齟齬

社会とマイノリティの「齟齬」を描く御厨鉄のブログです。

国家は悪である。

日本史や世界史を勉強してると、「人間ってどうしようもないクズだな」と思いませんか。

 

殺し合い、奪い合い、富や権力のためなら手段を選ばない……。まさに「全員悪人」の世界です。

 

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でも、まってください。歴史とは、特に古い時代の場合、「支配者の記録」に過ぎません。基本的には王家とか将軍の物語です。

 

あけすけに言ってしまえば、彼らは人々を殺したり、税金で搾取しますから、良い人々とは言いがたい。歴史に悪い奴ばかり登場するのは当然のことだと言えます。

  

国家の外にはたくさんのアウトサイダーがいた


一方で、歴史的には無視されていますが、支配しないし、支配もされない「アウトサイダー」がいました。彼らは戦争や陰謀の数々を「アホくさ。あいつら、バカなんじゃね?」と山の上から見下していました。そういう人たちの人口は、決して少なくなかったと私は見ています。*1

 

ただ、そういったアウトサイダーは、ついに近代化によって国家にのみこまれました。

 

彼らの住処だった山や森は、「国土」へと変わりました。開発や同化政策により、自然で素朴な生活が困難になりました。彼らは山をくだり、低地で暮らすことを余儀なくされました。彼らは投獄されたり、精神病院へ入れられましたし、戦争で殺されたり、賃金労働者としてこきつかわれる運命にあったのでした。

 

これが私から見た「歴史」です。

 

国家は悪である

ちょっと前振りが長くなったのですが、「国家は悪」というのが最近のテーマです。

 

「国家=悪」。私はこの考え方に自信を持っていますが、同時にこの考え方が理解されないことを知っています。だって教科書にも、メディアにも、学術書にもほとんど書かれていないことですから。一年前の自分に言っても、「は?」でしょうね。

 なんとなく寂しい感じなので、似たようなことを考えている人いないかな、と調べたら、larkenroseという人が「Government = Evil (No Joke)」という記事を投稿していました。「政府=悪(マジで言ってる)」とでもなります。「政府」ではなくて、「統治」の方が適切かも。全部訳すのは大変なので、かいつまんで引用してみます。太字は私によります。

 

なんという感情的で、非合理的で、過激なタイトルの記事でしょうか?

……

より正確に言えば、次のように表現することもできます。「権威への信仰は根本的に悪である」。今日、「権威」への信仰はふつう、「政府」の形をとっています。
……

はっきりさせておきましょう。私は「政府」がときどき悪いことをする、と言うのではないのです。……政府が腐敗して悪になると言うのでもない。私が言っているのはつまり、その本質そのものにおいて、「政府」はその性質上、不可避的に、反―人間であり、不道徳であり、人間社会にひどい破壊をもたらすということです。それ以外であることはないのです。そしてそのことを決して容認することはできませんし、権威が「良く」なることも、決してありません。

……

もし罪のないだれかが暴力の被害にあっていたら、私には宗教の言葉も政府の法律もいりません。私自身の良心が、それは間違っていると教えてくれますし、そうあるべきなのです。

 

……何が「反―善」なのか? それは個人に対して自らの同情を脇に置かせ、彼自身の良心を無視させることでしょう。

 

……そしてこのことが、正確に「権威」を信じるということなのです。自分の脳や心によってどうすべきかを考えだすのではなく、盲目的に他者に追従することを意味するのです。……権威に従うことで起きたことは、大量の抑圧、拷問、ゆすりたかり、そして殺人でした。これらが良き人々が「権威」に従うことが良いことだ、と言われて起きたことでした。彼らは「規則に従うこと」や「言われたことをする」ことが“善良”と教えられてきたから、“邪悪”になれたのでした。

 

私はクリスチャンではないですが、偶然にも、多くの点でサタンとの共通点があります。……「権威」は嘘をつき、善良なふりをし、本当の道徳から人々を遠ざけ、人心を腐敗・硬化させ、魂を奪い、憎しみと摩擦を生む。似てませんか?

結論として……「権威」への信仰は常に善に対する脅威であり、悪を力づけることなのです。

 

国家=ルシファー?……うーん、刺激的な発言です。

 

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質問: 悪魔・サタンは人格のある存在でしょうか、それとも悪の力、すなわち悪を擬人化したものでしょうか。?

 

答え: 多くの人々が、サタンは存在しないのだとサタンによって信じ込まされていますが、サタンは紛れもなく実在するのであり、人格のある存在であり、すべての不信仰と世にあるあらゆる類の道徳的および霊的な悪の源なのです。

 

エスはまた、私たちにサタンの特徴をいくつか示しました。キリストは、サタンが初めから人殺しであり、彼のうちには真理がないために真理に立ってはおらず、彼は偽り者であり、また偽りの父であるから、彼が偽りを言うときは、自分にふさわしい話し方をしているのだと言いました(ヨハネ福音書 8:44)。

 

クリスチャンがサタンの実在を認識し、彼がほえたける獅子のように、食い尽くすべきものを捜し求めながら歩き回っている(ペテロの手紙 第一 5:8)ことを理解するのは極めて重要なことです。(Got question.orgより)

 


「国家は悪」です。

 

かつて良い国家があったのではなりません。
どこかに良い国家があるのでもない(あれば教えてください)。人間の努力によって、いつか良い国家が生まれるのでもないのです。

 

「国家は悪」です。

 

北朝鮮が悪いのではありません。ISISが悪いのではありません。スウェーデンやスイスがよい国家なのではありません。いかなる国家も、悪なのです。 

 

近代の人々の困難は、国家の外に出ることが不可能になっていることです。肉体的にもそうですが、精神的にも同様です。

 

そういえばニーチェはこんなことを書いていました。

 

 

善人も悪人も、すべての者が毒を飲むところ、それを私は国家と呼ぶ。善人も悪人も、すべてがおのれ自身を失うところ、それが国家である。すべての人間の緩慢なる自殺、それが「生きがい」と呼ばれるところ、それが国家である。

 

国家が終わるところ、そこに、はじめて人間が始まる。余計な人間でない人間が始まる。必要な人間の歌が始まる。一回限りの、かけがえのない歌が始まる。
国家が終わるところ、その時、かなたを見るがいい、わが兄弟たちよ!あなたがたの眼に映るもの、あの虹、あの超人への橋。
ツァラトゥストラはこう言った

 

*1:なんで記録が残ってないんだ? という人がいるかもしれませんが、近代以前、文字が書けるのはごく一部のエリートだけでした。アウトサイダーには文字を書けないというか、書く必要がなかった。また、一般にアウトサイダーは険しい山間に住んでおり、不可触民的な扱いでした。彼らの生態をわざわざ調査したり、記述しようという試みはなかったのでしょう