齟齬

社会とマイノリティの「齟齬」を描く御厨鉄のブログです。

いじめと資本主義

強者が弱者から奪うのが資本主義です。

つまり、資本主義は「いじめ」です。 

 

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学校におけるいじめは「異常な」「反社会的な」行動ではありません。

多くの人がこのことを直感的に理解していると思います。

  • いじめっ子は、通常教師にかわいがられている生徒です。
  • いじめは、しばしば教師、同級生に看過されます。
  • いじめっ子は、その後の人生において社会的に成功することが多いです。

 いじめとは、むしろ適応的・順応的な行動なのです。

 

いじめと資本主義

ボストン大学社会学教授のCharles Derber氏と、マサチューセッツ大学の社会科学部教授であるYale Magrass氏が、共著「Bully Nation: How the American Establishment Creates a Bullying Society」の出版にあたってのインタビュー記事があったので、そこから引用します。

How Capitalism Fosters Bullying

 

Mark Karlin:私たちはしばしば、いじめを一面的に取り扱っていました。……あなた方の著書の副題「How the American Establishment Creates a Bullying Society(いかにアメリカのエスタブリッシュメントがいじめ社会を創造したか)」によれば、いじめはそれ単体では止められないということですね?

 

Charles Derber and Yale R. Magrass(以下名称略): いじめは、人々をコントロールし、彼らを「彼らの場所(身分)」へ押し込める方法でした。おそらく人間が存在する限りはそういうものだったでしょう。20年前まで、いじめは「ふつうのこと」として片付けられていました。子供たちはそれを経験して、「克服」しなければならなかった。

 

比較的忍耐強く、長期的な影響のない人もいたでしょう――おそらく彼ら自身がいじめっ子なのですが。他の人々にとっては、生涯傷跡を残すトラウマになります。

 

ほとんどの部分で、いじめに関する言説は心理学者によって管理されてきました。心理学者は、治療の必要な諸個人の問題として扱いました。しかし、私たちはなぜそのことが定着しているのか見つめる必要があります。それを促進し永続させることによって、権力者や権力的な機関が、利益を得るのかどうか。

 

私達は軍事資本主義militarized capitalismを生きています。資本主義は競争――勝者と敗者を前提とします。軍事主義は暴力と攻撃、権威への服従を要求します。いじめはまさにこれらの特徴をもっています。心理学はいじめの原因と権力を理解するには不十分です。実際、いじめは権力に関するものであり、そして心理学にはほとんど権力という概念はありません。心理学はすべて、個々人とその態度についてです。社会学と政治学はより権力を理解するには適切です。

 

1950年代、社会学者のC. Wright Millsは「社会学的想像力」を提唱しました。彼は「個人的な問題」は「パブリックな問題」と分離できないと主張しました。私たちにはいじめを理解する社会学的想像力が必要なのです――いかに子どもたちは軍事資本主義と混ぜ込まれるように育てられたか? 軍事資本主義はどのような学校システムを必要とするか? いかに学校当局は、軍事資本主義に準備させ、いじめを「正常な」生活の一部とするような学生文化を奨励してきたか?

 

 

Mark Karlin:私はこの本の「軍国資本主義」と「資本いじめCapital Bullying」という言葉に興味を惹かれています。違いを説明できますか?

 

すべての資本主義国家が軍国化されているわけではありません(コスタリカやスウェーデンを考えてください)。そしてすべての軍事社会が資本主義ではありません(ロシアやサウジアラビア)。アメリカは軍事主義と資本主義をぴったりと融合させているので、私たちはときどきこのことを忘れます。軍事主義は、本質的に暴力であり、そして資本主義は大部分いじめシステムです。そしてすべての軍事国家は、資本主義ではなくても、いじめっ子です。そしてそのことは、軍事国家ではない資本主義国家でも同様です。

 

しかし軍事資本主義においては、その効果は何倍にもなります。軍事主義と資本主義の両方がいじめのシステムを生みだす――そしてそのシナジーは「超いじめsuper-bullying」を生みだします。このことがアメリカがもっとも強力で危険ないじめ国家であることを説明します。

 

 

「資本いじめ」という言葉――第二章のタイトルですが――はいじめが資本主義の本質的な性質だということです。資本いじめは非軍事国であっても、資本家のエリートによって行われるいじめのことです。資本家階級(企業を含みます)は労働者を、消費者を、サプライヤー(下請け)を、ライバル企業やライバル・サプライヤーをいじめます。もちろん、マルクスはすべての資本家の搾取理論を資本家階級と労働者階級の関係とみなしました。マルクスはこの概念を大作である資本論Capitalにて発展させたので、私たちはそのようないじめを「資本いじめ」と名付けたのです。

 

……

 

資本主義はいじめです。資本主義は競争であり、勝者と敗者がいます。階級の不平等が資本主義の核です。弱者は自らの運命を受け入れなければいけない。いじめられる者は、その境遇を受け入れるべきだ。貧者はスタミナや意志に欠けている。彼らは産業、財産、帝国を築く力を持つ人々の権力に服従しなければならない。強さとは弱者を支配することを意味する。経済の繁栄のためには、1%が99%をいじめることが、自由にできなければならない。

   

いじめを減らす方法は?

 

伝統的な心理学的な視点――いじめを単なる個人的な障害やメンタル・イルネスへ導く――では、治療が唯一の解決策となります。このことはスクールカウンセリングの理想的産業へ導きます。つまり、心理学者、ソーシャルワーカー、教師たちの縮小傾向にある雇用を与えるような。しかしそれらでは子どもたちのいじめを止めることはできない。

 

私たちはこのことに、ほとんど驚きません。治療のアプローチが問題の主要な根源を見過ごしているからです。子どもや大人がいじめるとき、彼らは自らの企業や軍事社会の規範やインセンティブに応えているのです。彼らは「病気」でも、不適合でも、「非社会的」なのでもありません。彼らはすでに大きなシステムによく適応しており、これ以上適応するための治療は必要ありません。

 

大規模な「反いじめ運動」が起こっていますが……従来の発想を捨て、問題の根源に目を向けなければ、いじめは終わらないでしょう。

 

このことは、「社会学的想像力」を用いて、多くの個人的な問題――実際は社会的な問題――を見ることです。いじめを減らす最良の方法は、私たちの社会から軍事主義を減らし、より資本主義的システムを減少させる方向に社会を変えることです。

 

まとめ

資本主義はいじめです。軍国主義もいじめです。したがって、軍事資本主義のアメリカでは「超いじめ」が起きる。

 

日本もまったく同様でしょう――というか、たぶん日本の方がひどい。

 

「日本にはアメリカみたいなミリタリズムなんてない」と思う人がいるかも知れませんが、企業文化や学校文化は一種のミリタリズムです。異論や質問を許さない上意下達の縦社会構造、制服などの集団主義、体罰や怒鳴りつけるなどの暴力、厳しい規範意識。 

 

心理学や精神医学では、いじめの原因は読み解けません。

個人の問題ではなく、社会の問題だからです。

 

補遺:社会学的想像力

さてライト・ミルズの「社会学的想像力」が何度か言及されてますが、私も同著には大変な感銘を受けました。このブログでも何度か引用しています。

 

 

 最近新訳の文庫本が出たみたいですね。

 

たとえばこの文章は、いじめ問題と密接に関係しています。

普通人びとは、自分たちが耐えている苦難を、歴史的変化や制度的矛盾という文脈の中で把握してはいない。自分たちが享受している安楽を、そこで生きている社会の巨視的な変化には、結びつけて考えないのが普通である。かれらは自分たちの生活のパタンと世界史の進路との間に、精妙な関係があることにほとんど気付かない。したがってこの関係が、自分たちの現在と未来にとって何を意味し、また自分たちが主体的に参加できるかもしれない歴史形成にとって何を意味するのかをもしらない。彼らは、人間と社会との、個人生活史と歴史との、自己と世界との相互滲透を把握するのに欠くことのできない精神の資質を持ち合わせていない。かれらは個人的問題の背後にいつも横たわっている構造的変化を、主体的に制御するような方向で、その問題に対処することができないのである。(鈴木広氏の訳より)

多くの人が、こういったイマジネーションを持つべきだと私は考えます。

 

つまり、視野をマクロに広げて見てみるのです。自分を、遠くから眺めてみることが重要です。