齟齬

社会とマイノリティの「齟齬」を描く御厨鉄のブログです。

階級断絶で見えなくなる日本の不幸

巷間でちらほら見かける「日本は幸福な国だ」という表現に、皇太子の七三分け並に強烈な違和感を持ってしまう昨今、いかがお過ごしでしょうか。

 

幸福度ランキングで日本は51位。先進国の中でいえば、「超不幸」な日本社会です。イタリア(48)やロシア(49)よりも下。(でも一部の人はご安心ください――韓国(56)よりは上です!)

 

そもそも幸福度はほぼ経済的な豊かさに比例するわけですから、GDPでは世界三位の「経済大国日本」の幸福度が低いというのは、かなりありえないことなのです(中国のぞく)。

 

「ちょっとまて、日本は幸福な国だろ?」

オランダの社会学者、カレル・ヴァン・ウォルフレンが「いまだ人間を幸福にしない日本というシステム」という本を書いていますが(原題「The False Realities of a Politicized Society」)、この秀逸なタイトルどおりに私は日本社会に生まれることはハードモードだと感じています。日本は不幸な国です。

 

 

 

しかし、少なからぬ人がこう異を唱えるでしょう。「日本は幸福な国だろ?」と。 

 

日本は不幸な国だ、と言っても「はて? どうもしっくりこないな」という人が多いです。「俺の周りはそう不幸には見えないけど」というわけです。この理由はなんでしょうか? 考えてみると、日本社会が私たちが思う以上に階級化されているのが原因かもしれません。

 

そこそこ裕福な家庭に生まれ、進学校を卒業して、有名大学に入り、有名企業に入った人は、周りも同じような連中(+たまに信じられない金持ちがいる)ばかりなので「俺は極普通の市民だなあ……」と考えていますが、実はそんな人は日本に上位数%しかいません。

 

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アッパーな方々。ちなみに私は日本人の歯科医の邸宅に遊びにいったことがありますが、概ねこんな感じでした笑

 

考えてみてほしいのですが、大卒は日本人の半分以下です。そして大学はたくさんありますが、たぶん半分くらいはFランクDランク大です。つまり「低学歴」が日本の大半であり、ほとんどが大企業は門前払いする――つまり「書類選考落ち」であり、ブラック企業や中小企業で日々リスクを背負いながら働いているわけで、これが日本の「普通」なのです。

 

震災をきっかけにNPO活動を開始した医師が、そこで膨大な数の貧困層の存在にはじめて気づき、「日本は(震災の前に)壊れてしまっていたのか」と愕然としたようですが、ぬくぬくと育てられた温室育ちにはわからない世界があるということです。

 

私は底辺高校を出ていますので、居眠りしただけで教師にリンチされたり、男子生徒が廊下で女子生徒に向って「レイプするぞ!」とか言っている横を通ってトイレに行ってました。また仲の良かった同級生が家庭の事情で突如中退し、スーパーで時給800円で働きはじめ、10年以上経つ今も同じスーパーでたぶんさほど変わらない給料で働いている彼を見かける、という境遇にあります。

 

また、私が働いていたド田舎で知り合った女性は、高卒でフリーターとして働いていたのですが、時給800円のバイトをふたつ掛け持ち、過労により居眠り運転で事故を起こしてしまい、60回ローンで買った中古の軽自動車を廃車。そしてまた60回ローンで軽自動車を購入していました。いったいローンの返済だけで何時間働くつもりなのでしょうか。しかし、彼女を「愚かだ」と笑えません。彼女は父子家庭で、親父がボケていて働かなければいけない。そして働くためには車が必要なのです。

 

――ちなみに私はそれを聞いたときに腹をかかえて笑いました。ええ、笑いましたが、彼女の今後の人生を考えると空恐ろしいということに最近まで気づかなかったのです。

貧困者には貧困者ばかり集まる

当たり前ですが貧困者の周りは貧困者ばかりです。(というか、まともな人がいません)

 

貧困とは金銭的なものだけではありません。文化的貧困でもあるし、社会的貧困でもあります。そこそこ裕福な家庭の子息が大学の休みにトルストイドストエフスキーに没頭する同じ時間を、彼らはパチンコやソシャゲに費やすのです。御曹司が「私はラスコーリニコフではないのか?」と考えているとき、彼らはソシャゲの美少女やドラゴンに夢中になっています。


また、「勝ち組」のぼんぼんヤローは理解ある父親と温かい母親、利発な姉妹といった家庭を当たり前だと思っているのですが、これもそんなことはありません。下層では離婚や流血沙汰の夫婦喧嘩は当たり前、父親に性的虐待をされるので逃げ出して援交で糊口を凌ぐとか、鬱病になりながらブラック企業で働く息子の稼ぎの大半を家族が収奪してパチンコ、といったことはふつうにあることで、自傷行為だらけ、家族の大半がメンタルイルネス持ちなんてのもざらです。

 

勝ち組クラスタの「優しいおじさん」「優しいおばさん」がひとりでもそういった子どもの存在を知れば、真っ青になって止めにかかるような状況ですが、不幸にも階級の差はあまりに遠すぎるのです。「優しいおじさん」はテレビの貧困ドキュメンタリーには憤りますが、明日には忘れてしまいます。それはあまりに遠い――なんなんでしょうね? この遠さは。でもしょうがない、彼にはいろいろな責任がありますから。したがってだれの助けもないまま、氷のように冷たい環境の中を生きている人がいるのです。

 

また勝ち組クラスタのボーイは就活に失敗したら親父の会社で働くとか、叔父さんが常務だから雇ってもらうとか、どうせだから院に行くわ~とかできますし、遊びすぎたり失敗して借金しても身内に返済してもらう、ということができますが、貧困クラスタにはそういった頼れる存在は「ゼロ」ですからね。借金で首が回らなくなったら多重債務者になって失踪するしかないでしょうし、「ウシジマくん」がリアルな世界があるのです。 

貧困はどこの国でも問題だけど

さて、こうしてつらつらと書いてみたのですが、こう言いたい人もいるかもしれません。「貧困の問題は、外国も同じだろう」と。そのとおりです。アメリカだろうとドイツ、ノルウェーだろうと、同様の問題はあるでしょう。

 

でも、日本の場合はそれが見えていないのです。豊かな階層の人もそうですし、貧しい人にもです。日本のあらゆる問題(欠点)に共通することですが(LGBTの問題もそう)、外国メディアや人権団体に指摘され、どうしても隠しきれなくなると申し分程度にちょろちょろと情報を流すだけで、基本的にはこの国ではガン無視されます。市民の声がいかに国に届かないか、というか、そもそもこの国がだれのためにあるのかは、水俣病事件や薬害エイズ事件を調べるとよくわかります。原発事故もその典型例といえるでしょう。

 

結局、この国は幻想でできている国でして、お上が「不幸な人なんていないよ」といえば「不幸な人なんていなかったんだ」で済んでしまうアホくさい国なのです。しかし問題はそこにあるのです。

 

 

 

とりあえず、私はこう言っておきたいです。ぬくぬくとした勝ち組生活を当たり前のもののように思い、それが咎められればさも自分の「努力」とか「才能」とか思い込んでいる甘っちょろい奴らは現実を見つめ、不幸な彼ら彼女らのために少しは援助してやらなければ天国にはいけないでしょう。

 

そして恐ろしく冷たい人間関係のなかで、マゾ以外は絶対に死にたくなるような人生を歩んでいる人は、「助けて欲しい」としっかりと社会に訴えてください……と思います。日本社会はげっそりするほど冷たいですが、血を流している人を無視するほどではないと思います。