齟齬

社会とマイノリティの「齟齬」を描く御厨鉄のブログです。

30歳、年収1億です ←これ

「30歳、年収1億です」なんて言う奴がいたらムカつくな、と今日風呂に入りながら思った。

 

そういう人が一定数存在するのはわかってるし、それ自体がイラつくのではない。人づてで、「あの人ただのフリーターに見えるけど不動産で月に1000万円儲けてるみたいよ」なんてのは、ぜんぜんよろしい。立派なもんだなー、と思う。

 

ただ相手が自分から「俺一億稼いでっけど?」とか言ってきたらムカつくなーということだ。

 

なぜムカつくか。

 

一億稼げるのは自分の能力ではない

東大に入るのは才能も必要だが大部分は親の教育資本による。東大に合格した奴の親の年収は高い。そして親の教育意識が高い。当たり前だが見落とされがちなことだ。

 

受験はよく言われるほど平等ではない。平等なのは試験当日の試験会場だけだ。そこに至るまでの道は驚くほどの差がある。

 

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予備校に通えなかった者、地元の高校を受験しなければならなかった者。そもそも大学に通う必要性を親に教えられなかったり、大学進学に積極的ではない親がいる。筆者は底辺高校卒なのでこのことがよくわかるが、たぶん進学校出身の人にはまったく理解できないと思う。

 

このように平等と見られる「学歴」についても、実は両親の経済収入や社会的地位、家庭における文化資本や教育資本の及ぼす影響が大なのである。

 

社会に出ても同様である。だいたい人生イージーモードの奴がいて、ハードモードの奴がいる。「1億稼いでます」なんて奴はだいたいがイージーモードなのである。

 

私の大学の知人は某財閥系企業の社長の子息だったが、キャバクラで一晩で100万円使ったあげく、親に「その程度で偉ぶるな。1000万円使ってから自慢しろ」とたしなめられたという。そんな奴が社会で「負ける」可能性があるだろうか。

 

平等という資本主義イデオロギー

資本主義社会は平等をアピールしている。だれにでもチャンスがあるとしている。なぜそんな幻想をこしらえたかといえば、チャンスを掴むために一生懸命働いてほしいからである。

 

私たちは「だれでも成功者になれる」という幻想に駆り立てられている。未来のビルゲイツやスティーブジョブズになれると信じている人もいるだろう。しかし人類の99.999...%は彼らほど稼げない。どれだけ“ビジネス書”を読んでも無理。

 

少なくとも、私たちは「いつか成功できるだろう」と漠然と信じている。でもたぶん95%以上の人は、それなりの労働者として、それなりの人生を送って、ろくに成功せず、何も為せず、金も稼げずに死んでいくだろう。それが現実である。

 

「平等」がまやかしで「成功」が特殊な人だけに用意されたものであるなら、私たちはどうすればいいのか? ポルシェやタワマンが永遠に手に入らないとしたら。

 

第一に、「成功なんていらね~」と仙人モードになることである。田畑を買って自給自足で生活したり、月に10万円だけバイトで稼ぐ、または不動産で稼いでそれで生活したり、何千万円か貯金したらリタイア生活を送るのがそれである。

 

第二は、「成功を俺にもよこせ!」と革命家になるパターンである。自民党つぶせとか経団連つぶせ、官僚つぶせ、そういう既得権益を潰してある程度フレキシブルな社会を実現するのでもいいし、成功者自体が存在しない共産主義を目指すのでもいいと思う。

(ちなみに私のブログを読んでいる人は私が左翼思想を持ってると思ってるかもしれないが、私はマルクス主義者でも社会主義者でもない。哲学としてのマルクス思想は好きだけど)

 

で、この第一第二、どちらの傾向も社会の支配者層には都合が悪い。第二については自明だ。第一が悪いのはなぜかというと、労働者が怠惰になるから。エスタブリッシュメント層の贅沢な暮らしは、すべてが労働者の成果を剰余価値や税という形で吸い上げることによって成立している。したがって、労働者が働かなくなったらすべてがパーなのである。

 

労働者に「いつか成功者になれる!」という夢を見させることであくせく働かせることが可能になってるのだ。

 

ようするに「ぶらさげられたニンジン」。

 

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そんなわけで、「機会平等」ってのは「経済合理的」であり、「政治の安定」に寄与するきわめて資本主義的な概念なのである。

 

1億円ボーイに嫉妬は無用

1億円ボーイに話を戻そう。


結局、この社会は不平等だ。1億円ボーイは、1億円ボーイとなるべく生まれた。私は私として生まれた。嫉妬する必要も焦る必要もない。私はすでに私としてがんばってるし、ベストを尽くしているのだから。

 

1億円ボーイが「あ? 俺っち一億稼いでっけど?」みたいなことを言ってきたら、彼は「平等幻想」にとらわれているのである。したがってそういう奴を「うぜー」と思うのは嫉妬感情ではない(ボーイはそうとらえるだろうが)。傲慢や無知を憎む健全な感情なのである。

 

「どうして成功できないんだろう」と悩むよりは、「どうせ成功なんてできねーよ」と開き直った方が精神的に解放されるよ、ということだ。