齟齬

社会とマイノリティの「齟齬」を描く御厨鉄のブログです。

ゲイとマゾヒストとしての三島由紀夫

三島由紀夫とは何だったのか? と考えていた。

 

類まれな才能、知性と教養とを持ちながら、彼はなぜ皇国主義に傾倒し「不可解な自死」を遂げたのだろうか。

 

今日一日考えて、整理がついたので書きたい。

 

三島はゲイだったか

三島の研究は膨大である。Wikipediaを見ると、出典を除いた文字数は17万文字。これは短い新書2冊分に相当する。ちなみに太宰治は約2万3000字だ。

 

これだけの分量がありながら、まったく触れられていないテーマがある。それは三島はゲイだったのか? ということだ。「男色」「ゲイ」「ホモ」「同性愛」などでページ内検索したが見つからない。なぜこんな重要なことが無視されているのだろうか。

 

日本語の検索はノイズだらけなので英語で調べてみると、ブラウン大学のJ. Keith Vincent氏の論文にあたった。冒頭に以下のような記述が。

While Mishima Yukio is known outside of Japan primarily as a « gay » writer.... within Japan, he is remembered primarily for his anachronistic devotion to right-wing politics and aesthetics. 

 三島由紀夫は日本の外では第一に「ゲイ」の作家として知られているが……日本国内では、彼は右翼の政治と美学に時代錯誤な献身をしたと者としてまず認識されている。

 

三島由紀夫はけっこう翻訳されていて、海外でも愛好家がいるのだが、ガイジンからすれば「三島? ああ、日本のゲイ作家ね」という感じらしい。

 

Keith氏は、サンフランシスコ公立図書館のゲイ・レズビアンセンターの天井にオスカー・ワイルドやマルセル・プルーストと一緒に三島が描かれていると書いている。

 

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この天井画のどこかに三島が描かれているようだ。

 

 

英語版のWikipediaを調べてみると、次のような記載がある。

「禁色」の連載中、三島は日本のゲイバーに通っていた。三島の性的嗜好は妻の悩みであり、彼女は三島の死後、同性愛であることを否定し続けた。1998年、作家の福島次郎が1951年における三島との15通の文通を含む関係を明らかにした書籍を刊行。三島の子孫は福島をプライバシー及び著作権侵害で訴え、勝訴した。

ふつうに記述があるじゃないか。しかし、福島とはどういう関係だったんだろうか。

 

福島次郎と三島由紀夫の関係

福島次郎によって、三島とのどのような関係が暴露されたのか。詳細は以下の本に書かれている。

 

 

 

が、今は読書の余裕がない。

 

以下のサイトが非常によくまとめられているので、引用する。ブログ著者のジャックという方も同性愛の方のようです。

jack4afric.exblog.jp

 

作者の福島次郎は、昭和5年、熊本に父親を知らない私生児として生まれ、母親ではなく大叔母に育てられるという複雑な家庭環境に育っています。

昭和22年に大学に入るために上京するのですが、当時、福島よりも5歳年上の三島由紀夫はすでに「仮面の告白」で文壇デビューを果たして流行作家になっていて、雑誌に「禁色」を連載中でした。

福島は実際の体験こそないものの、自分が同性愛者であることは自覚していて、三島の小説「禁色」に「ルドン」という名で出てくるゲイバーに行きたいと思い、三島由紀夫の家に訪ねていきます。

 

そして性交渉へ! しかし……

 

三島由紀夫は何回かのデートの後、福島次郎をホテルに誘って身体の関係を持つのですが、福島は三島の「電気コードの被覆部をはぎとった『裸線』のような」痩せた貧弱な肉体にまったく魅力を覚えず、セックスの間、ずっとマグロ状態だったといいます。

世間でもて囃されている流行作家である三島由紀夫と親しく付き合えることを光栄に思い、東京山の手のハイカラな中流階級の三島家に出入りできることを嬉しく感じるのですが、三島とのセックスは苦痛以外の何者でもなかったといいます。

いっそのこと福島がノンケだったら三島とのセックスは可能だったのではないかと思うのですが、あいにくと福島はホモで、タイプ以外の男とはヤル気になれないんですね。

それでもしばらく我慢して三島と付き合うのですが、夏になって伊豆の旅館に三島と一緒に逗留しているときに、セックスの最中にヒステリックにゲラゲラ笑い出して、その場の雰囲気をぶち壊してしまいます。

三島の肉体にたいする嫌悪感がそういう形で噴き出すんですね。

それで三島との仲は破綻し、福島は故郷の九州に戻って高校教師になります。 

 

相思相愛というよりは、三島の一方的な愛情だったようです。しかし、セックスの最中に笑われたら相当なトラウマでしょうね?

 

以下は15年後の逢瀬のときの記述です。このときには三島もムキムキマッチョに鍛えています。 

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三島は脱いだ写真ばっかりですね。

 

熊本にやって来た三島由紀夫は宿泊したホテルで、福島の前でふんどし一つの裸になってボディービルで鍛えた自慢の肉体をみせびらかします。

そして二人は久しぶりにセックスするのですが、福島の身体はやはり反応しないのです。

福島は、三島の不恰好で不自然な「肉体美」を目のあたりにして「どんなに鍛えても、この人の体はやはり裸線なのか」と思ってしまうのです。

 

……三島は若い頃はベッドでは「タチ」だったそうですが、このときは「ネコ」になっていたそうです。

福島は三島がネコになったせいで、やたらと男っぽく振舞うようになったのではないか、と興味深い推察をしています。

(※タチ:攻める人、ネコ:受ける人)

 

たしかに……ゲイではない私から見ても、三島の裸体はかっこよくない。筋肉があるだけで。

 

一般的に三島の肉体改造のきっかけは「美輪明宏に嘲笑されたから」と言われていますが、福島との行為中の「哄笑」にあったのかもしれませんね。

 

血を見ると興奮する切腹マニア

さらに同サイトから引用します。

福島によると三島は血を見ると興奮する「切腹マニア」だったそうです。 

これはどういうことでしょうか? 

 

三島が一種のサディスト・マゾヒストだったことは、彼の作品によくあらわれています。

 

以下は2chの「三島由紀夫の性癖がヤバすぎるんやが……」からの引用になります。

・仮面の告白(1949)
三島の私小説
幼少期から糞尿汲取人の男性や汗臭い軍人に惹きつけられ
聖セバスチャンの殉教絵で精通
若い男が死ぬことに興奮し同級生を串刺しにする妄想を好む
近江という体が大きい男の子に欲情して自分も近江になりたいと思う

・午後の曳航(1963)
残酷な少年達は世の中を冷めた目で見ているが猫を解剖したり血を見ると興奮する
逞しい肉体の船乗りがその少年達に睡眠薬を盛られて解体される(小説では最終的にカットされる)

・憂国(1961)
二二六事件で仲間を討ちたくない軍人が国に背く
人生最後のセックスののち
軍人は切腹し妻もそれを見届けた後に喉へ小刀を刺して自害

ちなみに「憂国」は三島が主人公を演じる映像作品ですが、あまりにもアレな内容のせいか三島夫人の平岡瑶子が激怒して泣き叫び、フィルムは没収焼却処分とされています。 

 

www.youtube.com

 

同レスには「愛の処刑(1960)」の記述もありましたが、ちょっと物足りない要約だったので、 Wikipediaから引用します。この作品は同性愛雑誌に偽名(榊山保)で書かれた作品です。

 

30半ばで独身の中学体育教師・大友信二が一人暮らしをしている山深い借家に、ある夜、彼の教え子で無口な美少年・今林俊男が訪ねてくる。俊男は、親友の田所が死んだのは先生のせいだから、先生は責任をとって切腹で苦しみながら死ぬべきだと言う。信二は、品行の良くない田所を罰として大雨の中に立たせ、そのせいで田所は肺炎を起こし死んだのである。田所も俊男も愛していた信二は、俊男にそう言われ、すぐさま喜んで切腹する決心をする。井戸の水で体を清めた信二に求められ接吻を交わした俊男は処刑の儀式宣言を行い、短刀を信二に渡した。自分も後から青酸カリで死ぬ用意をしている俊男は、信二が切腹して苦しむ姿に涙しながら、先生が好きで、先生が切腹して死ぬところが見たかったと告白する。

 

まあこうして書くと「えげつない」作品ばかりです。同性愛的傾向もさることながら、サドマゾ的な傾向が多分にあります。

 

ただ、こうして見てみると、 初期の作品(仮面の告白)と後期の作品では違いがみられます。初期では「殺したい」のに対し、後期ではどうやら「死にたい(殺されたい)」側に回っていることです(サド→マゾ)。これは「タチ」から「ネコ」への変化に通じるのかもしれません。

 

そして「死にたい」場合、「切腹」に強い愛着を抱いていることがわかります。「切腹するところを見られて、その後、後追いされる」というシチュエーションがおそらく三島の性的嗜好のツボだったのではないでしょうか。

 

三島事件は「腹切」のための演出だった

こうして考えると、「三島事件」の切腹は世間のイメージとはまったく異なってきます。三島は世間に政治主張を訴えるために腹を切ったというより、単に衆人のまなざしの中で腹を切りたかった、というように思えてくるのです。

 

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どうもこういった写真を見ると、本気でクーデターを成功させようとしていたとは思えない。演劇的で、お遊び的に感じる。

 

「腹切に興奮する」というマゾヒスティックな性的嗜好は、問題を抱えています。それは一度腹切をしたら、死んでしまうということです。なんだかアホくさい記述ですが、腹切ったら死にますよね?

 

彼の目的は、生涯に一度しかできない、憧れ続けてきた切腹を、最大限満足いくものにすることにあったのではないでしょうか。

 

そのエロスの祭典においては「果敢に世間に訴え、国のために殉ずる自己」「追腹をする若い恋人男性」といった要素までもが、一種の「演出」だったのではないでしょうか。

  

先程のサイトからの引用になります。

福島はもちろん、三島の割腹自殺が「憂国の情にかられた行動」なんかではなく、自分の性的嗜好を満たす行為でしかなかったことを見抜いています。

 

それで三島が自分の趣味のために一人で死なずに、若い男性を道連れにしたことを非難しています。

 

 世にも奇妙な三島事件

そんなわけで、世の中の不思議がひとつ腑に落ちました。三島はゲイの切腹マニアです。そして三島事件は、彼のセクシャリティの究極のフィナーレでした。

 

彼の中心には、皇国主義ではなく、切腹があった……。そう考えるとすべてが腑に落ちるのです。

 

おもしろいことに、右翼思想家たちは三島の演出道具をいまだに真実の政治主張と考えています。右翼でなくとも、「三島くらいの人物だからそこには高尚な思想があったに違いない(私には理解できないけど)」と思う人がほとんどでしょう。

 

三島は、作家よりも劇作家としての才能があったとも言われています。まさに最高の演出家だったと言えるでしょう。