齟齬

社会とマイノリティの「齟齬」を描く御厨鉄のブログです。

アナーキストは反出生主義者である……?

反出生主義が最近の流行のようです。端的に言えば、「子どもを生むことは悪だ」という考え方です。

  

子どもが生まれたら祝福することは、私たちにとっては当たり前のことです。「おめでとう」「よくがんばったね」と褒めることはあっても、生まれたばかりの赤子をかかえる母親に向って「ギルティー!」と糾弾する人は、あまり想像できません。

 

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ネットサーフィン(死語)していると、アナーキストは子どもを作らない、という文章があったので訳してみました。

 

本当のアナーキストが生殖しない理由

引用元:Why Real Anarchists Don’t Breed

Les U. Knight

私たちアナーキストは今日、子どもを持つことを避けるべき多くの理由をもっています。私たちの過剰な出生は、まさに私たちが敵対している諸力を養うことに繋がり、私たちが自由に生きることを妨げてしまう。

 

資本主義は増大する人口と労働力の捻出に依存しています。労働者は、労働への需要が高まったときに力を持ちます。供給への需要が減り、市場が成長することをやめたとき、私たちの目指す経済的な変革は容易に達成されます。持続可能な経済システムは、消費者の数が減ったときに、時代遅れの「叩きのめし、焚きつける」方法を改める可能性があります。

 

社会的な装置は、私たちの生産する家族に依存してます。教会、学校、社会福祉、すべては存続のために新鮮な人体の供給が不可欠です。

 

ビジネスは人間の誕生を称賛します。まるでそれぞれの新しいアメリカ生活を祝うかのように、大人数が乗れる車が組み立てラインに入ります。

 

アナーキストは一般的に生産と消費の労働文化には反対です。育児はそれらの権威を強めます。子どもをもつ労働者はより自らの職に依存し、ストライキを起こす確率が低くなります。アナーキストは両親たちのとれないリスクをとるのです。

 

より多くの子孫を残さないことを考えることは、ほとんど困難になっています。中国政府を除けば、だれもそれを奪おうとはしない自由です。エスタブリッシュメントは、私たちに再生産しろと直接言うことはしません。政府は伝統的にナタリスト(産児増加提唱者)で、しばしば出産に助成します。混乱したマス層は、団結した小集団よりも管理が楽なのです。

 

もし私たちのそれぞれが学校へ行く子どもを、軍隊に行く兵隊を、企業に搾取される賃金奴隷を、消費者を、政府の生活の罠にかかった駒を産まなければ、私たちは旧来のシステムを陥落させることができる。そして陥落したとき、それが私たちが産まないと決めた子どもたちの上に降りかかることはない。

 

アナーキズムは、みずから自身の生活に責任をとることをも意味します。子育てのために「里に持ち帰って育てる」ような子どもをつくることは、夫婦の自由選択の責任を他者に押し付けることを意味します。生殖、とくに生殖のための余分なサービスを求めることは、個人の責任を転化することです。

 

アナーキストは階層を避け、平等な相互関係を好みます。親子関係は、合意ではなく階層的です。子どもたちが生まれることを選択したのではなく、親が生むことを決めたのです。ひとりで生きられない子どもを創りだすことは、何年も権威者を創ることを意味します。「偶然」子どもを出生することになった夫婦は、その生殖能力の責任を負うことはありません。

 

アナーキストと環境主義者は生物圏の危機を理解しています。また、60億にものぼる人口が多すぎるとも。個人的に責任をとるために、私たちは人類のため、地球のために生殖を拒みます。地球の生態系は、人類の自然に対する需要が減る限り、恩恵を受けるでしょう。食料や住宅、資源の不足が根本的に満たされるために、改善された出生率の恩恵を人々は受けるでしょう。すでに存在している子どもたちは、もし彼らが少数となれば、来るべき異変の時に、よりよいケアを受けるでしょう。生殖しないことによって、私たちは社会変革を生みだすために、より多くの時間とエネルギーを持つことになります。

 

アナーキストは、安全も安定も求めません。それらの幻想の状態は、実際の社会的変化とは両立しません。両親は彼らの子どもたちのために、安全と安定を求めます。良い親は、悪いアナーキストをつくります。

 

人口の過密を改善するために、多くの人々は死が唯一の方法だと考えます。実のところ、死は世界的な人口増加にほとんど影響を与えません。百万人が死んだところで、一週間で埋め合わされてしまいます。高い死亡率は高い出生率を生みます。

 

生物学的にもっている、子どもを育てるという幻想を放棄することは、多くの人にとって多大な犠牲であるように感じられます。しかし、もし私たちが社会的地位、雇用、ときに私たちの自由のために犠牲になろうというとき、いまだに存在しないものを諦めることを考えることはたしかに可能です。

 

より多くのアナーキストを生む必要がある、という人もいるでしょう。でも、私たちのどれだけがアナーキストの親から生まれたでしょうか? あなたはだれかをアナーキストにすることはできないのです。それは当人が決めることですから。自分の子どもよりも、他の人々の子どもたちに影響を与えることのできる可能性の方が高いです。とにかく、私たちの子どもたちに私たちがすべきことをしたのだと、15年、20年遅れて彼らにもわかるかもしれません。

 

アナーキズムは今ここで起きるのです。もしそれを選択しさえすれば。

 

今存在する数十億人の人々に、さらなる人間を追加しないことを自発的に選ぶことは、私たちの星にとって偉大な贈り物であり、私たちが新世界秩序に与えるもっとも深刻な打撃なのです。

 

本当のアナーキストは生殖しません。

 

なかなか、過激な文章です。

 

著者のLes U. Knight氏は、反出生主義者というよりも「人類絶滅主義者」と言った方がいいかもしれません。「自発的な人間絶滅運動The Voluntary Human Extinction Movement」のメンバーであり、人類のゆるやかな絶滅を目指しています。アナーキストのなかでもかなりの異彩です。

 

ただ、言っていることはよくわかるんですよね。子育てというのがひとつの神話化、幻想化していることは私も強く感じていることです。

 

だれもかれもが、子どもを持ちたい、持たなければ、という一種の強迫的な感情をもっています。でもその衝動は、だれかから与えられたものではないでしょうか。親が「孫の顔を見たい」と望むとか、周りがみんな子どもを持っているから、とか、世間体が気になるとか、テレビ、雑誌、「当たり前」、「普通」……。

 

でも、自分が本当にどうしたいのかは、自分で決める必要があります。

哲学者や宗教者は昔から子どもをつくらないよ

歴史を振り返ると、反出生主義は変な考えではないかもしれません。一般的に哲学者や宗教者、知者は子どもをつくらない傾向がありました。

 

 

天才の男系の子孫がきまって速やかに死滅することは、もっともふしぎな生物学的事実のひとつである。われわれは多くの天才において、結婚せず子どものないこと、性欲の減退、性欲の倒錯などを見、あるいは強い性的衝動はあっても生殖意志が少ないという事実を認める。(天才の心理学 / E・クレッチマー)

 

とクレッチマーは言ってますが、「天才」はその知性ゆえに、いくらか反出生主義者なのでしょう。

 

私は大学生のときに岡本太郎にいれこんでいたのですが、彼はフランスメディアからのインタビューで、子どもをなぜつくらないかと問われ、「子どもをつくることは安易な創造だ。私はもっと本質的な創造がしたい」というようなことを言っていて、ああ、彼はホンマモンの芸術家だな、と思った記憶があります。

 

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実はかなりのニーチェアンなTAROセンセ

 

でも、私は個人的に……反出生主義に反対したいのです。なんとなく、私は自分が良い父親になれるのでは、と考えているからです。私の父があまりよい父親ではなかったので、自分は良い父親になりたい、という願望があります。……ただ、これはひどいエゴかもしれません。良い父親になりたいから子どもをつくるなんて、逆さまではないですか? 子どもを幸福にしたいから、良い父親になる、のでなければ……。

 

今のところ、Knight氏に限らず、反出生主義はかなりの部分で正しいように感じます。私の力では、論理的に否定するのは無理です。もしできる人がいれば、挑戦してみてください。私は考えるたびに反出生主義の正当性に直面し、敗北します笑

 

「生は愉快な嘘であり、死は不都合な真実である」とだれかが言いました。現代の人類にとって、反出生主義は最大の「不都合な真実」なのかもしれませんね。