齟齬

社会とマイノリティの「齟齬」を描く御厨鉄のブログです。

DINKsは合理的である

出産は非効率的である

 

DINKsという新しい夫婦の形がブームである。

DINKsってどうなのか? という点を考察してみたい。

 

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《子どもの遊戯》ピーデル・ブリューゲル 1560年

DINKsとは何か

Double Income No Kids(2収入、子供なし)の頭文字。ようは「子どもを持たないことを意思する夫婦」のこと。

 

さいきん、「合理的な結婚」というDINKsを目指す女性の漫画が話題になった。(スピネル

 

登場人物の女性は、仕事に専念したいがために子どもを持たないのだという。彼女の場合、チャイルドフリーの思想に近い。

 

DINKsのもととなる思想としては、「反出生主義」「チャイルドフリー」があげられるだろう。

 

それぞれ、

 

反出生主義:子どもを産むことを倫理的に悪だとする

チャイルドフリー:子どもがいない方が人生を充実できる・社会貢献できる

 

と言った意味である。

 

この双方とも妥当性はあるように思われる。  

こどもをもたない倫理的妥当性

反出生主義の倫理的な主張は、以下のデイヴィッド・ベネターの主張が代表的である。

生まれてくることはその本人にとって常に災難であり、それゆえに子供を生むことは反道徳的な行為であり、子供は生むべきではない

これはかなり倫理的妥当性を持っている。

 

私たちの人生は幸福か不幸か。これは人によって考え方は違うだろうが、一般的に聡い人ほど不幸であると感じるだろう。

 

大人が子どもをつくることは、子育てをしてみたいとか、将来介護して欲しい、財産や遺伝子を継いでほしいといった、自己中心的な理由であることをベネターは指摘する。これもそのとおりだろう。否定しようがない。

 

彼は続けて、人類の理想的人口はゼロ、つまり我々はゆるやかに絶滅すべきだとしている。

 

 

過激な主張だが、「最低不幸社会」はすなわち人類絶滅といえるかもしれない? これも論理的には否定しようがない。

子どもの役割と経済性

アンシャン・レジームの家族は、現代とかなり違っていた。

「ポーラン夫人は、重々しい顔つきをして宗教的な調子で、わたくしのことばをこうさえぎりました。
――大家族というのはいつだって美しいものですわ。わたくしの家族も美しい家族でした。子どもが十一人おりましたから。
――皆生きていらっしゃるのですか?
――わかりません。
――何ですって、わからないですって?
――ええ、わからないのです。十歳にもなると、子どもたちはすぐ家を出て行き、あとの養育は奉公先の主人にまかされてしまったので。その後二度と会ったことはありません。ですから、わたくしは兄弟姉妹のうち六人しか知りません。

(フィリップ・アリエス「教育の誕生」より)

今日ほとんどの人には忘れ去られているが、かつて子どもは「経済的」なものであった。

 

今でも発展途上国では子沢山だが、それは子どもが経済的な助けになるからである。

 

子どもは6,7歳となれば働きに出る。家内工業やより小さな子どもの世話にかかせない労働力となる。子どもを丁稚や奉公人として売り出すこともあった。子どもを産むことは何よりも経済合理的だったのである。

 

子どもが経済的にマイナスとなったのは、近代的なシステムが誕生してからである。子どもに十五歳頃まで「義務教育」が施され、児童労働が禁止となった。教育が生まれると、学歴社会が誕生した。親たちは子どもがエリートとなるように、多額の資本を投入するようになった。子どもたちは極端な場合30歳頃まで教育を受けることになる。

 

子どもは金を産むのではなく、金のかかる存在となった。

 

子どもは黄金ではなく、負債として出生するようになったのである。

 

子どもを産むことは合理的ではなくなった

このような社会では、子どもを産む必要性は希薄だ。

 

経済合理性に反することはもちろん、父親は家庭の主権を奪われ、母親は子育てに専心しなければならない。理想的な人生を子育てとは別のところに見つけるのはむしろ必然であると考えられる。

 

日本においては、子どもの教育が非常に大きなコストがかかる上、教育格差による収入差が大きい。たとえば子どもを中卒や高卒で働かせることは、子どもを低賃金労働者とすることを意味する。

 

貧しい無教育の子どもを作るか。大金をかけ、夫婦の生活を犠牲にしながらもエリートの子どもを作るか。

  

めんどくせー、産まない! 

 

この第三の選択肢は、実に合理的である。したがって、DINKsは自然な形態だし、今後も増加してゆくと思う。

 

先に見たとおり、DINKsは子どもを家庭の中心にしたくないという考え方であり、それは近代以前ではふつうの価値観であった。DINKsは「新しい家族の形」というより、夫婦が家庭の中心となる「本来の家族への回帰」とも言えるのではないかと思う。

  

少子化対策には金をつぎ込むべし

少子化対策は単純である。

「子どもを産むことが経済合理的である」ような社会になれば良い。

そのためには、教育費に税金を回すことだ。

 

OECD28か国の2005年の全教育段階の公財政支出におけるGDP比

日本はもっとも教育に税金を回さない国である。ちなみにスペインでもDINKsは流行しているようだ……。

 

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日本はもっとも教育に金のかかる国のひとつである( ガベージニュース(旧:過去ログ版