齟齬

社会とマイノリティの「齟齬」を描く御厨鉄のブログです。

須原一秀の自死はどうなのか?

あるきっかけで、「須原一秀」という人物を知りました。どうやら哲学者のようです。

須原 一秀(すはら かずひで、1940年(昭和15年) - 2006年(平成18年)4月)は、日本の哲学者・社会思想研究家。元立命館大学非常勤講師。元龍谷大学非常勤講師。論理学・科学哲学専攻、大阪市立大学文学部哲学科博士課程退学。大阪府出身。(須原一秀 - Wikipedia

 65歳で「自死」しました。神社で頸動脈で切ったあと首を吊ったようです。

 

私は日本の哲学はほとんど読まないし、この人物にもたいして興味がわかなかったのですが、自死を宣告し、そのとおり死んだという点がおもしろいと思い調べてみました。

 

が、調べるごとにおかしな点が見つかったので、批判的に彼の自死を考察してみたいと思います。 

キュブラー・ロスの人格異常は老化か

まず細かいことかもしれませんが指摘しておかなければなりません。

 

 

須原一秀は、「自死という生き方(原題:新葉隠)」において、「死の受容」について非常に優れた考察をした精神科医、キューブラー・ロスを例に挙げています。

 

彼は自説を証明するために、終末医療の先駆者として「聖女」と呼ばれていたキューブラー・ロスの名前を挙げる。彼女は40数年間にわたって数千人の最期を看取って来た愛の人である。

……(しかし)キリスト教精神に満ちあふれた言葉を口にしていた彼女が、晩年、脳梗塞で倒れると、その言動は一変する……「愛なんて、もう、うんざり。よく言ったもんだわ」「神様はヒトラーよ」「聖人? よしてよ、ヘドが出るわ」(引用元。※著書からの引用ではありません)

 

人は老化すれば豹変し、考えられないほどの知的頽落を見せつけるので、そうなる以前に自殺せよと須原は述べているようです。

 

しかし、キュブラーの人格変容は「老化による心身の劣化」の結果ではありません。

 

彼女のロックな発言は、老化ではなく脳梗塞の後遺症です。脳梗塞ってのは、血栓が脳血管で詰まって、脳の一部が壊死することです。壊死は不可逆です。人格への影響が起きることも多々。

 

脳梗塞ではないですが、脳の損傷で人格が変わった例としては、鉄棒で前頭葉を損傷して超怒りっぽくなったフィネアス・ゲージが有名ですね。ちょっと長いですが、彼の人物伝を引用してみます。

 

彼の知的才覚と獣のような性癖との均衡というかバランスのようなものが、破壊されてしまったようだ。彼は気まぐれで、礼儀知らずで、ときにはきわめて冒涜的な言葉を口にして喜んだり(こんなことは以前の彼には無かった)、同僚にもほとんど敬意を示さず、彼の欲望に拮抗するような制御や忠告には我慢ができず、ときにはしつこいほどに頑固で、しかし気まぐれで移り気で、将来の操業についてたくさんの計画を発案するものの、準備すらしないうちに捨てられてほかのもっと実行できそうなものにとって代わられるのだった。知性と発言には子供っぽさが見られ、強い男の獣のような情熱を備えていた。事故以前は、学校で訓練を積んでいなかったものの、彼はよく釣合の採れた精神をもち、彼を知る者からは抜け目がなく賢い仕事人で、エネルギッシュで仕事をたゆみなく実行する人物として敬意を集めていた。この視点で見ると彼の精神はあまりにはっきりと根本から変化したため、彼の友人や知人からは「もはやゲージではない」と言ったほどであった。

キュブラーの場合と似てますね。キュブラーの場合は、「老化」による人格変容ではありません。

 

脳梗塞以外でもアルツハイマー型痴呆(海馬の萎縮)なんかで人格が変わることはあります。しかしそういった症状なしでの老化では80歳だろうと100歳だろうと人格は変わりません。 

三島由紀夫・伊丹十三・ソクラテス?

須原は同著において、若いままに自死を選んだ人物として、「三島由紀夫・伊丹十三・ソクラテス」をあげているのですが、このチョイスは意味不明です。伊丹が謎すぎます。

 

三島由紀夫の割腹自殺、伊丹十三の飛び降り自殺、ソクラテスの刑死。この三人は積極的に死を受容した人物として須原一秀は仔細に検証している。ソクラテスは死刑の判決を受けるように自らを仕向け、幸福そうに毒ニンジンの汁を飲み、潔く死んでいったと言う。実際には自死であった。三島由紀夫は派手なパーフォーマンスのせいで死の理由は杳としていたけれど、老醜への嫌悪から従容として死に向かったと断言する。そこに政治的、文学的な意味合いをもたせては彼の死は見えてこないと。伊丹十三も女性スキャンダルを契機ととらえたに過ぎないのではないか。映画監督として名声を得ていたのに「楽しいうちに死にたい」と言っていた彼は、無惨な自然死を避けたいとの思いが強かったと結論づける。須原一秀は、三人とも「老醜と自然死に巻き込まれると、自分らしさと自尊心と主体性を維持できなくなるためそれを守る死」だったとの見方をしている。(自死という生き方―覚悟して逝った哲学者/柿本照己

 

三島由紀夫は明白に腹を切って自殺した人ですし、特に問題ないのですが、あとの二人は疑問です。

伊丹十三?

まず、伊丹十三は自殺とはいえず、不審死に近い死に方をしています。

 

ヤクザを小馬鹿にした映画「ミンボーの女」の公開にあたっては、刃物を持った五人組に襲撃され、顔などに全治3ヶ月の重傷を負いました。他にも劇場のスクリーンを切り裂かれたりと大変ヤクザに嫌われていた人物です。

 

Wikipediaには以下の記述があります。

ジェイク・エーデルスタインの著書によれば、伊丹は当時後藤組と創価学会の関係を題材にした映画の企画を進めており、後藤組組長の後藤忠政がそれを快く思わず、後藤配下の5人が伊丹の体をつかんで銃を突きつけ屋上から飛び降りさせたと、自身が取材した人物が語ったという

 

警察とマスコミがヤクザと蜜月である日本においては、外国人ジャーナリストによって真相が露呈する、ということはしばしば起きています。

 

伊丹の死を「無惨な自然死を避けるための自死」と結論づけることはとても不自然です。

ソクラテス?

まず述べておきたいのですが、ソクラテスはフィクションです。

 

ソクラテスは、そもそも実在したとする根拠がない思想家です。というとびっくりする人がいるかもしれませんが、ソクラテスはプラトンの記述によって描かれている人物でしかありません。Socratic problemといって割とポピュラーな議論です。こういったケースはママあることで、イエスや仏陀や老子といった人物も存在していたのか怪しい人物と言えます。

 

ソクラテスについては、死刑の判決を受けいれ、逃げるチャンスがあったのに毒人参の杯をあおったことで有名です。このとき彼は70歳だったと言われています。

 

で、存在自体あやふやなソクラテスが「弁明」のとおりに自死したのか、というのは大きな問題ですが、そもそも史実が「弁明」の記述通りだとしても、それが「老醜を嫌悪しての死」なのかについては疑問です。私が知る限り、そのようなプラトンの著書のどこにもそのような記述が見当たらないからです。

 

須原は三島由紀夫になりたかった

たぶん、彼の本命は「三島由紀夫」にあったのでしょう。須原の若さへの執着や自死への憧れにドンピシャなのがまさに三島の思想だからです。

 

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須原の自死の本は、原題が「新葉隠」となっています。この「葉隠」という本は、山本常朝が江戸時代中期に書いたとされるもので、「武士道とは死ぬことと見つけたり」という言葉で有名です。三島由紀夫も同著に心酔したことは有名で、「葉隠入門」という本を書いています。

 

また、須原は頭山満などの右翼思想に傾倒していたとも言われ、死んだところが神社というのも、なんだかそれっぽいですし、運動が好きで身体を鍛えていた、というのも三島感があります。

「葉隠武士」は存在したか

須原は「新葉隠」にて、「中高年の男女よ、心身の衰えを自覚したら、葉隠武士が腹かっさばいで死んだように、躊躇せずに自殺せよ」と呼びかけているようです。強烈な文言です。(そして強烈な三島感)

 

須原は、「葉隠」の文化的・歴史的な事情を理解しているのでしょうか(三島は理解していました)。山本が「武士は潔く死ね」と言ったのは、そんなことをする武士がいなかったからです。つまり、「葉隠武士」なんて江戸時代には存在していなかったのです。

 

「葉隠武士」が誕生したのは大戦末期です。「武士道とは死ぬことと見つけたり」の文言は陸海軍の将校に非常に好まれましたし、実にこれによって「神風」が実現したとも言えます。

須原から感じられる猛烈な名誉欲

こう言ってはなんですが、須原という人物は、哲学者としても大学者としても「パッとしなかった」人です。

 

彼は65歳の定年退職(自死の年)まで大学講師だったのですが、「非常勤講師」というのは大学のヒエラルキーのなかでは最下層で、学内ではバイトみたいな扱いです。非常勤講師の時給は数千円。ろくに稼げないので、須原家の家計は火の車だったと聞きます。

 

彼の自殺の根本的な理由は、コンプレックスだったのではないでしょうか。「三島由紀夫」「ソクラテス」「伊丹十三」というような大人物を掲げるのは、自分がそういった栄誉ある人になりたかったからでしょう。

 

つまり、須原のしたかったことはこうです。三者は「積極的に死を受容した」ことにします。そして、自分も死ぬことにする。そうすれば、「三島由紀夫」「ソクラテス」「伊丹十三」といったクラスタに、自分も入ることができる。これだけのことに思えます。

 

彼は目の上のたんこぶのような周りの教授や准教をいっきに飛び越えて、ソクラテスや三島のように偉くなりたかったのであり、そのための自死だったのです。

 

須原は「名誉に取り憑かれた男」だったのではないでしょうか。  一冊も彼の本を読まずにこのようなことを書くのは悪いことですし、人の死をこのように表現するのは死者への冒涜と言えるのですが、あくまで哲学者の哲学ですから、わかる範囲を批判させて頂きました。

自殺よりもやることがあるのでは? 

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Edouard Manet - The Suicide 1880

 

私は自殺を否定しているのではありません。死にたい人が死ぬ自由はあります。ただ、自殺に積極的な価値があるようには思われません。

 

戦士が戦地に赴くのは、戦って勝つためです。死ぬためではありません。病気を苦に自殺するとしても、それは苦しみから逃れるためです。病気が治るのであればそれがいちばん良いのです。

 

切腹した武士たちだって、その必要があったから自死したのです。名誉を守る、あるいは主君に訴える最大の手段が切腹だったのであり、「老いたから死ぬ」なんて無駄死に以外の何者でもないでしょう。


須原は自分の心身が衰えることを恥じ、さっさと死ぬべきだと主張します。しかし、「自己の衰えや醜態」に耐えられず死ぬことが、果たして名誉でしょうか。道徳的でしょうか。優れているでしょうか。

 

私はそんなことで死ぬよりも、自然が許すかぎりは生きて、人生をエンジョイしたいですし、だれかの役に立ったりだれかを助けたりするほうがよほど名誉でかっこいいと思いますね。