齟齬

社会とマイノリティの「齟齬」を描く御厨鉄のブログです。

結婚は不自然である

私は恋愛が嫌いです。

 

恋愛とは何か、というのがよくわかりません。

なぜそれをしなければいけないのか、ということも。

 

でも、現代では恋愛は最高にステキなこととされています。中学くらいの頃から同級生は「惚れた腫れた」の話題ばかりですし、テレビや映画、ゲームや音楽の歌詞も「恋愛最高! 恋愛ステキ―!」ですから、大学生くらいまでの私はわけもわからずそれを追い求めていました。

 

何度か恋愛は体験しました。でもそれによってずいぶん傷つきましたし、傷つけました。悲しい経験もしました。失恋したら寂しくて死にそうだし、付き合っている間は狂おしい。なので、アホな私も「恋愛って結局、良いものじゃないなあ」と学習したのでした。

 

今となっては、結局「恋愛」とか「結婚」は資本主義のエートスの一部なのだな、と薄ぼんやりと理解しています。まあフーコーのBiopowerの一環ですよね(と知ったかぶり)。

 

反出生主義とか、VHEMT(Voluntary Human Extinction Movement:自主的な人類絶滅運動)などの思想に触れるにつれ、快楽としての性だけではなく、子孫を残すという性の役割にも興味がなくなりました。

 

実はどこにもない「子どもをつくる理由」 - 齟齬

 

「もう恋なんてしない――(完)」なのです。子どもをつくるよりも猫を飼ったり植物を育てたりしたいです。

 

脱モノガミー社会へ

ようこそ21世紀へ。モノガミーは間違いなくまだテーブルの上に存在するが、それが唯一の選択肢ではない。女性には選択肢がある。男性にも選択肢がある。

 

Psychology Todayの記事「Monogamy Is Outdated」の締めの言葉が気に入ったので書いてみました。(on the tableの訳がわからないので直訳です)

 

モノガミーとは聞き慣れない言葉ですが、一対一の性的関係のことです。単婚や一夫一婦制とも訳されます。モノガミーの関係においては、男性は一人の女性以外とセックスしてはいけません。女性は特定の男性以外とセックスしてはいけないことになります。

 

ただ、こういう関係は人間の本性にはかなり反するようです。同ページより引用。

 

MurdockのEthnographic Atlasによれば、1231の社会の調査の結果、たった186(15%)にしかモノガミーを肯定する社会はなかった。

 

モノガミーは哺乳類にほとんど見られない。地球上の哺乳類の3%~5%しかモノガミーを実践していない。

 

断定はできませんが、恋愛や結婚は通例というよりも例外のようです。一夫一婦制はかなり不自然なもののようです。

 

もっとも、一夫多妻制なら良いのか、というとそうではないでしょう。私は狩猟採集社会の男女関係を理想としています。特定のパートナーを持たず、特定のだれかの子どもを作らない社会。このような社会では、不幸な男女や子どもが今よりも少なかったのではないか、と想像します。

 

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たとえば育児のストレスを抱える母や、貧困にあえぐシングルマザー、童貞に悩む若い男性、性欲をこじらせたヤンキーなどは存在しなかったのでは。

 

以前、放送大学で聞いた話ですが、アラスカかどこかの寒冷地の狩猟採集民は3歳くらいになると自分が住む家庭を自分で決めるようです。つまり、あのおばあちゃんの家が暖かくて好きだ、とか、あのお姉ちゃんは優しくて好きだ、となったらそこに住んでしまう。それを子どもが決めるのです。なんていうか、親は寂しいかもしれませんが、いいなあ、と思いませんか? 「子が親を選べる」社会なのです。子どもに自分の生活を決める権利があるって、すごく開明的な気がします。

 

さて、狩猟採集民がどのようなセックスをしてきたのか――についてはもう少し調べてみたいと思っています。最近、狩猟採集民がベストな社会形態のように思えてしょうがないんですよね。はじめは原始共産制は迷妄だ、ルソーの自然状態なんてありえない、アナクロ・プリミティヴィズムはアナーキズムのなかでも程度が低い、なんて思ってたのですが、意外にも狩猟採集民はまさに幸福・賢明・善良に生きていたようで、興味が尽きません。

 

いずれにせよ、「俺の嫁」とか、「私の恋人」とか、「私たちの息子」といった言葉は、人間を所有物扱いするような気がして嫌なのです。対等な関係がいちばんでしょう。