齟齬

社会とマイノリティの「齟齬」を描く御厨鉄のブログです。

日本はなぜweeabooのようなバカ外人に過大評価されるのか

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「すばらしい国日本」という幻想がでっち上げられている。

 

 

Weeabooとは何か

Urban Dictionary: Weeabooを見てみよう。

 

自らの文化を誹謗し、自分自身のことを日本人と称する非日本人のこと。彼らはアニメを通じて日本語を学習しようとする。通常発音は間違っており、完全なバカに見える。

 

注意:非日本人は自分の文化と断絶せずとも、日本文化を好きになること、アニメを観ること、日本語を話し、文化を尊重することは可能である。そのような人はWeeabooやjapanophileとは異なる。

 

日本、日本文化、アニメ等に取り憑かれた人。自らを日本人であるかのように演じているが、日本人からはかけ離れている。彼らは日本語を用いるが、通常発音は間違っており、完全にケツの穴のようである。それらのオカマ野郎は、ガイア・オンラインの掲示板にぎっしりいる他、スーパーの輸入品コーナーをうろうろしていたり、地元の書店の漫画コーナーで密集しているのを確認できる。wapaneseの類語。

 

自分のことを日本人と考える、またはそうであることを望む非日本人のこと。しばしばgeekと対応する日本語の「otaku」と混同されやすい。「otaku」という単語はアニメに取り憑かれていることを意味するが、weeabooはそうではなく、アニメだけではなく日本文化すべてに取り憑かれた者を指す。彼らは英語の文章の中に日本語を混ぜることで知られていて、社会からとても嫌われている。

なぜ日本オタクは負け犬なのか 

・来日する外国人は頭の悪い「負け犬」や「オタク」ばかりである。

・彼らは日本を過大評価している。「日本が好きな自分が好き」だから。

 

日本在住のドイツ人Martin Basinger氏によればそうであるらしい。

 

 Quoraの質問である、「西洋人の多くがチベット人や日本人のような国に感情的に”帰化”した非西洋人に対する厳しい質問には敏感なのはなぜか?」というような質問に対するMatin氏の回答を引用する。

 

その理由は、低い知性と教育レベルの西洋人は、外国の思想や物事、国民を、「同僚に差をつける自動車」のように扱う傾向があるからである。

 

彼らは「武士道は1900年頃発明された」というような実際の歴史や事実には興味がなくて、武士道という言葉を知っている人間のように自分を飾り立てることに関心があるのだ。

 

ほとんどの人がそのことを否定するとしても、それは優越感を持つための方法に過ぎない。例えば、次のような嫌なヤツがいる。

 

「ああ、君はまだ西洋薬を使ってるんだね?ぼくは漢方薬を使っているよ、これはずっと優れていて、だからぼくは君より優れている」

 

「いぇい、ぼくは日本に住んでいたけど日本人は地球上でもっとも礼儀正しい国民だよ、そして彼らは「武士道」精神を生きている、うんたらかんたら」

 

これを聞いている人には、日本人は礼儀正しくないし、武士道を生きてなんかいないといった事実をもって誤りを正すことができない。なぜなら彼らはそんな情報を持ってないし、気にもかけていないからだ。

 

当然だが、外国の概念を適応して自分をよく見せようとする人は、その概念への批判は受けいれることができない――それは優れていなければならない、だから「俺達は」優れている、というように。

 

東アジアの国々は唯一神話と迷信が根絶されていない国々だ。しかも国民はそれらを同じく信じているから、西洋人にとって専門家に指摘される恐れなく使用することのできる「神話的」な情報の最良の源なのだ。

 

これが日本文化のとても多くの間違った神話が除去困難な理由だ。たとえば「サムライ」は気高い人だった、「カラテ」はすごい、「指圧マッサージ」はすごい、「漫画は実際芸術だね」などなど……

 

この傾向はよくわかる。

 

「日本が好きな自分が好き」なバカ外人

日本では、「ヨーロッパかぶれ」、「アメリカかぶれ」は珍しくない。

 

彼らは外国についての文化理解に乏しいにもかかわらず、権威を振りかざす。

 

「ドイツが好きな自分が好き」「アメリカが好きな自分が好き」であるに過ぎない。いわばアイデンティティに付加するファッショナブルな記号として利用しているのである。 

 

それと同じように、西洋人にも「日本好きな自分が好き」な人が一定数存在するということのようだ。

 

で、Martinはそういう人が誤謬から逃れられない理由を次のように説明している。

 

日本(または中国や韓国)では神話が根絶されていない。

 

つまり日本人もまた「ユニークで優れた国日本」という神話を信じている。

ネトウヨも日本好きの日本知らずである  

言ってしまえば、最近増えているような、盲目的な愛国心をもつ日本人もまた日本を理解していない「日本かぶれ」ということである。

 

結局、ネトウヨはそれ自身がWeeabooと変わらないのである。

 

ネトウヨとWeeabooが互いに共鳴しあって変な理想化された「世界一優れた日本」が醸成されている。

 

たとえば「武士道」はMartinが述べているように、明治政府が国民統制に発明したイデオロギーに過ぎない。

 

しかし多くの日本人は、「武士道」を日本人の精神性として認めているだろう。この認識レベルはweeabooやJapanophileと変わらない。

 

日本人は「日本が好き」「日本人が好き」と言われると、まるで自分のことのように喜ぶのである。日本人もまた幻想のなかにいるのだ。

 

このことは、日本に対する批判を受けいれることができないことにもあらわれている。

 

私たちは、「日本人」というアイデンティティによって「自分は優れている」と思いたいのである。weeabooたちのように。