齟齬

社会とマイノリティの「齟齬」を描く御厨鉄のブログです。

ぼくは「君の名は」が嫌いです

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この前テレビでやっていたので見たのだが、ぼくは「君の名は」は好きになれませんでした。

 

 

その理由をもんもんと考えていた。

 

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もんもん

 

「君の名は」は、世界中で大人気である。

「国内で評判の邦画は海外でまったく相手にされてない」の法則が同作品では当てはまらない。

それどころかあらゆるレビューサイトで高評価。

 

こうなったら、世界を相手に戦うしかない笑

 

いまさらティーンの恋愛に興味がわくかよ

まず第一に、私はティーンネイジャーの恋愛に興味がないということである。

どうして30歳のおっさんが16歳くらい? の男女の初々しい恋愛を見なきゃいけないのか、皆目検討がつかない。

正直いって、気に食わねーことこの上ないのである。

 

(「嫌なら見るな」はその通りで、私もこの前たまたまテレビでやっていたから見たのであって、積極的に観るつもりはもともとなかったのだ。)

 

それよりは信仰深いクリスチャンのダメ男性警官が性的虐待を受けてきた麻薬中毒者の女性と恋に落ちるとか(「マグノリア」)、

誰にもバレてないけど、同級生を溺死させてしまったことがトラウマとなった、ゴミだらけの街に住む繊細な少年の話(「ratcatcher」)の方が好きだ。

 

人物描写がやっつけ過ぎだろ

そんな奴いるか? というくらいコテコテの人物描写が嫌だった。

 

おばあちゃんはおばあちゃんらしいおばあちゃんで、

妹は妹らしい妹で、

父親は父親らしい父親で、

かっこいいお姉さんはかっこよく、

高校生は高校生らしい。

 

ああわざとらしいな~と思った。アニメ(邦画)だな、と思った。

 

現実にはああいう「温和なおばあちゃん」はいなくって、

年寄りなんてどれだけ小ぎれいにしてもどこか汚くて臭いものだし、

男子高校生なんてヤりたくてたまらない年代なものだし、

かっこつけた女はだいたい性格(精神)に問題を抱えているし、

妹はクソわがままで思春期の姉妹の関係なんて歪なものだけど、

そういう人間くさい描写は一切ない。

 

なんていうか、人物というよりは都合のいい「コマ」のようにしか見えなかった。

 純粋培養されたウソクサイ人物が動きまわる作品は耐え難い……。

 

そんなわけで以下のことが言える。

人間関係を理想化しすぎ

あまりしっかりと見ていないのだが、

この映画が「男女のすれ違い」がテーマの作品であることはよくわかる。

 

その前提にあるのは、男女の間にふりかかるなんらかの「外的障害」を取り除けば、

男女が「完全な合一」という理想状態に達することができる、という幼稚な幻想である。

 

つまり、その物語のゴールは「末永く幸福に暮らしました」以外にない。

 

いや、「秒速5センチメートル」のようにすれ違ったままということもある(その方がまだ好ましい)

 

が、いずれにせよ登場人物が「完全な合一」という幻想を求めていることには変わりない。

 

 

しかし私たちは知っている。

どんな「お似合いの夫婦」であっても、理想的な合一なんて不可能だ。

「お似合いのカップル」は3年後には95%別れている笑

 

理想的な人間関係なんてないんだよ。

人間関係なんて衝突しまくって妥協しまくってなんとか維持できるんだよ。

 

 

それがはじめから最後まで幻想のまま終わってしまう。

 

これじゃ「少女漫画」レベルであって、

30のおっさんが観るものじゃねーな、と思った。再び。

 

新海誠監督の発言は「ド正論」か?

売れに売れた「君の名は」。

日本の作品にしては珍しく、海外よりも国内の批判が大きい作品で、

数多くのクリエイターの批判(やっかみ笑)を浴びたらしい。

 

 

  • 「こんなキャッチーなら100億超える映画になるわ」
  • 「作家性を捨ててヒット作を作った」
  • 「魂をビジネスに売った」
  • 「ありがちなモチーフの組み合わせだけで、そりゃあヒットするよ」

 

などなど(ロケットニュースより)

 

で、新海氏は

「(批判的な声に対し)それは、あーその通りかもしれないな、と思うのと同時に、そんなに容易なことならば、みなさんやってみればいいじゃないか、という風にも思います」

「僕たちも狙ったというよりは、結果的にこういう数字になったというのもあるんですけど、やっぱり売ろうと思って作ったものが売れるわけではないですよね。それは大変困難なことで、僕たちも2年間、本当にもがいて、もがいて、もがいてきたわけなので、“キャッチーな映画の積み重ねだよね” みたいな言い方をされると多少腹が立ちます(笑)」

と言っている。

 

それをロケットニュースのP.K.サンジュンというライターは「まさに完全論破! 一刀両断!! 怪傑ズバットッ!! ……な正論である。」といささか興奮しながら評している。(ズバット?)

 

まあ一見もっともらしい反論なのだけど、正論ではないだろう。

 

「やってみればいいだろう」と新海は言うが、

「(作家性を失うから)(魂を売るから)私はやらない、やりたくない」と種々の批判者は言っているのである。

 

良い作品が売れるとは限らないことはクリエイターならだれでも知っていることである(「芸術的」と「商業的」の違い)。

新海を批判している人が「売れなくても良い作品を作る系」なのかは知らないが、好意的にとらえるならそうなのだろう。

それを「やれるもんならやってみな」と返すのは、成功者の傲慢のようなものが透けて見えて、ちょっとイヤラシイ。

 

まあ新海の言うように、批判者たちが「商業ベースに転向」したところで「君の名は」レベルのヒットを生み出せるかというと否だろう笑 この点では正論である。

 

でも、新海には「深み」のある作品が作れないことは明白だし(人物描写が致命的)、そういう批判はあってもいいと思うよ。

 

まとめ:成熟した大人には耐え難い作品

自分が成熟しているとは思わないが笑

 

ある程度教養のある大人には向いてないんじゃないのー? と思った。

 

特に悲劇に親しんだ人。

 

「頂上から谷底へ」

「子どもの無邪気さの喪失、楽園からの追放」

「幸福感に続く慣れ、そして倦怠」

「若さから老いへ」

 

こういうのが好きな人には笑

 

だから清く美しいティーンネイジャーや、

世の中の汚い暗いものは観たくないよ! という人にはよい作品でしょう。

 

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↑悲劇的現実の新宿・四谷

 

映像はほんとうに綺麗だったし、悪い作品ではないと思う(まあ、「綺麗は汚い」んだけどね)。

悪い作品ではないが、良い作品でもねーなというのが率直な意見。

 

 

そんなわけで「嫌なら見るな」ということです。

何かの間違いで見てしまったおじさんが悪いのです。