齟齬

社会とマイノリティの「齟齬」を描く御厨鉄のブログです。

奴隷は救われようとしない――「賢人と馬鹿と奴隷」

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「日本の国民性」は「従順な奴隷性」でしかない。

 

 

「温和で生真面目で勤勉」という国民性は、どれも「優れた奴隷性」の要素である。

 

そのような国民性が明治維新以降、日本がnation-state化する上ででっち上げられた。

 

しかし、奴隷は目を覚まさない。奴隷状態は「ここちがよい」のであって、奴隷は奴隷でいたがるものである。

 

昨日、たまたま魯迅の「賢人と馬鹿と奴隷」を読んで、そのことをとても上手に描写していると思ったので紹介する。中国国民の愚かさを嘆いた魯迅の文章を読んで欲しい。(別サイトからの孫引きだが、不自然な部分は訂正している)

 

魯迅 『賢人と馬鹿と奴隷』 (1925年12月26日)

訳 竹内好

奴隷はとかく人に向って不平をこぼしたがるものであります。何かにつけてそうですし、またそうしかできないのです。ある日、彼はひとりの賢人に行きあいました。
「先生」と、彼は悲しそうに言いました。涙が糸のようにつながって、眼のふちから流れ落ちました。「あなたはご存じでしょう。私の暮らしは、まるで人間の生活ではありません。食べるものといったら、一日に高粱のカスばかり、犬や豚だって食べたがりません。おまけに、小さな椀にたった一杯.....」
「まったくお気の毒だね」賢人も、痛ましげに言いました。
「そうですとも」彼は、愉快になってきました。「そのくせ、仕事は昼も夜も休みなしなんです。朝は水汲み、晩は飯たき、昼は使い走り、夜は粉ひき、晴れれば洗濯、雨降りゃ傘さし、冬は火燃やしで、夏は扇ぎ、夜中の御馳走つくり、御主人は麻雀、おこぼれどころか、貰うものは鞭だけ......」
「まあまあ.....」賢人は、ためいきをつきました。眼のふちが少し赤くなって、いまにも涙がこぼれそうです。
「先生、これではとてもつづきそうにありません。ほかに何とかやり方を考えないことには。でも、どんなやり方がありましょう....」
「そのうちよくなるだろう」
「そうでしょうか。そう願いたいものです。でも、私は、先生に悩みを打ち明けて、同情して頂いたり、慰めて頂いたりしましたので、すっかり気が楽になりました。まったく、お天道様は見殺しにはなさらないものですね.....」

けれども二、三日たつと、彼には不平が起こってきました。そこで例のように、不平を訴える相手を探しに出かけてゆきました。
「先生」と、彼は涙を流して言いました。「あなたはご存じでしょう。私の住んでいるところは、豚小屋よりももっとひどいのです。主人は私を、人間あつかいしてくれません。私より狆ころの方を何万倍もかわいがっています......」
「唐変木!」と、その人は、いきなり大声でどなったので、彼はびっくりしました。その人は馬鹿でありました。
「先生、私の住んでいるところは、ちっぽけなぼろ小屋です。じめじめして、まっくらで、南京虫だらけで、眠ったかと思うとたかってきて、やたらに食いまわります。むっと鼻をつくように臭いのです。四方に窓一つあいていません.....」
「おまえの主人に言って、窓を開けてもらうことができんのか」
「めっそうもない」
「それじゃ、おれを連れて行って見せろ」
馬鹿は、奴隷のあとについて、彼の家へ行きました。そしてさっそく、家の外から泥の壁をこわしにかかりました。
「先生、何をなさるのです」彼はびっくり仰天して、言いました。
「おまえに窓を開けてやるのさ」
「いけません。主人に叱られます」
「構うものか」相変わらずこわしつづけます。
「誰か来てくれ。強盗がわしらの家をこわしているぞ。早く来てくれ。早く来ないとぶっこ抜いてしまうぞ.....」泣きわめきながら、彼は地面をのたうちまわりました。
奴隷たちがみんな来ました。そして馬鹿を追い払いました。
叫び声をききつけて、ゆっくり最後に出てきたのが、主人でありました。
「強盗が、わたくしどもの家を毀そうといたしました。わたくしが、一番はじめにどなりました。みんなで力を合わせて、追っ払いました」彼は、うやうやしく、勝ち誇って言いました。
「よくやった」主人は、そう言ってほめてくれました。

その日、大勢の人が、見舞いにやって来ました。賢人もそのなかにまじっていました。
「先生、今回は私に手柄があって、主人がほめてくれました。このまえ、先生が、きっといまによくなると言ってくださったのは、ほうとうに、先見の明で.....」
希望に満ちたように、彼は朗らかにそう言いました。
「なるほどね.....」賢人も、お陰で愉快だといわんばかりに、そう答えました。

奴隷は楽で快適である

ちょっとピンとこなかったかもしれない。 訳者である竹内好は思想家でもあるのだが、優れた解説を書いている(「近代とはなにか」より) 

 

魯迅はヒュウマニズムを(そして一切のものを)拒否した人だ。かれが賢人を憎んでバカを愛したことはたしかだが、それは別々のものではなく、賢人を憎むことがバカを愛することであった。……

 

バカがドレイを救おうとすれば、かれはドレイから排斥されてしまう。排斥されないためには、したがってドレイを救うためには、かれはバカであることをやめて賢人になるより仕方がない。賢人はドレイを救うことができるが、それはドレイの主観における救いで、つまり、呼び醒まさないこと、夢をみさせること、いいかえれば救わないことがドレイには救いである。……

 

だから、このようなドレイが呼び醒まされたとしたら、かれは「行くべき道がない」「人生でいちばん苦痛な」状態、つまり自分がドレイであるという自覚の状態を体験しなければならない。そしてその恐怖に堪えなければならない。もし恐怖に堪えきれずに救いを求めれば、かれは自分がドレイであるという自覚さえ失わなければならない。いいかえれば「行くべき道がない」のが夢からさめた状態なので、道があるのは夢がまだつづいている証拠である。

 

ドレイが、ドレイであることを拒否し、同時に解放の幻想を拒否すること、自分がドレイであるという自覚を抱いてドレイであること、それが「人生でいちばん苦痛な」夢からさめたときの状態である。行く道がないが行かなければならぬ、むしろ、行く道がないからこそ行かなければならぬという状態である。かれは自己であることを拒否し、同時に自己以外のものであることを拒否する。それが魯迅においてある、そして魯迅そのものを成立せしめる、絶望の意味である。

……そこにはヒュウマニズムのはいりこむ余地はない。 

 

奴隷であることは楽であり、安逸である。

 

奴隷である以上命は保証されている。毎日の衣食住に必要なものは無償で提供される。毎日すべきことも山ほど与えられている。そして彼らには、奴隷という境遇に同情してくれる人(賢人)も、「解放」という刺激的な夢も与えられている。実に奴隷にとって、奴隷であることは、手放し難い安逸なのである。

 

賢人はかつてのバカだった

竹内の以下の記述は、実に興味深い。

バカがドレイを救おうとすれば、かれはドレイから排斥されてしまう。排斥されないためには、したがってドレイを救うためには、かれはバカであることをやめて賢人になるより仕方がない。

バカと賢人には連続性があるのである。賢人もはじめはバカだった。バカは奴隷を真に解放しようとしたが、奴隷はそれを求めていないことを次には知った。そのとき彼は「賢人」になるのである。

 

魯迅の「賢人と馬鹿と奴隷」はいかに奴隷解放が困難かをリアルに描いている。そしてそのことは、日本社会にもそのまま適合できるのである。

 

今日のお話はちょっと難しかったかもしれないが、知っておくべきことである。