齟齬

社会とマイノリティの「齟齬」を描く御厨鉄のブログです。

日本が集団主義ではなくなったのは80年代から

日本人は集団主義ではない。でも、いつから?という話。

 

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『日本人は集団主義的』という通説は誤り という高野陽太郎教授の広報があったけど、その他にも日系アメリカ人の社会心理学者であるDavid Matsumotoの本が2007年に出ていたみたい。

 

とはいってもその本は読んでなくて、Noahpinion: Japan is not a collectivist societyのNoahさんの孫引きなのだけど。

 

  • David Matsumotoの比較文化研究によれば、日本人は集団主義ではなかった。個人主義集団主義の指標は日本とアメリカは同程度であり、実際のところ日本はアメリカよりもわずかに個人主義的だった。ロシアと韓国との比較では、ロシアの方が日本よりも集団主義的であり、韓国はそれらのなかでももっとも集団主義的だった。
  • 80年代には日本はアメリカ人よりも集団主義的だったが、それ以降日本は個人主義になったとMatsumotoは述べている。(アマゾンレビューには、特に日本の若者に個人主義的傾向が強いとある)
  • Matsumotoは経済的変化が文化的変化をもたらすのではないか、としている。
  • Matsumotoは日本の伝統文化が破壊されたのではないかとだいぶ動揺したらしい。日本の伝統的な集団主義を回復する政策を提案しているが、「この部分はかなりバカげているので読み飛ばそう」とNoahさんは言っている。

Matsumotoさんはホノルル生まれなのだけど、柔道のコーチとしても有名で、かなりの日本好きなのだと思われる。ネトウヨっぽい反応が悲しい。

 

ともあれ、80年代の経済的な変化が日本人を個人主義に変えたようだ。金持ち国になれば個人主義になりやすいらしい。ま、そりゃそうだろう。豊かになれば、他人に頼らなくても自分だけで生きていけるんだから。 

日本人は個人主義なのか?

日本人はアメリカ人よりも個人主義的だ! と言われてもピンとこない人がほとんどだと思う。私もたまにこんがらがってわけがわからなくなる。

 

日本人が集団主義的だと思わせるような事柄はいくつもあげられる。

  • 学校では制服を着なければならない。
  • 就職活動ではリクルートスーツを着なければならない。
  • 企業の飲み会には事実上強制参加。
  • 「出る杭は打たれる」文化。

今はアナーキスト無職な私も、かつてはびしっとリクルートスーツを着て、飲み会にはちゃんと出席して、「出る杭」として叩かれていた。

 

でも当たり前だけど、そんなことは1mmも望んでなかった。お馬鹿な外国の文化人類学者がそのときの私を見れば、「アー、日本人、サスガ集団主義デスネー」なんて言ってただろう。違う。中身は逆だ。それは私のきぐるみだ。

 

今の若い人なら、だれだってそうだろう。好んで制服やリクルートスーツを着る人なんて稀だ。飲み会も、私はタダ酒だからまあまあ楽しかったけど、お酒が飲めない人には無駄な時間にすぎないだろう。

 

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だれも本心ではこんなことしたくない。

ただやらされているだけ。

 

結局のところ、日本には集団主義的な社会規範があるけれど、その文化に属する個人は、もはや個人主義に変容しているのだと思う。

 

人間の精神はすぐに変わる。しかし、規範や文化はすぐに変わらない。新世代はすでに羽化しており、転換期にあるのではないだろうか。

 

考えてみると、「愛国心教育」や「日本はすごい国アピール」は、そういった若者を抑えつけるためなのかもしれない。あんまりにも稚拙なので、理性ある人には逆効果なのだけど。

 

今の20代の人が5,60代になって社会の主要なポジションに就いたら、サビ残なんてなくなってそうだ。あと30年もすれば、日本は個人主義者にとって過ごしやすい国になるのかもしれない(そううまくいかない気もするが)。

集団主義なんて消えちまえ

私は集団主義は大嫌いだ。なんでかというと、奴隷根性っぽいから。集団主義ってのは、我慢や忍耐で成り立つ。つねに周囲に目配せして、感情を抑圧し、居酒屋のサラダを取り分けなければならず、オリンピックで金メダルをとっても「みなさんのお陰で」と言わなければいけない。めんどくさい。

 

 

我欲がなにより軽蔑するのは、汲々としてひとの意を迎える者、すぐに仰向けになる犬のような者、卑屈なものである。さらに憎むものは、抵抗する意志のない者、毒をふくんだ唾でも、悪意のある視線でも、そのまま呑み込んでしまう者、あまりに辛抱強く、なんでも我慢し、満足してしまう者、つまり奴隷根性である。  (「ツァラ・下」岩波/ニーチェ

 

それに対して、個人主義ってのはシンプルでいい。「私はそれが好きだ」。「私はそれは嫌いだ」。これで全部。自分にとって良いものは受け入れて、抱きしめて、嫌いなものは「いらね」とぽいぽいゴミ箱に捨ててしまう。

 

 

幸福になりたいならぜったいに個人主義だな、と私は思ってる。