齟齬

社会とマイノリティの「齟齬」を描く御厨鉄のブログです。

科学技術は資本主義に奉仕する

「技術は価値中立的だ」といわれますが、実際には資本主義に奉仕します。

 

技術(テクノロジー)は、言われるほどすばらしいものでしょうか。私たちを豊かにしているでしょうか。

 

自動車の誕生によって、私たちは足腰を弱らせメタボに悩まされます。グーグルマップのナビによって、地図を読む能力をなくしていきます。

 

技術が発展し続ける意味とはなんでしょうか。技術はほんとうに私たちを幸福にしているか。考えてみる必要がありそうです。

 

 

 

産業技術と資本主義

技術は私たちを豊かにしているのか、それとも?

 

アナーキストライブラリーのIain McKay氏のTechnology, Capitalism and Anarchism(技術、資本主義、アナーキズム)が興味深かったので、適宜引用していきます。

技術は使い捨ての大衆労働者を生産する

まず、産業技術が生みだしたものはなんだったでしょうか? 「便利で快適な世界」がやってくる以前に、それは第一に大量の使い捨て労働者を生産しました。 

 

資本主義は権力の不平等に基づく。したがって、技術はそれらの不平等を反映することは自明である。社会的真空では、技術は発展しないのだから。

 

技術によって利益を得る人と、それを普及する手段がない限りは、技術の進歩と普及はありえない。資本主義社会では、技術は富裕な権力者にとって有用であり、彼らによって普及している。

 

このことは、技術が労働者の技能を奪う資本主義産業社会を見れば明らかである。つまり、熟練の高価な職人から、容易に訓練され(容易に解雇できる!)「大衆労働者」に置き換える。あらゆる種類の労働者を使い捨てにするために、労働者の仕事に対する労力と、彼らが受け取る賃金のあいだの関係をコントロールする方法を、資本家は労働者から奪おうとしている。

 

工業が職人のような熟練労働者の手によっていた時代では、資本家と労働者は比較的対等な関係にありました。労働者がストライキをすれば、たちまち会社の存続は危うくなる。

 

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かつてのヨーロッパの職能集団「ギルド」の標章。ギルドは当時、かなりの自治権を有していた。

 

しかし技術の発展は、労働者を無能化していきます。かつて、自動車の塗装は職人たちの技術によって成り立っていました。しかし、現代の自動車工場の塗装係がストライキをしたとしても、たいしたダメージにはなりません。派遣会社などを通じて当面の人員を確保すれば良いだけです。実際に塗装をするのはロボットであり、塗装係はその経過を見守るだけだからです。

 

そういうわけで、技術の発展は労働者を無能化し、「だれでもできる仕事」に就かせることで、資本家に対する自由と権利を奪っているのです。

技術は階級を固定化する

驚くべきことではないが、階級社会における技術は、階級と支配を再強化する傾向にある。経営者/資本家はみずからの権力(と利益)を守り、拡大するような技術を選び、弱めるものは選ばない。したがって、技術はしばしば「中立」とされるが、そんなことは(決してありえ)ない。率直にいって、階級社会における「進歩」とはシステムの権力構造を反映しているにすぎない。(技術は政治的だ、とDavid Nobleは表現した。技術は人間の社会関係や権力構造と無縁に進化したのではなかった)

産業技術は権力構造と無縁に発展したのではなかった……。このことは、アインシュタインやオッペンハイマーを思い起こせば足りるでしょうか。 彼らは純粋に技術革新を志したのですが、結果としては原爆による大量虐殺を導きました。

George Reitzerの記述したように、階級システム下における技術的イノベーションは、「人間を非人間の技術で置き換え、管理を増大させる。実のところ、人間を非人間に置き換える技術は、利益最大化の必要にもたらされる、管理の増大の欲求に動機づけられる。合理的システムにおいて、もっとも不確かで予想できない要因は人々だからだ……。」 

 

技術は、生産工程から人間を排除していきます。不確かなので。

 

それと同時に、細分化された労働が、労働者それ自体を非人間化していきます。労働者たちは、自らの労働を管理するのではなく、自分ではコントロールできない労働工程における人間機械となっていきます。

 

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このことは工場労働だけでなく、コンビニの労働などマニュアル化が進んだ仕事や、労働の細分化が極度に進んだ大企業の労働についても言えるかもしれません。

技術は労働者の自尊心を奪う 

現代社会は労働者が自らの労働の「主人」とはならず、経営陣の命令に従うよう設定される。……管理し、制限し、労働を非個人化することが資本主義の鍵となる特徴である。

 

労働者が労働の主人となれば、労働者が自尊心を持ち、搾取に対抗するようになります。これは資本主義にとって明らかに危険です。

 

「労働者が労働に自信を持つ」と、システム全体に損傷を与える可能性がある。だから、労働者は同時に「従順」であることも教え込まれます。(学校教育と奴隷化

 

David Nobleの要約では、産業革命の間に「資本は職場における支配のシステムを再強化する機械に投資した。この投資決定は、長期的には技術を経済的にするかもしれないが、それ自体は経済的決定というよりは文化的に是認された政治的決定である。」

 

というわけで、私たちはしばしば自己喪失したり、人生の意味を失ったり、自殺願望にかられるわけですが、それはかなり部分、「労働の疎外」にあると言えそうです。

 

私たちが自分の裁量による労働をしているとき、幸福や自己実現を感じることができるかもしれません。たとえばバイクの整備士なんて、低賃金ですが、大企業の職員よりも楽しそうですが。

昇進制度は何のためにあるか?

Katherin Stoneもまた主張する。「技術移転は生産の必要を反映しているのではなく、むしろ労働者から権力を奪う戦略だった。熟練した労働者から知識と権威を奪い、生産を直接指揮できる経営幹部を生み出すことによって」

 

で、キャサリン氏は「労働者の脱技能化」に加えて、賃金のインセンティブや職位階層によって、「分割して支配する」マネジメント政策が組み合わされていたと言います。こういった制度のもとにおいては、ルールに従った労働者が高い地位や収入を得ることができます。

 

言ってしまえば「服従しつづけた人に高給と地位を与えるシステム」であり、日本の年功序列制度も同じ原理でしょう。

 

ただ、この昇進制度の誕生はそれほど合理的でも明白でもなかったようです。というのも、昇進制度が生まれたのは機械によって労働者が脱技能化されていき、労働者間の学習進度や技術的差異がなくなりつつある時代だったからです。

 

昇進制度の目的とは何だったのでしょうか。

現代資本主義の職場の構造は、労働者の権威に対する抵抗を打ち破り、労働者の思考や感情を変革することを目的としていた。つまり、労働者を「個人的」で「客観的」な、自分の利益を追求するような存在に変えたのである。雇用者の利益と合致させる一方、労働者たちの集団利益とは衝突するようにして。 

そういうわけで、資本家の利益のために「自然に、自発的に」働き、同じ労働者にたいしては冷酷に、敵対的になる労働者がたくさん生まれたわけです。

 

よく、ビジネス書で「経営者になった気持ちで働こう」などと書かれてますが、これはまさに資本主義的なイデオロギーと言えますし、日本は弱者(底辺労働者)にたいへん厳しい社会ですが、これも資本の意志なのかもしれません。

技術の進歩は「効率」ではなく、権力の増大 

資本主義の職場は階級闘争の武器であり、また武器によって生まれ、労働者と雇用者の間の権力関係の変化を反映している。

 

人工的な職位階層の作成、労働者から管理者への技術移転、技術開発は、すべて階級闘争の産物である。

 

したがって、資本主義内の技術進歩と職場組織は、「効率」とはほとんど無縁であり、はるかに利益と権力に関係する。

強調は私によります。

 

技術の進歩は産業効率化ではなく、階級の維持に働くということです。

 

え、技術の進歩は効率のためじゃないの? という人がいるかもしれませんが、そうではないようです。

このことはセルフマネジメントがしばしばより効率的であると一貫して主張してるにもかかわらず、資本主義はそれに反対していることからも明らかである。

これはよくわかることで、新入社員が「FAXは効率が悪いので廃止しましょう」などと言っても、意見は通らないわけです。 それは新入社員が労働のコントロール権を得ることを意味するからであり、資本の意思に反する。

 

なぜかといえば、純粋に、資本主義が利益をあげ、最大化する最良の方法が、労働者を無力化し、経営層に権力を与えることだからである。

というわけで、技術の発展はひとびとを自由にするどころか、人々をより強固に縛り付ける、ということのようです。

まとめ 技術は資本主義に奉仕する  

ケインズは、機械の導入によって20世紀の終わりには人々の労働時間は週に15時間になるだろう、と言いました。

 

その予想は半分あたって、機械の導入はなされました。いたるところに機械やロボット、コンピューターがあります。しかし、問題は技術が資本家階級に奉仕しているということです。

 

技術が人類のために奉仕するのであればケインズの予想も当たったかもしれませんが、実際には技術は資本家のために奉仕していました。

 

資本家は労働者を搾取することによってもっとも利益を最大化することができるために、労働者を解放することなど、想像もしたくない悪夢でしかない。

 

資本にとって、産業の問題の根源はひとにある。機械と違い、人々は考え、感じ、夢見、希望をもち、奮起する可能性がある。……技術は、中立とは程遠く、権力者たちの利益を反映している。

 

結局のところ、産業技術は人々を飼いならすために機能しているのかもしれません。私たちは技術をアイドルかなにかのように崇拝するのではなく、批判的に考える必要がありそうです。