齟齬

社会とマイノリティの「齟齬」を描く御厨鉄のブログです。

個人主義的無政府主義記念日

「この思想 いいね」と君が言ったから 1月25日は個人主義的無政府主義記念日(字余り)

 

やっと自分の落ち着くところを見つけた。

私は個人主義的無政府主義者だったんだ。

 

長らく、自分の思想がわからなかった。右翼よりは左翼だけど、共産主義にも社会主義にも馴染めない。

 

一般的な意味でのアナーキストでもない。暴力革命なんていらね。民衆を扇動して国家転覆させようぜって、もうその「扇動」が支配被支配の関係で、新たな抑圧の萌芽でしかないよね。(追記:この時期はアナーキズムを誤解しています……)

 

私は社会をどうこうしようというつもりはない。賃金奴隷制の搾取された、搾取する、という関係を死ぬほど憎んでいるが、搾取のない社会が実現するとはどうしても思えない。支配―被支配の関係は人間の本性に根ざしていることで、「平等な社会」なんてAIによる政治支配が誕生しなければ実現しないだろう。(追記:いまは可能だと思っています……)

 

だいたい搾取するやつが悪いのではない。人間は搾取されたがっている。奴隷の安逸というものがある。だから、「支配したい奴」と「支配されたい奴」は勝手にやっていればよい。

 

私がただ求めるのは「俺を支配しようとするな」ということだ。肉体的に、法的に、思想的に、道徳的に、私になにかを強制するなということ。

 

Do not disturb! どこかよそでやれ!

私を引っ張り出そうとするな! 

バカはバカ同士でやってろ!

 

      ハ__ハ
     ∩´Д`)) アアアァァァァ~~
     _>、   <_
     -、__ノヽ__リ

 

なんでわかんねんだよ!
ダンゴムシにはダンゴムシの生き方があるの!
なんで日の当たるところに引きずり出そうとするんだよ!
卑屈になってんじゃねえんだよ!
石の下は湿っててひんやりして気持ちいいんだよ!
つつかれたら丸まるのは自分の意思じゃねえんだよ!
遺伝子で決まってるんだよ!ペンギンは空を飛べないの!

 

で、そういうひとたちが、自由に幸福に生きられる社会であるべきだと私は思う。

 

そんな私の昔っからの信条が、まさしくひとつの思想としてあったんだ。

 

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私は右上。いつ見てもアナルコサンディカリスムの黒猫はかっこいいなあ……。

individualist anarchism:「無政府主義運動の中の複数の伝統的な思想の総称で、彼らの意思があらゆる集団・社会・伝統・思想などのシステムによる決定から超越していることを強調する」

 

ちなみにアナーキストというと国家解体を求める人のようだけど、本来の意味は支配からの解放を求める人だよ。

アナキズム」という語は、「支配が無い」(without rulers)を意味するギリシア語の「ἄναρχος」(anarchos)からの派生語……「アナキズム」は「国家を含む権力装置を持たない」という思想や主義の総称である。日本語では通常「無政府主義」と訳されるが、無秩序を求める思想ではない。

 

たいへんびっくりした。

私みたいな考え方の奴が、ある程度存在するだなんて。

 

個人主義的無政府主義者を支持する文献は、

ウィリアム・ゴドウィン、ヘンリー・デイヴィッド・ソローの「超越論的哲学」、Josiah Warrenの「sovereignty of the individual」、ライサンダー・スプーナー の「自然法」、ピエール・ジョゼフ・プルードンの「相互主義」、ハーバート・スペンサー の「law of equal liberty」 そして マックス・シュティルナー の「エゴイズム」などである。

 

正直言ってソロー以外よく知らない人ばかりだけど、プルードンとかスペンサーって有名どころだね。

 

ちなみに私の大好きなシュタイナー先生も個人主義的無政府主義には賛成のようである。

ewig-kindliche.hatenablog.com

 

私は今まで常に、私の世界観に対して<個人主義的>あるいは<理論的アナーキズム>という言葉さえ用いることを避けてきました。というのは、私はそのようなレッテルを、全く重要だとは思えないからです。……
しかしながら、私はそのようなことに賛成しうるという意味で、<個人主義的アナーキスト>という言葉が、私に適用できるかどうかをいわねばならないとしたら、無条件の<ヤー>でもって答えねばならないでしょう。

 

ヤー!って「イエス」ね。

優れた訳文なのでたっぷり引用してしまおう。

 

私は、一度はっきりと話したいと思います。<個人主義的アナーキズム>は、彼の中にある能力と力を発揮することができることを、何物によっても妨げられないことを望みます。個人は、完全に自由な競争において力を発揮するべきです。現在の国家は、この競争に対して関心をもちません。国家は至る所で、個人の能力の発展を妨げます。国家は個人を憎んでいます。国家はこういいます。私はあれかこれかに振舞う人間だけを必要とする。そうでないものに、私は彼が、私が望むようになることを強制する。今や、国家は、人間が国家に、国家はそのようにあらねばならない、というときだけ、人間と折り合う事ができると信じている。もし国家がそうでないならば、そうならねばならない。しかし、現にそうなのです。個人主義的アナーキストは、これに対して、最良の状態は、人間を自由な軌道に乗せるときに現れるだろうと言います。個人主義的アナーキストは、人間が己を正しい状態に置くことを信用しています。もちろん、明日、国家が廃止されるならば、明後日、すりがもはや存在しなくなる、などと信じてはいません。しかし、権威と権力によって、人間を自由へと教育できないことを知っています。すべての権威と権力を廃止するというやり方で、独立不羈の人間を自由にするということを知っています。

しかし、現在の国家はまさに権力と権威に基礎づけられています。個人主義的アナーキストは、権力と権威に対して、敵意を持って相対します。というのも、それらは自由を抑圧するからです。彼は、自由で妨げられることのなく諸力を発展させること以外のことを望みません。彼は自由な発展を抑えつける権力を取り除こうと望みます。社会民主主義がその結果を引き出すとき、最後の瞬間に国家は大砲を発射することを知っています。個人主義的アナーキストは、権威の代表者たちが常に最後には、暴力による秩序付けに訴えることを知っています。しかし、彼はあらゆる強制手段は自由を抑圧すると信じています。それゆえ、彼は暴力に基づく国家と戦います……

 

「個人主義的アナーキストは、権力と権威に対して、敵意を持って相対します。というのも、それらは自由を抑圧するからです。彼は、自由で妨げられることのなく諸力を発展させること以外のことを望みません。彼は自由な発展を抑えつける権力を取り除こうと望みます。」

 

うーん、まさしく私が共感する考え方だ。

 

今後私は個人主義的無政府主義者を名乗ろうと思う。名刺にも書いておこうかな笑

 

私の予想では、今後日本の若者にアナーキズムが広まると思う。「国家が俺に何してくれたんだ?」って若者は多いはずだから。