齟齬

社会とマイノリティの「齟齬」を描く御厨鉄のブログです。

狩猟採集民「農耕社会はブラックなので拒絶する」

狩猟採集社会に比べると――農耕社会はキツイ・汚い・危険の3Kです。

  • キツイ=労働時間がクソ長く、遊ぶ時間がありません。
  • 汚い=定住生活と人口過密により、不衛生で伝染病が蔓延しました。
  • 危険=土地資本に依存するため、他の農耕民族とたびたび殺し合い(戦争)が起きました。伝染病や栄養失調のリスクもありました。

 

私たちは、農耕を「進歩」だと考えがちです。人々がクソみじめな野蛮な生活をしていたところに、農耕というすげー発明が起きて、飢餓が一掃され、理性が生まれたと。

 

しかし、狩猟採集民は農耕の定住生活を「やってらんねー」と拒絶していたのではないでしょうか。最近アツイ、イェール大学の人類学者、James C. Scottへのインタビューより、一部を抜粋。

Why a leading political theorist thinks civilization is overrated - Vox

“Against the Grain: A Deep History of the Earliest States”において、Scottは約12000年前、なぜ人類が狩猟採集生活から農耕社会への生活をシフトさせたかを探求した。受け入れられている説では、人々は農耕技術を発見してただちに狩猟採集を廃止したとされる。農耕技術が生活を簡単に、安全にするからだ。

 

しかしScottはこれは正しくないという。彼が言うには、人類は、数千年ものあいだ狩猟採集生活を守ろうと試みてきたという。

 

James Scott「初期人類の行っていた農耕は、厄介で膨大な量の労働を招くものでした。初期文明は非常に過酷で、不健康であり、現存する感染症の大部分はそこで発生しました。彼らはまた、奴隷と多数の人々を抑圧した最初の強制的な国家を生みだしました。……初期の国家はどのように考えても、単に余暇、自由、解放、助けの単純な進歩ではなかったのです」

 

農耕民は人々を土地に縛り付けなければいけませんでした。なので、人が人の上に立つ「支配」が生まれました。

 

James Scott「狩猟採集民はほぼ半分しか働かず、ほかは余暇や遊興で過ごしていました。それとは対称的に、初期の農耕民族は過酷な労働を続けていました。」

 

私たちは狩猟採集というと、集団で動物を追いかけてせっせと追いかけっこをしていたイメージがあります。たしかに投げ槍で集団猟を行う部族はそうなのですが、「そんなの危ないししんどいわ~」という狩猟採集民もいました。

 

毒矢を当てて、翌日足跡を辿り、死骸を見つける。動物が通る道に罠をしかけて三日に一度見回り、コンスタントに獲物をゲットする。そういった部族もあったようです。「ずっり~」と思うかも知れませんが、彼らもバカではなかったということです。

 

そもそもがろくに石器を扱えなかった初期のヒトは、腐肉食者=スカベンジャーでした。つまり肉食動物が食べ散らかしたあとの大型草食動物の死肉を食べていました。まさに働かざる者が食っていたわけです。

(人類はライオンやチーターのような猫科の動物に「食わせてもらってた」のでしょうか?)

(……我々が猫を崇拝するのは自然の本能でしょうか?)

 

James Scott「狩猟採集民の健康は極めて奇妙でした。つまり、非常に良好なのでした。……同時代の人間の骨が、農耕民か狩猟採集民かを知りたいときには、狩猟採集民の骨が大きいことによって判断できます。なぜなら彼らの成長は妨げられることがなく、ほとんど栄養失調の傾向がありません。農耕民は骨と歯の両方が短いのです。農耕民の成長の中断は、たいていある種のタンパク質欠乏のせいでした。狩猟採集民の方が、農耕民より健康だったのです」

 

ブラック企業的な環境にいれば不健康にもなるでしょう。農業は腰を痛めますよね~。同じ穀物ばかり食べていたら栄養的にもよくないでしょうね。

James Scott「現実には、ひとつの場所に定住することは文明化が多かれ少なかれに私たちに強制してきたことであり、私たちの先祖たちは長い歴史の間、それに抵抗してきたのです。」

Sean Illing「つまり現代文明の基礎となる農耕の誕生は、そのときほとんどの人類にとって歓迎されなかったということですね。」

 

農耕は進歩ではなかった?

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単純な進歩史観に洗脳されていた私にとっては、ちょっと、ラディカルすぎて受け入れがたいのですが。でも、「農耕は拒絶された」ってすごくおもしろい考え方じゃないですか?

 

人々は狩猟採集生活に満足し、毎日幸福に暮らしていました。でも、農耕社会が蔓延して、狩猟採集民を追いやってしまいました。

 

なぜ農耕民族が強力だったのか? それは、農耕がそれだけ魅力的で、人々を惹きつけたのではなかったのかもしれません。単に、暴力――軍事力や強制力にあったのかもしれません。