齟齬

社会とマイノリティの「齟齬」を描く御厨鉄のブログです。

日本は同性愛に寛容か?

三島由紀夫がゲイだったことは海外では公然の事実です。しかし日本ではひた隠しにされています。

 

三島は実際、どうだったんでしょう? 私自身、美しい男性にドキッとすることはあるし、きれいな「男の娘」なら抱ける自信(?)があります。そういったことから、三島はゲイではなく、美を追求したから男を求めた……そう考えることはできます。

 

しかし、三島が中年期に「ネコ」に転向したと聞いて、そりゃないな、と思いました。ネコとは「掘られる」方です。タチなら結局肛門性交なので理解はできるのですが(男女の肛門に大した差なんてありません)、掘られるとなると全然違う、気がします。例えば織田信長森蘭丸に掘られていたらすごい違和感でしょう。

 

あるゲイの人はブログで三島評を書いています。「三島が肉体改造をしたのは、あれこれ難しい理由をつけているけど、魅力的な肉体で男にモテるため。筋トレは女にとってのエステのようなもの」という文章には非常に納得させられました。

 

タブー化する同性愛

そんなわけで三島がゲイということは限りなく黒に近いのですが、しかし、そのことは語ることすら許されないタブーとなっているようです。なぜでしょうか?

 

第一に、三島が「皇国主義のために死んだ」ことで、これは政治的に都合がよいのです。三島は自民党+皇室という現体制にとっては「英雄的文化人」という便利な道具であり、「ゲイの腹切りマニア」であってはならないのです。たとえば三島由紀夫は「チャンネル桜」によく登場します。

 

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 しかし問題はそれ以外にもあるようです。

 

三島の同性愛が公になることは遺族もひどく恐れていました。三島の妻は彼の同性愛を生涯否定し続けましたし、小説家の福島次郎が三島との関係を描いた一種の告発書のような実名小説を書いたときには、遺族が出版差し止めを求めて起訴しました(なぜか勝訴)。

 

このように見ると、同性愛者は異常者だ、病人だ、不名誉だ、というような考え方が三島家にはあったのではないでしょうか。

日本はゲイに寛容か

ようやく本題に入るのですが、日本はゲイに寛容なのでしょうか。

 

海外のニュースを見るとゲイの人が激しくデモ・パレードなどしていて、「ああ、外国の同性愛者は差別されて大変なんだな」と思うでしょう。

 

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日本のテレビをつければマツコ・デラックスが写りますし、おすぎとピーコや美川憲一もオカマです。では日本ではゲイは生きやすい国と言えるのでしょうか。オカマではなく、ゲイは? テレビの中ではなく、日常世界のゲイは?

 

逸脱を許さない社会はゲイに厳しい

私のなかでこの問題はすでに9割結論が出ているのです。ゲイのみならず、売春婦や薬物中毒者、精神病者、犯罪者といった「アウトサイダー」に対し日本人がどういった目を向けるか、ということを考えてみればよい。

 

Best LGBT Cities 2017 Ranking | Nestpickというゲイの人が過ごしやすい都市のランキングを見てみましょう。

 

大麻を合法化して娼婦が公務員である開放的なオランダは、ゲイにも過ごしやすいようで、アムステルダムは2位の都市です。

 

有給を取っただけで職場にいづらくなる日本のTokyoは70位で、やっぱりな、というところです。評価点を見ると、安全性だけが取り柄でほかはいいところなしです。マイノリティに対する差別的な扱いと、逸脱行為への厳しさは基本的なところで同質なのです。

 

ですから、文化的な多様性を認めない社会では、薬物中毒者やニート、犯罪者といった人に対して非常に厳しくなりますし、LGBTに対しても同様なのです。

 

考えてみると当然ですが、だれもがマツコ・デラックスやおすぎとピーコのようなオープンというか、コテコテのゲイではないわけです。大半の人は自分がゲイであることを包み隠して生きているわけです。

 

芸能界で言えば、江頭2:50鳥居みゆきバイ・セクシャルであることを公表しているようですが、氷川きよし織田裕二槇原敬之は自分の性癖について暴露することはありません。三島と同じように「タブー」となってしまうのです。

   

「日本にはLGBTへの差別はない」というような人は、職場の同僚や学校の友人に嘘でもいいから、「実は自分はゲイ/レズである」と告白してみてほしいのです。その結果がどうなるかはちょっと想像してみればわかることです。決して良い結果にはならないでしょう。

 

 

阪大の学者であるVarun Khannaは、「日本では、ご近所さんや職場の同僚がゲイや性転換者だとは決して考えようとしない。……LGBTは日本人の日常世界ではほんとうに存在していないのだ」と言っています。(The Japan Times)。また彼は、Youtubeの動画で「日本はLGBTの問題の不可視から可視への移行ができていない」としています。これは本当にそのとおりです。

 

お上が何も問題ないと言ったら問題ない国

日本では、支配層が動かないと、さまざまな問題が「なかったこと」で済まされます。

 

過労死なんてそれまでいくらでもあったのに、唐突に電通社員がニュースでとりあげられました。しかしこれは気の毒な言い方かもしれませんが、彼女やその遺族が「日本を動かした」のではありません。

 

あれはただ、政府がそろそろ労働環境を整備するので(「働き方改革」)、それを効果的にアピールできるような「前フリ」として大々的にニュースをあげたわけです。それまでも問題はあったのに、急に「問題化」されたわけです。

 

ヘイトスピーチ」だってそれまでからずっと存在していたのですが、外国からの右傾化への厳しいまなざしに対するアピール(と警察権限強化)の目的から、突然問題化されました。

 

また過去いくつもの公害も同様ですし、放射能による晩発性障害も突如「問題化」されるかもしれません。

 

このように考えると、日本の民主主義というのは実に「建前」でしかなく、国民主権なんて悪い冗談でしかないのですが、LGBTの問題についても、このエセ民主主義が反映されているといっていいでしょう。今はLGBTの差別は完全に黙殺されているような状態です。

 

パブリックに問題提起して、社会を変えることができる。そういった民主主義国であれば、LGBTの差別が「可視化」され、活発な議論を呼びます。

 

しかし日本のような国では、いくら訴えても無視されるだけです。せいぜい、オカマ芸人がテレビに出たり、ゲイビデオが嘲笑されるだけです。

 

結局、オープンに訴えたところで何も変わらないというムードがあるから、問題が表面化していないだけ。日本のLGBTの人々は激しい葛藤を抱えていると言えそうです。

 

 

#そういえば、LGBTのいじめへの対応がまるでできていない、とニューヨークの人権団体にも怒られてましたね。日本:いじめに遭うLGBTの子どもたち 保護されず | Human Rights Watch

 

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