齟齬

社会とマイノリティの「齟齬」を描く御厨鉄のブログです。

日本人論と資本主義の精神

日本企業では、西洋社会において一人でやることが期待されている仕事量を二人から四人で取り組む。

 

見せかけの仕事。日本人はルールに従うことを愛していて、そのルールはしばしば時代遅れだ。だからあまりにも多数の会議があり、あまりにも多くのFAXがあり、その他の利益を生まない見せかけの仕事がある。しかし「今までもそうだったから」無関心だ。それが問われたり合理化されることは決してない。

 (QuoraのMartin Basinger氏の解答より)

 

日本人は驚くほど長時間働きますが、驚くほど非生産的です。

 

これは外国人によく指摘されることです。

 

新卒で働き始めた人は、ハイテク産業や大企業におけるあまりにも多くの非効率的な業務や、あまりにも多くの「仕事のふり」に驚く人もいるでしょう。

 

日本人はそういった非生産的な仕事、だらだら労働が好きなのでしょうか? そうであれば労働時間がある程度長いほど心身共に健康になるはずですが、そうはなりません。

 

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労働時間と満足度―日英独の比較研究―浅野 博勝、権丈 英子より。日本の短時間労働者の満足度が低いのは、短時間労働者の待遇や地位がフルタイムの労働者より悪いからとされる。)

 

日本人は、労働が好きなのではない。かといって、労働のふりが好きなのでもない。日本人は、労働するふりを強制的にさせられている。

 

つまり、日本人は勤勉ではないのです。

 

しかしながら、「日本人は勤勉」という説は半ば常識とかしていますし、テレビや書籍などのメディアでは、「日本人は勤勉だ」「働くのが好きだ」という説が再生産されています。

 

日本人は勤勉であるよう強制されます。そして「日本人は勤勉だ」と主張されます。これは原因と結果が逆転している*1

「日本人論」というイデオロギー

日本人とは○○である……というような  「日本人論」は、ほとんど100%が科学的根拠のない主張です。岸田秀も土居健郎も科学的根拠はゼロです。

 

しかしながら日本人論は、いまでも批判的な考察はほとんどされておらず、ゾンビのように生き残っています。最近でも、内田樹「日本辺境論」、池田信夫「空気の構造」のような本が出版されてます。(エセ思想家は日本人論を好むのでしょうか?)

 

日本人論というのは、科学的な事実というよりもイデオロギーに近い。では、何のためのイデオロギーなのか。そのイデオロギーで利するのはだれか。

日本人論で得をするのはだれか

日本人論で得をするのは、エセ学者だけではありません。日本人論は日本人の性質として、以下のようなものをあげています。

  • 勤勉
  • 和を大事にする
  • 礼儀正しい
  • 家族よりも会社、滅私奉公
  • 出る杭は打たれる

単純に考えればよいのですが、これらの「日本人論」は労働者と資本家、どちらの利益になるでしょうか。より正確には、平民層の日本人と、日本のエスタブリッシュメント*2のどちらに。

 

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(引用元)

 

結局のところ、日本の文化や伝統とされるものは、支配や搾取の正当化でしかありません。

 

 

権威当局が「文化」を語りはじめ、そして「外国人はわが国の価値ある文化を理解しない」と主張しはじめたときは、警戒しなければならない。その理由は、彼らが独裁的なやり口を偽装したり、組織的な搾取、法の悪用、脅迫その他野放しの権力濫用を試みようとしている公算が大きいからである。 

 

脱イデオロギーのすすめ

「日本人は勤勉である」 という神話は、「私は/彼は勤勉でならなければならない」という信条を生みだします。

 

遅刻は厳禁、病気でも休まない、低賃金の長時間労働に従事し権利を主張しない、同僚たちの目を恐れ、上司には絶対服従、サービス残業をしてまで仕事のふりをしなければならない……というような労働倫理。

 

たしかに、「日本人は勤勉である」と考える人は、同時に「日本人である自己」にアイデンティティを抱くことができます。「日本人論」は、幻想としてのNationとの一体感に満たされた快楽の世界です。

 

でも、ほんとうは日本人は特別ではなく、勤勉でもなく、優れているわけでもユニークでもない、単なる人間に過ぎません。

 

嫌なことはしない、好きなことをする、という、すべての人間(というかすべての生き物)に共通する欲望を日本人は持っています。

 

「日本人論の描く日本人」として生きることは、嫌なことをし続ける――よき隷属者であることに過ぎません。それは不自然であり、操作的であり、おそらくは不幸への道筋でしょう。

 

*1:この逆転は、「日本人は集団主義」 という説においても同様です。日本の学童たちの大半は、制服なんて嫌いです。おしゃれだったり、着心地のいい、自分の好きな服を着たいと思っています。また、就活生が極めて画一的なのは、それが求められているからであって、各々が好き好んでそうしているわけではありません。

*2:既存体制と訳されることもある。イギリスでいわれはじめたもので,社会改革をはかろうとする者から攻撃される既成の社会秩序の総体をいうが,通常は国家,政府機関,支配階級,特権階級などをさす。ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典