齟齬

社会とマイノリティの「齟齬」を描く御厨鉄のブログです。

人類はこんなにいらないだろう

ゴールデンウィークとかいうぜんぜん輝いていない休日に外出すると思うこと。

 人類はこんなにいらない。

 

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このグラフは強烈だが、人口増加はねずみ算。対数グラフを見てみよう。

 

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このグラフを見てわかること。

  • 農耕が始まるまで、世界人口は一定だった。
  • 「農業革命」で人類が増えていったが、「産業革命」まではコンスタントである。
  • 産業革命」で、さらに人口が爆増した。

 

Axial age

ちなみに、画像のAxial ageとは、カール・ヤスパースの提唱した前8~3世紀の重要期間のこと。枢軸期間と訳されている。

 

*「枢軸」というと「悪の枢軸」しか思い浮かばないボキャ貧な私だが、「活動の中心となる大切な所。特に、政治機関・権力の中心。」という意味らしい。

 

この時代には、驚くべき事件が集中的に起こった。シナでは孔子老子が生まれ、シナ哲学のあらゆる方向が発生し、墨子荘子列子や、そのほか無数の人びとが思索した、—インドではウパニシャットが発生し、仏陀が生まれ、懐疑論唯物論、詭弁術や虚無主義に至るまでのあらゆる哲学的可能性が、シナと同様展開されたのである、—イランではゾロアスターが善と悪との闘争という挑戦的な世界像を説いた、—パレスチナでは、エリアから、イザヤおよびエレミアをへて、第二イザヤに至る予言者たちが出現した、—ギリシャでは、ホメロスや哲学者たち-パルメニデスヘラクレイトスプラトン—更に悲劇詩人たちや、トゥキュディデスおよびアルキメデスが現われた。以上の名前によって輪廓が漠然とながら示されるいっさいが、シナ、インドおよび西洋において、どれもが相互に知り合うことなく、ほぼ同時的にこの数世紀間のうちに発生したのである。(『歴史の起原と目標』)

 

たしかにおもしろい時代。「この時代には宇宙人がやってきたのだ」と言う人もいる(Arianism - Wikipedia:世の中にはバカが多いのだ)。

 

グラフを見ると、枢軸時代には、軽い人口爆発が起きている。画像引用元のThe Axial Age & world population - Gene Expressionによれば、この時代は農耕具が銅から鉄に変わった時期らしい。またこの時代には、馬の品種改良が進んだとかで、中央アジアシルクロードの交易が盛んとなった。貿易と農業の革命が、世界のあちこちで起きたわけだ。

 

Axial ageになぜ思想的宗教的な勃興が起きたのかわからないが、キリストも仏陀も、結局農耕や貿易の技術革命と無縁ではないだろう。

 

そもそも……仏陀やイエス孔子がほんとうに「聖人」「偉人」なのかは疑問である。私の好きな哲学者は、だいたい無神論者だ。*1

 

ひとが不自然に増え始めたのは農耕時代から

狩猟採集時代、人類は500万人程度で推移していた。この時代は、生態系のバランスがとれていたのだろう。別にプリウス太陽光発電などなくても、人と自然が調和していた時代だと言える。

 

なぜ人が増えたかといえば、農耕社会には兵士と労働者が必要だからだ。資本主義社会でも同様で、富国強兵、大量のサラリーマンや兵隊が必要だ。そしてそれを可能とする技術的な革新が起きた。

 

世界人口は現在70億人だから、5~6000年くらいで1400倍に増えたことになる。 

 

想像してみて欲しい。1400人中、1399人が突然「消えてしまった」世界を。単純に、渋滞が1/1400になる。買える土地の広さが1400倍になる。土地や資源を巡っての戦争も、たぶん起きない。だいたいのひとが顔なじみになる。

 

私はけっこう、快適にやっていけるかも。

 

 

人口を減らす方向にシフトすべき 

人口は減らすべきだ。人の多すぎる社会は、劣悪な養鶏場や養豚場のようなもので、人々の健康と幸福を損なう。

 

今いる人達を死ねばいいとか、殺せばいいというのではない。そんなことをしなくても、「産まなければよい」と私は考えている。

 

ゴールデンウィークなので、あちこちで子連れを見るが、泣きわめく子どもと疲れ切った親たちを見る度に、「そこまでして産む意味があったのか?」「子どもは生まれて幸福なのか?」と考えてしまう。