齟齬

社会とマイノリティの「齟齬」を描く御厨鉄のブログです。

ビジネス書を読まなくなった

大学生の一時期、ビジネス書をたくさん読んでいる時期があった。「人を動かす」とか、「7つの習慣」とか。

 

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お金持ちになりたかった。当時は貧乏学生だったので、ほんとうに貧乏に嫌気がさしていたのだった。学食で「豚汁とライス(200円)」を頼むのではなく、カツカレー(550円)や唐揚げ定食(520円)が食べたかった。それに、私は社会で一旗あげたかった。金をたんまり稼いで、同級生を見返したかった。

 

しかし今考えると、金を稼いで一体なんになるのか、という気がしている。毎日おいしいものを食べてもしょうがない。飽きる。太る。血液検査の変な数値があがる。

 

もちろん金はあった方がいい。あればあるほどよろしい。でも、死ぬほど月並みだけど、お金よりも大事なことがある。

「富は是一生の財。身滅すれば即ち共に滅す。 智は是万代の財。命終われば即ち随って行く。」

「人肥えたるがゆえに貴からず、智あるをもって貴しとす。」

実語教にこうあるけど、やっぱり「知>>>>金」 だと私は思う。

 

あとルソーのこの言葉も好き。

 

かつては自由で独立していた人間が、いまや多数の多様な欲求のために、いわば自然全体に、そしてとくに他人に従属するようになった。人間は他人の主人であるかのようにふるまいながらも、実はある意味では他人の奴隷となった。というのも、金持ちであれば他人の奉仕を必要とするし、貧乏であれば他人の援助を必要とするからである。 (人間不平等起源論/ルソー)

 

世の中には「金持ちになりたい!」という衝動が強い人がいて、それはそれで立派なことだと思う。ハングリー精神というか。そういうひとが金を追い求めることで世の中は便利で快適になってるわけだし。

 

ただ私はもう、お金はそこそこあればいいかな~と思っている。お金がほしくないわけではなくて、お金にかける時間的コストが無駄だな、と考えてしまう。

 

今はビジネス書の類は一切読まない。でも、たまにパラパラ開いては、その独特な世界というか、空気感を味わってみる。もう、私には異国の倫理になってしまったな。

 

私はチョムスキーのビジネス書に対する次の表現が大好きだ。――「雇用主の下劣な処世訓」。

あと西原理恵子の「溺れる人がつかむ藁のような本」という表現も好きだ笑