齟齬

社会とマイノリティの「齟齬」を描く御厨鉄のブログです。

日本人はなぜ嘘つきか―アル中家庭との類似点

○○○のいる国家では、「事実の否定」が国民全員の心の巨大な部分を占めている。国家○○○の団体がいるというのは、比喩的に言うならば、リビングルームに恐竜が居座っているようなものである。外国の人間から見れば、そんな巨大なものがそこにいるのは歴然としており、とても無視できることではない。だが国民はその化け物に対してなすすべがなく、その無力感から、そんなものは自分たちの国では問題ではないことにしてしまう。それが彼らにとって、国民が共存できる唯一の方法だからである。そういう国家においては、「嘘」、「言い訳」、「秘密」が空気のように当たり前のことになっており、それが若年層に計り知れない情緒の混乱を引き起こす。

「○○○」には好きな言葉をいれよ。「ヤクザ」とか、「腐敗警察」、「世襲政治家」、「利権を貪るだけのマスコミ」、「政権を左右するカルト宗教」、「国を思うまま操る官僚」などなど……

 

自分たちを〝ノーマルな国家〟のように見せかけようとする国民の態度は、とりわけ若年層の心を歪めてしまう。なぜなら、若年層は生まれつき自然なので、国家のことについては当然疑問がわくが、そういう自分の感覚を無理やり否定しなければならないからだ。自分が感じたり考えたりしていることと違うことを絶えず自分や他人に言っていなくてはならない状態では、自分に対する信頼感を育て、自信ある人間となることは不可能である。その若年層の内面には無意識のうちに罪悪感が生まれ、自分が人から信用されるかどうかの自信が持てない。その感じは成長するとともに続き、その結果、自分のことを積極的に人に話したり、自分の意見を自由に述べたりすることを尻込みしがちな人間になる。○○○を持つ若年層の多くは、外見はともかく、内面は悲痛なほど内気である。

 

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上記の文章は、スーザン・フォワードの「毒になる親」からのパロである。太字が改変部分。

 

原文から、下記のように変換している。

  • 家庭→国家
  • 家族→国民
  • 家→国
  • アルコール中毒→○○○
  • 外部の人間→外国
  • 子供→若年層 

 

アル中家庭を持つ子どもと日本人はよく似ている

私はスーザンの記述にある「子ども」と、現代日本人の合致を見つけたときに、たいへんスカッとした。

 

ああ、日本人が「嘘つき」で、「内気」なのは、毒親がいるからだ。そして素朴な日本人たちが、ダメ国家にいながら現実から目を逸らし、「ぼくらの国は悪くない」「それどころか、優れている」なんて喜んでいるのは、リビングに恐竜がいるような国だからなんだな。

 

国家と家族のメンタリテを簡単にあてはめることはできないだろうけど、個人的にはとても見事に合致していると感じた次第。 

 

原文

アルコール中毒者のいる家庭では、「事実の否定」(一章を参照のこと)が家族全員の心の巨大な部分を占めている。家にアルコール中毒の人間がいるというのは、比喩的に言うならば、リビングルームに恐竜が居座っているようなものである。外部の人間から見れば、そんな巨大なものがそこにいるのは歴然としており、とても無視できることではない。だが家族はその化け物に対してなすすべがなく、その無力感から、そんなものは自分たちの家にはいないことにしてしまう。それが彼らにとって、家族が共存できる唯一の方法だからである。そういう家庭においては、「嘘」、「言い訳」、「秘密」が空気のように当たり前のことになっており、それが一緒に暮らしている子供に計り知れない情緒の混乱を引き起こす。

自分たちを〝ノーマルな家〟のように見せかけようとする家族の態度は、とりわけ子供の心を歪めてしまう。なぜなら、子供は生まれつき自然なので、家のことについては当然疑問がわくが、そういう自分の感覚を無理やり否定しなければならないからだ。自分が感じたり考えたりしていることと違うことを絶えず自分や他人に言っていなくてはならない状態では、自分に対する信頼感を育て、自信ある人間となることは不可能である。その子供の内面には無意識のうちに罪悪感が生まれ、自分が人から信用されるかどうかの自信が持てない。その感じは成長するとともに続き、その結果、自分のことを積極的に人に話したり、自分の意見を自由に述べたりすることを尻込みしがちな人間になる。アルコール中毒の親を持つ子供の多くは、外見はともかく、内面は悲痛なほど内気である。