齟齬

社会とマイノリティの「齟齬」を描く御厨鉄のブログです。

クリエイターとして食べるための「1000人の本当のファン」

クリエイターとして食べていくにはどうすればいいのか?

クリエイターとして成功するためには数百万も必要ではない。数百万ドルは必要ないし、数百万の客も必要ではない。

 

手芸家や写真家、音楽家、デザイナー、著述家、アニメーター、アプリ制作者、起業家、発明家として食べていくためには、君に1000人の本当のファンがいればいい。 (1,000 True Fans

 

9時5時の賃金労働生活は控えめに言って悪夢です(日本では9時9時や9時11時だったりしますが)。目覚まし時計や通勤電車を憎まない人はいません。

 

では、どのようにして悪夢から抜け出すのか。

 

もっとも人気のある方法は芸術家や音楽家のような「クリエイターになる」というものです。

 

でも、私たちのだれもが知っています。「バンドマンになる」と夢見る青年は失敗します。「アイドルになる」と夢見る少女は失敗します。「小説家になる」「芸術家になる」「漫画家になる」――これも救いのない低賃金労働者まっしぐら。

 

テレビに出るようなセレブ的大成功は夢物語です。

 

でも、現代ではもう少し「ゆるく」生計を立てることができるのではないか。そういう記事がありました。

 

Kevin Kelly氏の「1,000 True Fans」という有名な記事です。 感心したのでまとめていきます。原文は「The Technium」より。初版は2008年だが加筆修正されている。

 

Kevin氏はWIRED誌の編集長をしている人。環境活動家でもあるらしい。  

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by Thomas Downing / Red Bloom

1000人の本当のファンとは何か 

プロの読みやすい訳がネット上にあったのでどうぞ。→千人の忠実なファン(改訂版): 七左衛門のメモ帳

 

同訳ではtrue fansを「忠実なファン」としているが、私は「本当のファン」と訳しています。 

本当のファンの定義

まず本当のファンとはどのような人か。

本当のファンは、君の生みだしたものなら何でも買うファンを指す。

ようはどんなスランプ期の失敗作でも買ってくれるような熱狂的なファンのことです。

これらの不滅のファンは君の歌声を聞くために200マイル運転する。君の本の単行本とペーパーバック版、そしてオーディオ版を買う。彼らは君の無料のYouTubeチャンネルの「ベスト版」DVDを買う。

……もし君がそのようなファンをだいたい1000人持てば、君は生計を立てることができる――もし君が巨富を望まなければ。 

大金持ちにはなれないが、まあまあ食っていける収入は得られるということです。

なぜ1000人のファンで食べていけるのか

ただ、単に1000人の熱心なファンがいるだけでは食べていけません。

Kevinのあげる条件は二つ。

 

1000人のファンからそれぞれ100ドルほど利益を得ること。

そして中間マージンなしにすべてを収入にすること

 

本当のファンから年間100ドルの利益を得る。

君は本当のファンから、それぞれ平均して100ドル毎年稼がなくてはならない

さらっと言いますがこれはなかなか厳しい気がしますね。

 

1000円の電子書籍なら年に10冊書かなければいけない。まあ1冊1万円で売っても買うのが定義上の「本当のファン」ですが……。そう考えると月1000円の有料メールマガジンはいい商売ですね。

第二に、君はファンと直接的な関係を持たなければならない。つまり、ファンが君に直接支払うということだ。音楽レーベル、出版社、スタジオ、小売業者などの中間業者から数%の利益を得るのではなく。

中間マージンなしで利益を得る。これは有効な手段でしょう。

 

出版社やレーベルと契約する小説家や漫画家の印税は10%程度。音楽家はCDが売れても1%程度。これではよほど人気がでなければ食べていけない。芥川賞やナントカ賞の受賞者が勢いで会社を退職すると極貧生活を送ることが多いのは有名です。

 

しかし、中間業者をなくしてファンとの「直接取引」 であれば利益を100%自分のものとできる。

もし君がそれぞれのファンから100ドル得ることができれば、君が10万ドルを得るためには1000人いればよい。これならほとんどの家庭を養える。

1000人のファンを作ることは現実的である

もちろん数百万人のファンがいた方が良いが、それは現実的な道ではない。しかし1000人のファンは現実的だ。君は1000人の名前を覚えることさえ可能だろう。もし君が本当のファンを一日で一人得ることができれば、数年で1000人のファンをつくることができる。

……本当のファンを一日一人獲得するってなかなか難しいと思いますが。

本当のファンは生きるためには十分だが、彼ら一人につき二人か三人のふつうのファンがいるはずである。

 

中心にコアなファンがいて、その周囲に普通のファンがいる同心円を考えて欲しい。彼らは君の創造物をときどき買うか、あるいは一度だけ買うだろう。しかし彼らの気まぐれな購入は君の収入をあげることになるおそらく彼らは君の収入を50%あげるはずだ。

 

……本当のファンは君の収入の直接源となるだけではなく、普通のファンのマーケティング力ともなる。

本当のファンだけでなく、それよりもずっと多い普通のファンがいます。たしかに彼らが収益をかなり底上げしそうですね。

 

また、「本当のファン」はかなり強力なマーケティング力を持つでしょう。理論上はかなり安定した生活ができそうです。

なぜ現代はそのようなクリエイターが可能か?

なぜ現代ではクリエイターが食っていける余地があるのか。

ファン、顧客、パトロンはいつの時代も存在した。何が新しいのだろうか?  

かなり端折って記述します。

  • クリエイターが直接利益を得ることが可能になった
  • WEBでは商品がワンクリックで得られる

「商品を1000円で売って1000円の利益が得られる」。

 

これは前近代では当たり前のことでしたが、20世紀の小売業全盛期では出版社やレーベルによる搾取が生まれた。現代でも芸能プロダクションの奴隷となっている低賃金アイドルなんて山ほどいる。

 

また、諸個人がニッチな需要を満たすことが可能になった。例えば「テッド・カジンスキー」や「アナルコ・プリミティヴィズム」といったニッチなテーマも、検索すれば即座に調べることができる。

大企業や、中間業者、コマーシャルプロデューサーは、本当のファンを得るには向いていない。彼らはニッチな消費者や視聴者を得ることができないからだ。

 

君は百万人に一人のファンを得ることができる。 

大企業は膨大な数の大衆層を相手にします。なのでコアなファンを生みだすことは難しい。

 

一方で個人のクリエイターは、ニッチなニーズを持つファンにシフトした方がいいということみたいです。いわば隙間産業ですね。

1000人の本当のファンは、スターダム以外の代替的な成功への道である。狭く可能性の低いプラチナム・ベストセラー・ヒットやセレブを目指す代わりに、君は本当のファンと直接的なつながりを持つことを目指すことができる。

補遺:1000人ファンのメリット:有名人にならなくて済む

Kevin氏の記事の内容ではなく、コメント欄に書かれていました。意訳ですが。

 

「1000人のファン・パラダイムにはほかのメリットもある。君はどこに行こうと気づかれることなく、大衆に囲まれたりパパラッチに写真を取られることがない。」

 

あまり有名になりすぎるのも生活が不便ですね。

まとめ クリエイティブな生き方が少し現実的に

以上、Kevin氏の考えを見ていきました。

 

上記を読んで「よし、私も仕事を辞めてクリエイターになる!」と考える人はアホでしょう。

 

依然としてかなりハードな道のりです。1000人の本当のファンを得ることがどう考えても簡単ではないからです。

1000人の本当のファンを獲得することは時間を消耗するし、ときに神経を病むこともあり、万人向けではない。うまくすればそれはもうひとつのフルタイム・ジョブとなるだろう。

ただ、「クリエイターとして生きる」ことのハードルが下がったことは事実です(何とか肉眼で見えるくらいの高さに)。

 

少しずれますが、この「本当のファン」がもっともビジネス的に成功しているのは新興宗教やネット・ビジネス、あるいはアイドル・ビジネスなのではないかと思いました。

 

かつての「免罪符」を考えてもわかりますが、宗教は最強のビジネスです。同じような構造はネット・ビジネスにも存在します(イケハヤ教)。

 

まっとうな方法――マインド・コントロールを用いず、作品や商品の魅力だけで「本当のファン」を生みだすことは前途多難と言えそうです。

 

Kevin氏の記事にはどうやって1000人のファンを生むのか? という大事な記述が欠けています。その点についてはまた別の記事として書こうと思います。