齟齬

社会とマイノリティの「齟齬」を描く御厨鉄のブログです。

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「日本人論」は疑似科学である。

「日本人論」と水素水はよく似ています。

  • 科学的根拠がない
  • リテラシーのない人が信じる
  • 学会や作家などの権威が事実をねじまげる

 

つまり、日本人論はエセ科学です。

 

例えば日本人は「集団主義」であると広く信じられています。その理由として、学者や作家のセンセーは「日本人は和を尊び、農耕民族であり、島国文化であり、単一民族であり、伝統的に縦社会だからデアル」などと主張します。

 

が、最近の東大の研究では、日本人の集団主義的な傾向はアメリカ人と変わらないことが証明されました(日本人は集団主義的ではない―国民性という幻想)。結局、「日本人論」は実証的な研究に耐えるものではないようです。

  

 

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黒魔術でしょうか? いいえ、日本人論です The “Japan Is Great!” Boom, Historical Revisionism, and the Government | The Asia-Pacific Journal: Japan Focusより

 

いまでも「日本人論」は人気なのですが、いい加減時代に逆行することはあきらめて、「日本人論は何だったのか」を議論すべき段階です。

 

日本人論の10の問題点

 

Tom Gillという人による明治学院大での講義「アンチ日本人論」がネット上にあったので引用してみます。(10 Problems with Nihonjinron:docファイル)

ちなみに、日本人論はそのまま英語でNihonjinronとなります。

 

1.日本人論は同質性を想定している。

すべての日本人は特徴的な性格(甘え、がんばりなど)を同程度持つと想定されている。

 

2.日本人論は日本と「西洋」を比較している。

日本人特有と思われている多くの性格や特徴が、他の多くの国々(特にアジアの国々)で発見されていることが、この二分法によって無視されている。そしてまた、「西洋」の国々がすべて同一であると誤って想定している。

 

3.日本人論は、他の国や社会が日本的な特徴を持たないとする。

他の国にも「我慢」や「甘え」を日本人と同程度か、それ以上持っている。儒教文化が強いため、年長の者に対する尊敬は韓国の方が強い。

 

4.日本人論は地域による多様性を無視している。

日本国内においても、天候や食習慣、方言に大きな違いが見られる。例えば納豆は、しばしば日本食の代表とされるが、関西方面では一般的に人気ではない。沖縄の言語(うちなぐち)は大部分が日本語から独立している。また、多くの方言(九州弁、関西弁、東北弁)は他の日本人でも理解することがまったく難しく、大部分の異なる語彙、文法、発音が存在する。

 

5.日本人論は階級、地位を無視している

上司や富裕層の専門家は、労働者や失業者、ホームレスの人々とほんとうに同じ「日本人」観を持っているだろうか?

 

6.日本人論は歴史を無視している

例えば、鎖国理論は徳川時代の後期150年間、貿易や外交を解放していた。また、日本の資本主義に見られる不平等や格差の小ささは、戦後の占領期からのものであり、古代からのものではない。

 

7.日本人論は家族や村落と、国家への忠誠を混ぜ合わせてしまう

実のところミクロの忠誠とマクロの忠誠は摩擦をしばしば生じる。たとえば、母親が犯罪を犯したら息子は警察につきだすべきか? 家族への忠誠は、国家や社会集団への忠誠に単純には変換されない。

 

8.すべての日本人論には例外がたくさんある

例えば、なぜ自然を愛するのであればなぜアメリカよりもコンクリートを消費しているのか。ゴミを燃やしてダイオキシンを生みだしているのか。

 

9.多くの日本人論が、互いに矛盾している

例えば、集団意識と孤独の思慮(侘び寂び)。寅さんのような孤独に放浪するセールスマンが、多くの映画で見られるのか。

例2. がんばりと甘え。甘えている個人は、しばしばだれかに自分のために過労させる。植木等の場合、「世界でもっとも無責任な男」はまた、歌手や映画俳優としても人気である。

 

10.日本人論はつねに価値判断と結びついている

日本人論の論者は、日本を客観的に表現していると主張する。しかし、否定的・肯定的な捉え方には、あきらかに感情的な影響が見られる。ポジティブな日本人論では、日本は人々が互いに理解しあい、尊重試合、その結果経済的な繁栄と技術発展が成功した、円滑に機能していた社会だと考える。否定的な日本人論では、日本を服従と規律の重度のストレスをもつファシスト社会であり、個人は社会的義務の網の目で個人主義は失われ、自由が失われると考える。いずれにせよ、強い価値判断を示唆する研究を呼んだときは、その判断が理性的で客観的で分析的かを問う必要がある。または判断がはじめに行われ、その後データや解釈が恣意的に行われたかを判断すべきだ。

 

日本人論のダメなところがコンパクトにまとまっています。植木等はよくわかりませんが。

 

あまり指摘されないことですが、日本人が自然を愛するってのは絶対ウソですね。日本人ほど、山や川を削ってコンクリで埋める自然破壊が好きな国民はいません。

 ←この本は、日本の「美しい国」幻想を打ち破るための基本的な本です。

 

 

もし日本人論が問題だらけなら、なぜ人気があるのか?

  • 日本が説明を求めた。アメリカとヨーロッパ以外で唯一豊かで強力な国として
  • 日本の経済的な成功が「ハロー効果」を生みだし、社会全体が良いように見せた
  • 日本社会は比較的単一的に「見える」。マイノリティ集団が肉体的にそこまで変わらないからである。
  • 考古学的な専門用語が、教授やジャーナリストにウケた。
  • 結論としては、日本人と外国人の双方が、「それはとても日本的だ」と言い、自分の言っていることを理解した気になる。極端に言えば、アンチ日本人論は国家観になんら大きな違いがないことを否定する恐れもあり、それも間違いだろう。

 

日本人論が生まれた背景には、日本がたしかに「特別な国」だったことと関係がありそうです。

 

  • 日本がアジアで真っ先に近代化したこと。
  • 経済大国として爆発的に成長したこと。


明治維新から100年以上、日本はアジアで唯一の先進的な国でした。でも、いまは当たり前のように中国が世界二位ですからね。つぎはインドだブラジルだ、てなもんで、非白人国家の台頭が当たり前となった昨今、日本人論が海外でオワコン化するのは当然かもしれません。

 

反日本人論で有名なのはハルミ・ベフとピーター・デールですが、同紙にふたりの主張がまとめられていたので引用します。

 

ハルミ・ベフの主張:日本人論は「世俗宗教」であり、WW2の敗北と東京裁判によって権威を失った本当の宗教とナショナリズムの代替物である。愛国心の比較調査では、日本はつねに下位に位置する――多くの人々は、単純に「国を愛する」とは答えない。戦争の影響によって、多くの日本人は「日の丸」や「君が代」を尊敬しないようになった。そのかわりに、文化的唯一性を主張する日本人論は、代替的な信仰となった。

 

ピーター・デールの主張:ほとんどの日本人論は、注意深く分析すれば、日本は「西洋」よりも原始的で、伝統的社会であるという主張に還元できる。人々が「西洋はXで日本はYだ」というとき、こう言い換えることができる。「西洋はXだが、かつて西洋はYだった」。

 

このふたつの主張は、ハルミ氏が日本側の視点、ピーター氏が西洋からの視点で説明されています。

 

 

エセ科学に欧米のアカデミズムが同調していたのが不思議だったのですが、ピーターの主張で納得できそうな気がします。

 

冷戦の核の脅威に怯え、資本主義の合理化が進み、科学万能主義で信仰心が薄れた欧米。20世紀後半は西洋社会にかなり不安や停滞感のあった時代ではないでしょうか。

 

西洋人が「別の社会の形があるんじゃないか?」と考えたとき、「日本」が魅力的なモデルに映った。結局それは「かつての西洋」だったわけですが……。

 

いまでも米国のルーザーオタクなどが「weeaboo(アメリカはクソ! 日本は理想郷! などと主張する人)」に変貌していますが、構造的には同じなのかもしれません。