齟齬

社会とマイノリティの「齟齬」を描く御厨鉄のブログです。

若者はなぜ無差別殺人をするか

新幹線で無差別殺人が起きたことを知った。悲しい事件だとは思うが、特に異常だとも、不快とも感じなかった自分に驚いた。なんだか不思議な気分だ。私は被害者に同情するのと同じくらい、加害者に同情した。

 

なぜ彼はそんなことをしたのか? メディアは暴力的なテレビゲーム、ウェブサイト、ゴス文化の影響を調査した。権力を行使する人々の暴力の例を調べるものはだれもいなかった。


コロンビア・ハイスクールの1999年の銃撃事件に対して、ビル・クリントン大統領は次のように述べた。「私たちは子どもたちに、彼らの相違を武器ではなく、言葉によって解決するよう教えなければならない」。国民放送でクリントンが非暴力を説いたまさにそのとき、米軍はユーゴスラビアの都市を空爆していた。


権力を行使する人々が殺人によって欲しいものを得るような、力こそが正しい世界では、個人暴力は驚くべきものではない。

(25歳のキムビア・ギルによるドーソン・カレッジ銃乱射事件について:Who is Responsible for the Montreal Massacre?  Susan Rosenthal)  

 

追い詰められた若者の選択肢は自殺か他殺

自殺と無差別殺人はよく似ている。

階層社会における経済的不安定、雇用不安、格差、低賃金。

 

ジルはオンラインの掲示板で深い落胆を示していた。「仕事はクソだ…… 学校はクソだ…… 人生はクソだ…… 他に言うことがあるか?」 これらの疎外された感情は普遍的である。

 

世界を知るにつれ、若者たちは感情的なショックを経験するようになる。彼らが望む世界と、彼らが経験する不正には、まったく関連性がない。

 

大人たちはこの世界に適応したように見えるが、若者たちは混乱し、裏切られたように感じる。ある者は鬱病になるだろうし、ある者は攻撃的になるだろう。あまりにも多くが、自らを殺す。そして稀な例では、殺人者となる。

 

ジルが世界が「クソ」であることを発見したとき、彼はその怒りを彼自身と他者に向けた。私たちは、若者たちをそのように捨て去ることはできない。(同)

 

ジルに「激しく同意」してしまう私である。  

無差別殺人という「自然」 

今の日本では、人生はクソである。人々は家畜のようにこき使われ、 一部の金持ちを利するために生命が搾取される。

 

一方で、金持ちたちの守りは完全だ。労組は完全に解体され、飼いならされている。労働者を好きなだけ酷使し、使い捨てにする法制度が整えられている。政治家は賄賂や資金提供によって、人々ではなく財界を代表している。

 

そして、世界は残酷である。あらゆる抑圧にたいして無感覚で、無自覚であること。仲間にたいして残酷であることが、美徳として教え込まれる。現状に異を唱える者はいじめられ、抑圧される。ストライキやデモに対しては「良くないことだ」と白い目で見ることが正しいとされる。 

 

怒りは共感されなければ、解消もされない。矛先をどこに向ければよいかもわからない。

 

 

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Dennis By Christian Ringleb(Saatchi Art

 

私たちは彼が人間だと知っている。そして人間は、自らの痛みを示さないことが期待される。私たちは彼が怒りに満たされていることを、そして、彼が必要な助けを得られていないことを知っている。メディアの専門家は彼を非人間的なモンスターとして描く。しかし、彼はまさに人間である。(The Virginia Tech Massacre: Cho Seung-Hui Delivers his Message)

 

すなわち、無差別殺人は自然である
異常な世界における自然な行為が、無差別殺人である。