齟齬

社会とマイノリティの「齟齬」を描く御厨鉄のブログです。

日本の製造業はなぜ発展したか―反共の防波堤

「japanese factory 1960」の画像検索結果

日本の製造業はなぜ発展したのか。

そしてなぜ今落ちぶれているのか。

それを整理したい。

 

 

 なぜ中国はハイエンドの製造技術移行が日本よりも遅れているのか? 中国がローエンドの製造業からハイエンドの製造へと移行するために日本から何を学ぶべきか?

Why is China much slower on transition to high-end manufacturing than Japan?What should China learn from Japan to make a faster transition from low to high-end manufacturing? - Updated 2017

 

という質問に対するMartin Basinger氏の回答。

Martin氏は丸紅商事に勤めるドイツ人。イェール大学卒。

この人の回答はほんとうに切れ味が鋭い。

 

君の質問は、根本的な想定がまったく間違っている。

世界中で売られているすべてのハイテク製品は日本ではなく、中国で製造されたものだ。中国はこれまで迅速な成長を達成してきた。そしてもはや日本の助けはいらないだろう。

日本は良い手本にならないと私は思う――彼らは自ら変革を起こしたわけではない。単に第二次大戦後、アメリカからすてきな贈りものをもらっただけだ。なぜならアメリカは、日本を共産主義に対する経済的に強固な「壁」とする必要があったからだ。

現在、日本にどれほど富が残っているかを確認してほしい――日本人は他に類を見ないほど借金を積み重ねている。どれほどドラスティックな措置を施しても経済が好転するようには思えない(アベノミクス=かつてない量的緩和政策)。

そして彼らは危険なかつてのイデオロギー(優越主義)に戻ろうとしている。基本的に日本は、世界を危険をもたらすクレイジーカルト(日本会議/創価学会)に支配されている国だ。

 

日本は、世界を危険をもたらすクレイジーカルト(日本会議/創価学会)に支配されている国だ。

……笑ってしまった。たしかにそうだ。

 

「反共の防波堤」として米国によって技術提供・資本投下されたというMartin氏の意見は、けっこう一般的なものだと思う。当時のアメリカの最大の脅威は共産主義であり、ソ連だったわけで。

冷戦終結とだいたい同時期に日本経済が崩壊したのは、なんとも象徴的である。

 

もうひとつおもしろい回答があったので翻訳。世界旅行者のRobin Daverman氏。

 

日本は60年代、ローエンドの商品を製造していた。ハイエンドの製造を開始したのは70年代で、90年代にはローエンドの製品を止めた。一方で、中国は今日いまだにローエンド製品の製造が中心だ。

もし日本がしたような取引をすれば、君もハイエンド製造者になれるよ。君は即座になれる。

日本で早期に起きた工業的成功は、造船業だった。1965年、世界で製造される船の6割を日本が製造していた。なぜこんなことが起きたかわかるだろうか? アメリカの造船業者であるNBC(National Bulk Carrier Co.)が取引をしたのである。呉の旧海軍工廠の一時的な使用の代わりに、日本の造船会社による製造技術への無制限なアクセスを認めた。「ぼくたちの技術をすべてあげるから、君の裏庭を二年使わせてもらえないか?」てなものである。

日本の自動車産業がどのように始まったか知ってるだろうか? 始まりは朝鮮戦争中のアメリカ軍による「特殊車両の調達」だった。ドイツとオーストリアが敗北した後には、例えば塩基性精錬炉のような彼らの科学的進歩は、アメリカやその同盟国である日本にとって「だれでも無料」になった。このことが、日本が製鉄業や自動車産業でリーダーとなった理由だ。

しかし日本が楽しんだもっとも持続的な工業的利点は、不平等な市場参入にあった。米企業による日本市場への参入が厳しく制限される一方で、日本企業は無制限にオープンな米市場にアクセスすることができた。外国企業が日本市場にアクセスする本当に唯一の方法は、技術移転しかなかった。フェアチャイルドが日本企業のNEC半導体製造の鍵となる平面プロセスをライセンス契約したのはそのためである。NECはその技術を他の日本企業にライセンスすることで、日本の電機製造が開始された。

私が最近確認したところでは、米政府はCiscoやHP社の中国市場へのアクセスを制限しながら、Huaweiに米市場に無制限な参入を許していない! 米国はHuaweiを完全に禁止するか、平等な市場参入を要求しているのである。

日米間のこれらすべての技術移転は、無名の発明家の特許ではなく、よく知られた市場の最先端の工業部門のものであり、このように渡されたのである。だから、日本の成功は米国やドイツといった「巨人の肩の上に乗」っていたからだ。中国は一方で、工業化を1956年にソ連との156の工業化プロジェクトによって開始した。中国は農業国であるから、この知識移転は農業に関係する石炭、鉄鋼、肥料製造といった産業に重点が置かれていた。Wikipediaを参照せよ(History of science and technology in the People's Republic of China - Wikipedia)。

朝鮮戦争の後、西洋諸国は中国との禁輸を完全に解いたことは一度もない。今なお中国には技術移転の規制が非常に厳しく、今日中国が持つものは、開放された市場から購入したものか、それをコピーするか、あるいは自分で発明したものだ。

中国が独自のIC(集積回路)をはじめてつくりあげたのは、中国人の科学者が弱酸を用いて層を少しずつ溶かし、各層の回路図を手書きするというものだった! 単に技術移転されるよりもずっと難しいことがわかるだろう。

 

*造船技術については日本財団図書館(電子図書館) 「日本造船学会創立100周年記念講演」報告(日本造船学会誌821号記事抜粋)を参照。

cisco: 世界最大のコンピュータネットワーク機器開発会社。

 

中国人のICの研究努力は涙ぐましい。プロジェクトX並だな。

 

総括 

製造業は米国の技術移転によるものが大きいと指摘されている。これらは、ある程度の説得性はあると思う。

無論経済成長の要因はそれだけではなかっただろう。例えば自動車エンジンは、戦時中の技術の応用でもあったわけだから。飛行機が作れなくなったので自動車の開発をした……というのはそう突飛な話しではない。あと、ニコンのカメラも戦時中の技術応用だよね。「国民の勤勉性」というのも、ある程度はあるだろう。

 

まあしかしこうしてみると、日本が今後経済的に復活する見込みは、薄いような気がしてくる。少なくとも自力での経済的発展は難しいのではないか。

米中関係が険悪になれば、ふたたび米国による「防波堤」としての復活も可能になるのではないか。いわば「地政学的な資源」。いずれにせよ、それも延命措置、ドーピングでしかないが……。

 

参考資料

この10年で、日本の国際競争力は低下

製造業の国際競争力の推移

国際競争力を「収益率(売上高営業利益率)×世界シェア(売上高シェア)×100」として計算 Canon作成

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タブレットスマートフォンのシェア。日本企業はソニーのみ 

 

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自動車のシェア。1980年頃と現在では大きな差がある。