポートし、その過程で権力や権威を得ていくかを分析している。

 

ニュージーランドのオークランド大学の社会学教授であるCohen氏は以下のように述べる。

 

「現在の議論は専門家の権力への批判であり、「精神病」とラベリングされる(あるいは自己ラベル化する)個人経験や個人的なふるまいではない」

 

彼のターゲットは、「メンタルヘルスやメンタル・イルネスの領域を取り巻く、専門家、ビジネス、言説」を含む「精神医学産業」である。彼はこの業界で働く人々をすべて「資本主義社会の根本的な不平等を自然で常識的なものとして正常化する」ような「心専門家psy-professionals」とラベルする。

 

彼の議論を要約すると以下のようになる。資本家階級は、自らの起こす多くの問題に対して責任逃れを試みる。したがって、痛みや苦しみをなんらかの自然なもの、避けがたいものとする。精神医学は、社会に由来する問題を、個人の認知的、生物学的な欠陥と診断し、システムの被害者を非難するために、エセ科学的な「エビデンス」を提供することによって資本主義を支持している。

 


アーヴィング・ゴッフマン*1のメタファーを用いれば、①資本主義が詐欺ゲームであるならば、精神医学の役割はシステムの「負け組を沈静化するcool the losers」ことにある。彼らを怒らせず、詐欺を露呈させず、復讐を取り除くために。

 

苦しみが増えていることを、私たちは「精神病」とラベルすることで誤解している。「メンタル・イルネスが疫学的に増加している」という警告は、社会問題の数々を、医学的な起源をもつものとすることに成功した証である。精神医学的ヘゲモニーは、苦しみの医療が社会のすべての側面に浸透し、苦しむ者たちがたがいに「診断」するようになったとき完成する。

「精神医学的ヘゲモニーを通じて、私たちはみな、メンタル・イルネスの「危機」にあるとされ、障害の潜在的な兆候がないか常に自己監視するようになる。(p. 90)」

製薬業界は重要だが二次的な役割を持っている。製薬業界は、医療(処方)職としての精神医学への信頼性をたかめ、資本主義への有用性を増す。 

 

苦しむ者たちがたがいに「診断」する……例えば、「君は鬱病ではないのか」「あなたはADHDではないのか」と相互に診断するような社会が、精神医学のヘゲモニーが実現した社会ということです。

 

CohenのDSMのテキスト分析によれば、1952年から2013年にかけて、精神医学が「適切なふるまい」における権威として拡大してきたことを明らかにしている。職場における、学校における、家庭における、そしてパーソナルライフにおける――適切なふるまいは、資本主義に利益をもたらすものによって定義される。

 

「DSM-1とDSM-2はほとんどlife(人生)について言及していないのに対し、DSM-3では劇的にその言葉が増える――その傾向は、ネオリベラリズムの進歩と同様である(p. 79)」

 

20世紀後半において、精神医学が個人の人生そのものを包み込んでしまった。

 

長くなってきたのでかいつまんで引用します。

労働

労働に関する記述はDSMのそれぞれの版において増加してきた。DSM-1では10の言及しかなかったのに対し、DSM-5では40倍近くまで増加している。

 

労働環境における権力の階層を認識する代わりに、メンタル・イルネスの新規の/変更された診断カテゴリーが労働者にたいして、組織や社会全体ではなく、自己を問題視するようにうながしている。(p. 104)

精神医学は、 社会や階級に対する憎悪を自己へ転嫁させるはたらきがあるということです。すなわち、他殺や革命から自殺への転嫁。

 

子ども、若者への精神医学

彼は「たった100年前には、子どもの精神障害は最も稀であり、特に若者に関する病理学や精神医学は存在しなかった」と指摘する。今日では、数百万人の子どもたちが「精神障害」と診断される。

最近の流行である「ADHD」についても言及があります。

膨大な数の若者に対するADHDカテゴリーの建設と拡大により、 明白な混乱から、生徒たちの集中力のなさにまで重点が置かれるようになった。

あきらかに異常な生徒だけでなく、授業中に上の空になったり遊びだす児童も「精神障害児」となるのです。

 

以下、どのように精神医学を廃絶するかの議論になるのですが、今回は触れません。

精神医学は資本主義に奉仕する

精神医学はだれに奉仕するか。

 

資本主義です。つまり、資本主義の持つ階級、「搾取する人、される人」という構造を維持するために精神医学は重要な働きを持っています。

 

つまるところ、精神医学のはたらきはcool the losers、「お前が苦しむのは、お前が悪いのだ」と教え込むことにあります。これはイデオロギーにすぎず、真実ではありません。たとえば、鬱病も神経症も、その原因は不明です。仮説はいろいろありますが、「個人」の「病」とするエビデンスはないのです。

 

精神医学イデオロギーは、資本家にとっても搾取を容易にします。たとえば経営者が、従業員が過労死したところで同情も反省しないことが通例です。「それは彼のこころの問題だ」というわけです。

 

資本家はしばしば悪辣な存在と描かれますが、資本家は資本家でイデオロギーに支配されていますので、単純に資本家にサイコパスが多いというわけではありません。マルクスの資本論でも、資本主義における資本家は、資本に操作される人間であり、とくに悪人として描かれているわけではなかったと思います。このあたりは「悪の凡庸さ」と言えそうです。(「普通の人」ほど凶悪になりやすい

 

いずれにせよ、精神医学は、資本主義の潤滑油のようにはたらいているようです。

 

……

 

というか、こういうことって私にとっては「そうだよな~」という当たり前の感覚なのですが(「狂気の歴史」から半世紀以上経ってますし)、ふつうの人からしたらありえない、そんなわけがない、妄想乙、と思われそうです。まあ少数者向けのブログなんでいいのですが……。

*1:アーヴィング・ゴッフマン(Erving Goffman、1922年6月11日 - 1982年11月19日)は、米国の社会学者。日常生活における人々の社会的相互作用の仕方を解明する方法論として、ドラマツルギーを初めて社会学の立場で提唱したとされる。wiki