齟齬

社会とマイノリティの「齟齬」を描く御厨鉄のブログです。

自殺大国のポテンシャル

日本は近いうち滅ぶのだが、そこにこそ希望があると思う。

 

自殺と怒り

日本は自殺大国である。

 

自殺とは極めて不自然な行為だ。人間以外のあらゆる動物は自殺しない。最近の動物学では、動物たちも同種殺しをすることが明らかになっている。しかし自殺する動物はいない。

 

このことは、人間がある段階で「自殺」を獲得したということを意味する。そして「自殺」は生得的であるよりも後天的に獲得するものであると考えた方がいいだろう。自殺は非動物的である。つまり社会的であり、文化的なのである。

 

私は自殺の原因は「怒り」にあると思っている。(なおここでは、ハラキリなどの「名誉のための自殺」は含まない)

 

自殺する人は、激しく怒っているのである。だれも自分に共感してくれない、だれも自分を見てくれない、助けてくれない、そういう怒りが内面で渦巻いている。

 

怒りとは、反動的な感情である。何もないのに吠えだす犬がいないのと同様、何もないのに怒り出す人間はいない。

 

怒りの感情は何らかの環境的な抑圧やストレス、不当な扱いから生まれていることを意味する。

 

つまり、人は外的対象に由来する怒りをもっているにもかかわらず、それを外部に向けずに、内部(自己)に向けているということである。

 

自殺者を死に至らしめる感情は、本来であれば外部への破壊、変化、改革に向けられるエネルギーだったということである。

 

怒りを否定する教育

 

なぜそのようなことが起きるか。

 

彼らがその怒りを「表出」しないのは、怒りをコントロールするよう教育されているからだ。それは表面的に怒りを「隠す」のもそうだし、いま社畜の間で人気の「アンガー・マネジメント」のように怒りを消そうとする試みまである。

 

怒りは反社会的性格を持つ。怒りは理性に反するとされる。怒りの感情は、無理にでも抑圧しなければならない。そう考えられている。

 

たとえばなにもしなくても学校に適応している子どもは健康であるとされ、「学校へ行きたくない」と怒りだす子どもは「矯正」される。学校は楽しいところで、学校は良いところで、学校へ通わないことは悪いことだとされる。

 

同様のことが政治にも言える。日本は良い国で何も問題ないと考える大人は健全であるとされ、「日本のここがダメだ」と怒りだす大人は矯正の対象となる。日本ほど強固な現状肯定主義Conformismがはびこる国はない。

 

近代化された貧困とは、状況に影響を与える力の欠如と、個人としての潜在的能力の喪失とを結合したものである。(イヴァン・イリイチ「脱学校の社会」)

 

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自殺のエネルギー

日本に自殺が多いのは、社会的抑圧や経済的な搾取のせいである。

結局のところ、豊かに自由に暮らすことができれば人は自殺しない。逆にいえば日本人は貧しく不自由な生活を強いられているということである。

 

しかし日本では、現在の個人的生活の困窮を政治の問題と結びつける回路を徹底して遮断されている。慎重に、絶え間なく日本人は政治的に無力化させられている。人が経済的に落ちぶれて自殺しても、すべては「自己責任」だとされる。政策を非難したり、公的な助けを求めることは「甘え」だとされる。

 

しかしさすがの日本人も、今の国政の矛盾は肌身に感じているだろう。最近の日本の政治を見て思うことは、あまりにも露骨で粗野な支配ということだ。安倍首相の統治は古臭く、洗練されておらず、前時代的である。

 

彼の押しつける「愛国心」は、かえって「日本死ね」を生み出している。私自身、日本のメディアが「愛国放送」をしつこく繰り返さなければ、あれこれ調べて「日本はダメな国」と結論付けることはなかっただろう。

 

日本の若者たちは、そろそろ国家の狼藉を自覚するのではないかと思う。現代の若者のほとんどは既得権益層の食い物でしかない。高い税金、高い商品(日本の商品が高い理由 – 齟齬)、長い労働時間に、低賃金。

 

「国家が私たちに何をした?」という姿勢が生まれても良い時期だろう。 

 

自分を殺す代わりに、国家を殺す。

 

そういうある意味プリミティブというか、自然な政治的態度に戻る可能性があるのではないかと思う。統治がダメダメな今こそ。

 

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昔の米騒動的な事件が置きてもいいと思うんだよね。フランス革命みたいにギロチンにかけなくていいから、皇室とか議員宿舎、NHKとか東京電力、都心の豪邸を襲撃して、金品奪ってひゃっはーしたり。Ustreamでそれ配信したり。まあ警察システムが発展した現代では難しいかもしれないけど。

 

いずれにせよ日本人は内的な怒りをかなーり深く蓄えこんでいるので、いつか暴発すると思っている。今は限界までバネが縮んでいるような状態だ。適度にヴェントしなければいけないのに、現在の政治ではそれができていない。

 

「もし社会が危険な状態にあるならば、それは人の攻撃性のためではなく、個人の中の私的な攻撃性が抑圧されているためである」(人間の攻撃心/アンソニー・ストー)

 

 

私が日本の未来について楽観的なのはそういった理由による。結局、国家が死んでも民衆は生き続けるんだから、日本は死んでいいんだよ。

 

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