齟齬

社会とマイノリティの「齟齬」を描く御厨鉄のブログです。

レイプは本能か

レイプは本能だろうか。

 

「あの女を強引に犯したい」と思ったことのない男性はほとんどいないだろう。
「あの男に強引に犯されたい」と思ったことのない女性も、ほとんどいないだろう(たぶん)。

 

また、「あの男を強引に犯したい」と思う女性もいるはずだし、「あの女に強引に犯されたい」という男性もかなりの数存在する。*1

 

もちろん、現実のレイプは悲惨だ。目も当てられない。レイプは暴力であり、支配であり、絶対悪である。

 

日本のAVでは、レイプをテーマとしたものが珍しくない。10年ほど前までは「バッキー」などに代表されるが、非常に見苦しいというか、地獄絵図のようなAVが少なくなかった。現実のレイプとは、あのようなものなのだろう。 

 

しかし空想上のレイプは、社会的、道徳的な隔たりを一気に打ち破る。創造的であり、刺激的であり、魅惑的でさえある。

 

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 The Rape of Orpheus 2013 Mani Price

レイプは本能ではない……のではないか

なるほど私たちはレイプを夢見る。それなら、私たちはレイプを求めているのか。レイプは本能なのか。私はそうではないと思っている。

 

例えば、戦争ゲームを楽しむ人は、戦争を望んでいるのではない。殺し合いはまっぴらごめん。ただゲームを楽しんでいるだけだ。

 

同様に、レイプの空想をする人は、「レイプの空想」を楽しんでいるだけで、実際のレイプを望んではいないのではないだろうか。たいていの人は、レイプを妄想するが、実際にレイプしない。これは、憎まれ上司が「いつか殺す」と思われながらも、永遠に殺されないのと似ている。

 

人はレイプの空想を好むことがある。

でも、実際のレイプは拒絶する。

 

この答えで80点くらいもらえないでしょうか?(だれに?)

 

……

 

もっとも、レイプの空想などゲスであることは承知である。成熟した人間はレイプの妄想すら嫌悪するだろう。ただ、実際のレイプと、空想のレイプにある深い隔たりについては、指摘しておきたいと思った次第。

 

レイプのメンタリティについては、もう少し考察したい。アナーキズム的には、人は自然状態においてレイプをするか? は重要な課題だ。国家はレイプ被害者を守ってくれる、と言われる。しかし、どうだろうか。国家がレイプを生んでいるのではないか? と考えることもできる。

 

いずれにせよ、もう少し煮詰めたい。

*1:さらには、男になってあの女を犯したいという願望もあれば、女になってあの男に犯されたい、という願望もあるはずである。