齟齬

社会とマイノリティの「齟齬」を描く御厨鉄のブログです。

「人間の本性は悪である」という説に対する反論

昨日、性善説を肯定するような心理学研究を紹介したのですが(人間の本性は善である――基本的に - 齟齬)、「そんなはずはない」という反論がありそうです。

 

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The Cold Devils - Felicien Rops 1860

 

人間の本質は善である――という考え方は、あきらかに私たちの「常識」とは異なります。

 

支配者や統制者がいなければ、殺人、レイプ、強盗といった暴力に溢れた、荒廃した世界が待っていそうです。

 

今日は反対意見として、人間の本質は悪であると主張する動画に対し反論してみたいと思います。たまたま見かけた、作家でラジオ司会者のDennis Prager氏の動画“Are Poeple Born Good?”より。

 

www.youtube.com

↑の動画の意見を論駁してみたいと思います。

赤ちゃんは悪である

赤ちゃんは愛らしく無垢だが、善良ではない。彼らは完全に自己中心的である――生き残るために。「ママが欲しい、ミルクが欲しい、抱っこしてほしい、もしすぐにそうしなければ、お前の人生を滅ぼしてやる!」これは良いとは言えない。ナルシズムだ。

 

少し想像すればわかるのですが、赤ん坊は自らの生殺与奪を周囲の巨人たちによって完全に支配されており、しかも彼らとの意思疎通がほとんど困難です。

 

「善良な赤ん坊」? 赤ん坊が親たちに気を遣うようになったら、糞尿まみれになって感染症で死んだり、餓死するリスクがあります。命を賭してまで「善良」である必要はありません。 

子どもは悪である

親御さんは「ありがとうと言いなさい」と何千回も言う必要はないだろうか? それはなぜか? もし私たちが生まれつき善良なら、なぜ自然に感謝を伝えることができないのか?
And don’t parents have to tell their child tens of thousands times “Say thank you”? Now, why is that? If we are naturally good, wouldn’t feeling and expressing gratitude come naturally?

 

わけのわからない主張です。ありがとうと言えば善良なのでしょうか。コンビニ店員や居酒屋店員はのべつまくなしに「アリガトゴザマアアアアス!」と叫んでいますが、彼らは別に善良ではありません。(まあ善良な店員もいるでしょうけど)

 

親が頻繁に「ありがとうと言え」ということと、子どもたちが「感謝を感じない」ということは別です。子どもたちは、教えられた通り、感謝したくない状況で感謝するようになりますが、それが善良な人間の誕生を意味するのでしょうか。 

人間は邪悪なことは、歴史が証明している

  • オスマン・トルコ帝国はアルメニアのクリスチャンをWW1で虐殺した。
  • 中国共産党は7000万人の中国人を殺した。
  • ソ連は500万人のウクライナ人を殺した。(以下略)

 

主語に気をつけましょう。殺したのは「人間一般」ではなく、中国共産党やソ連(の指導層)です。末端の殺害者は、プロパガンダで洗脳されているか、命令だからしかたなくやっていただけです。別に虐殺したかったわけではありません。

 

人間は順応性の高い生き物です。善良な人でも「悪なる役割」を与えれば悪を成すようになります。このことはハンナ・アレントのホロコーストに関する考察や、その影響を受けたアイヒマン・テストやスタンフォード監獄実験から明らかです。

 

また、「戦争は人間の本能である」と主張するような人がいますが、それならみんな退屈な仕事を放りだして傭兵や軍人になっているはずじゃないでしょうか。

 

ほとんどの人は戦争なんてしたくありません。戦争をしたがるのは常に、自分は絶対に戦争にいかないと保証されている既得権益層です。基本的に戦争とは、少数者の権益のために多数者が犠牲になることです。(だれが戦争を望むのか - 齟齬

 

さて、Dennis Prager氏は以上のような主張をしたあげく、以下のように結論付けています。

なぜ人々は悪を行うのか? それは簡単だからだ。それは魅力的だからだ。そして、人間の本性と合致するからだ。

 

うーん、どうでしょうね。こういう人にとって、ホロコーストや大量殺戮は「人間の生まれもった欲望」で、「魅力的」なんでしょうか……。

 

たまたま動画を見つけたからで、人物をどうこうしたいのではないのですが、動画のDennis氏はナショナリストみたいです。言っちゃ悪いですが、やはりナショナリストはおつむが悪いように感じました。(ネトウヨはIQが低い。 - 齟齬

  

デニス氏は論破してしまったので、ネット上で散見される他の主張を論破してみたいと思います。

チンパンジーは悪である

コンラート・ローレンツが「攻撃」を書いて以来、自然界は考えられているよりも調和がとれた社会だと見なされるようになりました。同種間の攻撃は見られるにせよ、それは「遊び」や「挨拶」や「練習」に近く、ほとんどの種は殺し合うことはない、と。

 

ただ、この主張は現代の動物学界隈ではかなり古臭いものになっています。同種殺しは、たしかに私たちが思うよりも少ないのですが、ライオンや一部のサルには子殺しが見られます。また、チンパンジーはグループ間の戦争を行います。 チンパンジーが悪であれば、それに近い人間も悪なのではないかと「推測」することはできます。

 

でも、この手の議論はどうなんでしょうね? 根拠としては弱くないですが、強くもないと思います。遺伝子的にはかなり近いにせよ、「人間は人間であり、チンパンジーではない」ということで終わりそうです。別に進化論やフロイト主義を否定するわけではないですが、人間はやはり、チンパンジーとはかなりの部分で違います。それに、ボノボやゴリラは平和的な霊長類です。 

人は暴力を楽しんでいるから悪だ

暴力映画や暴力ゲームは多くの人が楽しんでいます。私もFPSの戦争ゲームで相手を銃殺したり爆殺するのが好きでした。

 

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私が好きだったRed Crucibleというゲーム。

 

でも、暴力ゲームが好きなのと暴力を好むのは別です。対戦相手がコントローラーを投げて悔しがるかわりに、実際に身体を傷つけて血を流すとしたら、私はそんなゲームは絶対しません。

 

「戦争ゲーム」を求めるのはなぜかというと、「戦争」がしたいからではなく、「ゲーム」がしたいのです。ここに注意すべきです。ゲームではなく戦争をしたい人は、戦争ゲームをやらずに猫や小動物を殺して楽しんでいるでしょう。 

結論:人間の本性は善

人間は基本的には善である、というのが私の考えです。すなわち、人が悪に陥るときには、なんらかの条件が必要になります。

 

自由に考えることや自由に行動することを奪われた場合、人は悪に陥ります。社会的な条件なこともありますが、遺伝的異常や脳障害など、器質的な脳障害の場合もあります。

 

犯罪心理学者のゴットフレッドソンらによれば、人が犯罪を犯すのは短絡的な成功を追い求めるからだと言われています。魅力的な男性になることをすっとばして女性を拉致強姦したり、地道に働いて出世することをすっとばして強盗するのが犯罪です。まじめに生きている人とゴールは一緒で、方法が違うだけなのです。

 

そして、無限の欲望――富と消費というゴールを設置するのは学校やメディア、などのイデオロギー装置です。学校は金を稼げ、偉くなれと駆りたてます。メディアはステキな異性を追い求めよ、高級時計や高級マンションを目指せ、と駆りたてます。

 

しかし一部の人にとってそれはいくら努力しても実現困難であり、そこに「ルール違反」が生じます。こういった扇動がなければ、犯罪は生じないのかもしれません。

 

結局のところ、「競争」という資本主義精神がなければ犯罪もないのかもしれません。少なくとも、かなりの部分で、時代的なものが「悪」を生産しているのではないでしょうか。

 

 私たちは本質的に悪だからこそ、親や教師の教育が必要だとされています。悪だからこそ、法律や警察、国家や強制的な税金が必要なのだとされています。こういった前提を、まず疑ってみる必要がありそうです。