齟齬

社会とマイノリティの「齟齬」を描く御厨鉄のブログです。

日本人の「優れた国民性」は即ち「優れた奴隷性」である

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優秀な日本人=優秀な奴隷 である。

 

実に日本人ほど「日本人であること」に縛られている人はいない。

 

日本人はマジメだ……

日本人は時間を守る……

日本人は礼儀正しい……。

 

これらは「国民性」と言われている。

日本人ならだれでもそういう性質がある、とよく言われる。

 

こういった「ジャパニーズ・スタンダード」は私たちの生活を規律している。

待ち合わせの五分前にはいかなければ、

風邪ぐらいで休んではいけない、

上司に反抗してはいけない、

といった規範は、無意識的に私たちを支配している。

あるいはそれらを守らないと実効的に強制されることもある。

 

しかしこういった日本人像は本当だろうか? 

それは私たちの本当の「生まれ持った」性質なのだろうか。

私たちは日本人である前に人間ではないのか。

そして、人間とはずっと個人の多様性のある生き物のはずである。

 

会社員の中には――ほとんどは内心そう考えているだろうが――会社の飲み会が嫌いな人がいる。

サービス残業をしたくない人がいる。

仕事よりも家庭を重視したい人がいる。

パワハラが許せない人がいる。

 

しかし、ほとんどの人がそれに基いて行動することはしない。

なぜか。

それは怖いからである。

 

考えてみて欲しい。

会社の飲み会を断り、仕事を「効率的に」処理して、17時に退社し、パワハラサービス残業の強制には積極的に訴訟を行うような人。

このような人がどうなるだろうか? 10年後も同じ会社に勤めているだろうか? 

少なくとも日本では、そのように想像することはできない。

 

彼は日本以外の標準的な労働者の姿である。

つまり「自分で物事を考え、自分で主体的に行動する」ごく普通の近代人である。

しかし彼らは、日本人の会社から迫害を受け、追放され、

さらにひどい場合は、日本社会からも追放される身となるだろう。

 

日本人は、「仕事が好き」ではない。「命令に忠実」ではない。

そこには積極的な自分の意志が欠けている。

ただ外圧に屈しているだけである。

恐怖と抑圧に負けて、自分を歪めているのである。

 

労働奴隷となっているだけである。

 

言うまでもなくそういった労働奴隷は、国家や企業にとって都合がよい。

勤勉で時間を守り組織に忠実で目上の人間に歯向かわない……

この「国民性」は、実に支配に都合がいい。

 

そして権力者は、奴隷の目がさめたり、さらに反旗を翻したときに、簡単にそういった奴隷を追放することができる。それは権力によって行うことが法的に可能だが、放っておいても勝手に自滅する。なぜというに、自己を失った奴隷たちにとってもっとも憎いのは、自己を確立した者だからである。

 

「日本人の国民性」とは、でっち上げられたものである。

都合のいい奴隷をたくさん生みだすための洗脳である。

それを外部に誇ることは、奴隷が首輪を自慢しているのと寸分違わないのである。

 

 

 

だれかが言うかもしれない。

丸山眞男の日本人論では~~山本七平は~~などと。

そういうくだらないものを信じているから騙されるんだよ、君は^^