齟齬

社会とマイノリティの「齟齬」を描く御厨鉄のブログです。

資本主義と恋愛の起源

いかにして恋愛が誕生したのか? を考えています。

 

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恋愛という概念が民衆に発達したのは近代からでした。それまでは、一部の特権階級的な人々だけのものでした。庶民の結婚はふつう、経済的な理由でなされるものであり、財産の継承とか、労働力の確保のためになされるものでした。

 

Simon CoplandというオーストラリアのライターのSex and capitalism: Part OnePart Two)よりかいつまんで引用してみます。

 

近代家族の理想は、農耕の誕生時に見いだされる。狩猟採集民はジェンダーの役割をたしかに持っていた――男性は狩猟をし、女性は採集した。しかし女性が決定権を持っていないのではなかった。狩猟がうまくいかないとき、女性が食料の大部分を供給したため、大きな権威と社会的な影響力をもった。

 

農耕がこれを変えた。農耕をはじめ、人々が定住をはじめたとき、変化が起きた。農耕によって私たちははじめて私有財産の概念を発達させ、私たちの社会と性的関係を劇的に変えた。

 

私有財産はジェンダーの役割を変えなかったが、その価値を変えた。狩猟民が畑仕事をするようになったとき、女性は大部分を家の中で過ごし、家庭内の物事をこなしていた。資源は畑からのみやってくるので、富は男性の手を介するようになった。このことに加え、農業は膨大な数の労働力が必要なため、女性は家に閉じこもり、家族を育てることに専念しなければならなかった。

 

考古学では、農耕以前は男性優位の社会ではなかったとするのが主流のようです。女性が強いか、あるいは同権的だったとされます。(農耕社会って、女性は家庭内に閉じ込められるんですかね? ちょっと疑問です)

 

 

 

さて、問題の資本主義。

産業資本主義は根本的にこれを変革した。工場の誕生により、人々は都市に流入し、かつての経済的、社会的締め付けがなくなった。人々は、女性を含め、自らのアイデンティティを家族なしに創造することが可能となった。特に産業資本主義は、女性が働くことを可能とし、重要な経済的な自立をもたらした。

 

このことが私たちの性的な自己に大きな影響を与えた。女性にとっては結婚に関する経済的な伝統から切り離され、愛する男性と結婚することを決めるようになった。

 

それまで、子どもは経済的な理由でつくるものでした。農作業は重労働でしたから。しかし、産業革命によって女性が自らで賃金を稼げるようになると、自分の好きな男性を選ぶことができるようになりました。

 

日本では女性の工場労働というと、農村から騙されて働かされる「女工哀史」を思い浮かべがちですが、実は待遇は工場によってまちまちで、高い労働需要のおかげで賃金がその辺の男性の二倍から三倍も高いことがあり、工場の近くでは女性が夜な夜な遊び歩いてけしからん、という声もあったようです。彼女たちがブログを書くとしたらタイトルは「まだ農村で消耗してるの?」でしょうね。

 

 ←たぶんこの本で読んだと思うのですが、うろ覚えです。

 

ともかく、女性が解放されると、そこに女性の「恋愛」が生まれました。恋愛に関しては、なんていうかハッピーな感じですね。

 

しかし資本家は労働者の子どもに補助金を出したり、産休をとらせることなく、育児を放棄させ、工場に居続けさせた。これにより、工業地域におけるゼロ歳以下の乳児の死亡者数は、非工業地域の3倍となった。Tad Tietzeの主張するように、「労働者階級の再生産に深刻な問題を生み出していた」。資本家たちは、文字通り次なる労働者が死んでゆくのを目にしてきたわけだ。

 

資本主義の勃興は愛に基づく結婚を導いた。これが女性をずっと独立させることになったが、それはまた難しい問題でもある。結婚の引き換えに、経済的安定を求めるために女性はそれを勝ち取らなければならなかった。Hunter Oatman Stanfordは女性が完全な主婦となることによってそれを成し遂げているとした。「家庭のカルト」が発展し、「非性的化された女性が、子どもを背負うことが第一のゴールとするステレオタイプに中心化された。彼女の役割は家庭の天使で、純真な精神と肉体をもった完全な妻であり、夫の性的な申し出は決して断らず、しかし性的には決してイニシアチブを取らない」。この標準は、支配階級によって強引におしすすめられた。

 

とまあ、資本主義の成熟とともに、女性はふたたび家庭に閉じ込められるわけです。

 

このようにして、資本主義の家庭モデルである労働者(父)と、再生産者(母)と、前労働者・前再生産者(子)で構成される核家族が生まれました。これによってsustainableな資本主義社会が完成されたのです。

 

*1

 

まとめ

  • 狩猟採集社会 ―男女同権だった
  • 農耕社会 ―女性は家庭に閉じ込められた
  • 初期資本主義 ―女性は恋愛が可能になったが、子どもが死んだ
  • 後期資本主義 ―女性は家庭に閉じ込められた

 

恋愛は相対的には良いものだと言えそうです。自分のパートナーを、自分で決められますから。

でも、養ってもらう男性を女性が選ぶという構造は、ほんとうの自由恋愛と言えるでしょうか。結局、女性が男性の支配を受けることとなり、問題を孕んでいる気がします。

 

現代社会は、率直に言って血で血を洗う世界です。女性は理想的な男性を求め、男性はよりよい企業や階級を求め、マキャベリズム的な争いが起きているのですが、このような社会は資本主義に限定されたことであり、少数の支配者がつくりあげた舞台でしかありません。

 

私たちの人間本性がそのような闘争を望んでいるのではないし、人間はもっと自由に、多様に、調和的に生きることができる……と知っておくと楽になるかもしれません。

*1:Simon氏はゲイであり、文中にはLGBTに関する記述も豊富にあるので、興味ある人は読んでみてください。