齟齬

社会とマイノリティの「齟齬」を描く御厨鉄のブログです。

「優しい世界」は狩猟採集社会にあった

株式会社ブラック・エージェンシー

A「今日も3000万円の契約を取りました!」
上司「さすがAだ! その調子でがんばってくれよ」

C「Aくんかっこいい~!」


B「(やばいな~、Aはすごいな。俺は全然契約取れないや……)」

上司「B、ちょっとこい」

 

上司「Bよ、やる気がないなら辞めてくれるか? 会社に貢献してない奴に給料をやるわけにはいかん。みんなが迷惑してるんだよ」
B「すいません、がんばります!」
上司「それなら死ぬ気で働け。だれよりも早く来て、遅く帰れ。残業代はでないが、誠意を見せろ」

B「はい……」

A「Bってほんとダセーな! 生きてる意味あんのかよ。俺はもっと成績あげて、昇進してやるぜ」

D「Bキモ~い。」

B「死にたい……」

 

株式会社サン企画

 

A「よし! 契約をとったぞ! みんなに報告しよう」

 
A「あの……またろくでもない契約をとってしまって……3000万円の案件なんですが」
C「はーあ。余計な仕事増やさないでよ!」
D「ふん、しょうもない契約ね。とりあえず、みんなで利益を分けましょ。」
A「申し訳ない……」

 

B「(Aはすごいな……この会社でいちばんの成績だ。ぼくはぜんぜん契約をとれてない)」
B「(ぼくみたいな穀潰しはこの会社にいらないんじゃないか……)」

 

A「しばらく営業まわりをやめます」
A「俺なんかよりもBが適任です。Bに営業を任せます」
C「B君、がんばってね」
D「B君ならできるよ!」
B「A……」
B「俺、がんばります!」

 

B「やった! 契約とれた! みんなに教えてあげなきゃ!」


B「みなさん、契約をとってきました」
C「すごいね! B君」
D「みんなで山分けしましょう!」
A「ありがとうB! お前のおかげで生きていけるよ」
B「A! ……ありがとう」

 

なにこれ~なコントですが。

なんかいきなり、すいません。

前者は現代社会でよく見られる光景(?)……ですが、後者は意味不明だったでしょう。

後者はカラハリ砂漠のブッシュマン(サン人)の風習を参考にしています。

 

サン人(サンじん、San)は、南部アフリカのカラハリ砂漠に住む狩猟採集民族である。砂漠に住む狩猟採集民族は大変少なく現在ではこのサン人ぐらいしかいない。

かつて3000~2000年前くらいまでは、南部アフリカから東アフリカにかけて広く分布していた。しかし、バントゥー系の人々や白人の進出により激減し、現在はカラハリ砂漠に残っているだけである。近年の遺伝子解析では人類の祖先と目されている[1][2]。 サバンナで生活するサン人は「地球最古の人類」とも呼ばれ、移動する狩猟採集民族として20世紀には数多くの生態人類学者の観察対象となった。(サン人 - Wikipedia

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言ってしまえば、「自然状態」の方々です。

 

サン人の特徴を箇条書きにして書きます。

  • 高度に平等主義で、貧富の格差がない
  • 首長やリーダーが存在しない。また、職業分業がない
  • 移動生活のため、私有財産がほとんどない


平等主義なので、獲物をゲットしたらみんなが同じくらい食べられます。狩猟採集社会では労働を経営者や役員が収奪することはないし、国家による徴税もないことに留意しましょう。

 

ブッシュマンのおもしろいところは、平等主義が徹底していることです。分配によって経済的には平等主義が達成されます。しかし、社会的な不平等が生じます。どうしても与え手が優位になるからです。

 

有能なAくんは尊敬や威信を獲得し、Bくんは白い目で見られるかもしれません。それはブッシュマンにとって「良くない」とされます。Aくんにとっても「よくない」です。嫉妬されることは、安全が脅かされますから。

 

だもんで、有能なハンターは、獲物が取れてもしょんぼりした面持ちでキャンプに帰ってきます。周囲の人々も、「獲物が小さいよ!」「脂が載ってないね」と散々です。

 

当たり前ですが、狩猟の成功はみんな嬉しいのです。有能なハンターも、ほんとうは誇らしい気持ちでいっぱいなのです。でもそれを表に出せば、あまり猟がうまくない人に「よくない」からごまかすのです。

 

そして、立て続けに猟に成功した有能なハンターは貰う側に回ります。そのようにして「平等」が達成されているのです。

 

私はこのブッシュマンの民俗学を、放送大学の講義から聞きました。名古屋学院大学は今村薫センセーの、「総合人類学としてのヒト学第4回」という講義です。

 

この講義を聞いて、興奮しました。2chなんかで「優しい世界」という言葉がありますが、まさに狩猟採集生活は優しい世界だな、と思いました。

 

重要なことは……こういった社会が学校や警察や国家なくして可能だということです。ひとびとは本来的inherentlyに、自分のもっているものを分け与え、他人のことを尊重するという性質をもっているのです。 

縄文ユートピズム=原始無政府主義(アナルコ・プリミティズム)である

もっとも、以上は狩猟採集社会に限定された話。農耕社会においてはこうはいきません。

 

農耕社会は労働集約型で定住型――土地資本と人資本が極めて重要になりますから。土地を巡って戦争が起き、負けた方は奴隷としてこき使われます。現代の資本主義の萌芽は、農耕社会にあると言えそうです。

 

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現代資本主義の皆様。

 

そんなわけで、日本でも、「縄文人はよかった」「弥生人は悪魔」という人は少なからず存在します。こういった主張は、実は狩猟採集生活への回顧と言えるのかもしれません。

 

ほとんどメジャーではないのですが、狩猟採集生活が人類にとってベストなんじゃない? という政治哲学があります。それはアナルコ・プリミティズヴィム(無政府原始主義?)と呼ばれています。非アナーキストからはすげえバカにされている学派ですし、アナーキストのチョムスキーも批判してました。*1

 

でも、実際に狩猟採集民がもっともストレスフリーでハッピーに生きているという説もありますし、実は人間の理想、楽園はそこにあると考えることもできるでしょう。

 

ところで、放送大学の講義では、「平等社会とは、不平等の淵を覗き込みながら、かろうじて回避している社会である」とあり、なんか感動しました。不平等の誘惑を感じながらも、それを退ける。裸の無抵抗の美女を前にして、毛布をかける、的な。

 

日本の学者の95%には失望するのですが、今村薫センセーは今後もがんばってほしい! と思いました。

*1:Noam Chomsky on Anarcho-primitivism - YouTube チョムスキーにしてはかなり的はずれな主張ですが