齟齬

社会とマイノリティの「齟齬」を描く御厨鉄のブログです。

三十路ニートだけど死ぬしかないのか?という質問に対し

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Virali Modi―障害者権利活動家。14歳のとき、マラリアで意識を失う。以降車椅子生活。2014年、印車椅子美人コンテスト二位。

 

30歳の大学中退者で、どうやって生きたらいいのかわからない。何年もバーチャルな世界で無駄にした。どうやって生活を再開できるだろうか? それとも自殺するしか道がないのか? 

I am a thirty year old drop out and I don't know how to live, as I already wasted years living a virtual life until now. How can I start my life again? Or is my only option to quit? - Updated - Quora

 

という質問に対し、インドのVirali Modiさんが回答。(強調は原文から) 

私は12年生*で中退した23歳の者です。私には、自分が特別と思えるような学位も才能もありません。絵を描くことはできませんし、歌うこともできません。正直に言うと、文法が得意なくらいです(自慢することじゃないけど)。私の本当に持っているのは、ポジティブな態度と、確信、そして楽観主義です。

 

あなたは30歳で諦めようとしていますね。私はとてもかわいそうだと思う、本当に。その理由は、決してあなたにお金がないからではない。失業しているからではない。また、あなたが貯金をお酒に費やしてしまうからではない――それよりも、あなたがもう終わりだと考えて、自殺を考えているからです。

 

私は14歳の頃、意識を失って倒れました。私は生命維持装置にかけられ、息がすることができませんでした。薬も効きませんでした。医師は「プラグを抜」きたがっていました。私には助かる見込みがまったくなかったからです。私の父――いえ、母以外のすべての人が、私はもう助からないだろうと考えていました。でも、母はそうではなかった。母は医師に、なんとか誕生日まで延命させてほしいと頼みました(誕生日は8日後でした)。医師はひとつの条件を受けいれるなら、と言いました。もし誕生日まで意識が戻らなければ、プラグを抜くと……。母は同意しました。誕生日――私の目が開きました。医師は完全に意識が戻る8月5日まで生命維持装置を続けました*。もし母がいなければ、今この回答を書いていることもないでしょう。私は生きていないのですから。

入院後、私たちは破産していることに気が付きました。政府による保険が医療処置の残りの費用を補填するまで、すべての財産を売り払いました。住んでいたところも離れなければならなかったし、最終的に父は仕事を見つけました。私たちはたったひとつの混雑したベッドに寝ました。人生はイージーだったか? いいえ。絶対に違う。私はそのとき15歳でしたが、ほとんど動くことができませんでした。自分のプライバシーがありませんでしたし、それは本当に嫌なことだった。

 

私たちはすべてを持っていました。豪華な生活も、ビジネスも、車、家、高価な衣服、電化製品、陶器。私たちはすべてを売りました。富裕層から貧乏になりました。一からやり直しです。貯蓄もすべて使いきりました。そのような対称的な生活に慣れることは困難でした。しかし他にどうすることもできませんでした。

 

私の意見に戻りましょう。私は23歳で、12年で中退し、将来どうすればよいのかわかりませんでした。私はモデルや女優の業界に入ることを切望しています。成功する可能性は25%だろうと認識しています。でも、25%あればたくさんです! 私は与えられたどんな仕事でもやり遂げる確信を持っています。

 

私のアドバイスは、あなたの確信を強くすることです。さまざまなことを学ぶ知識をもって、マインドを広げるようなことや、自分の強さや弱さを理解するようなことをはじめましょう。あなたのお金をお酒に費やすことは辞めて。給料は安くても、仕事を探しましょう。何か目標(何でもいい)をもって、それを成功させて。

 

だれでも生きている中で困難はあります。あなたは今それを経験しているのです。でも、あなたは乗りこえるでしょう。あなたの目標、願望、そして夢を失わないでください。

 

人生があなたに困難な試練を与えるとき、諦めるわけにはいきません。戦うか、巧みにかわすかです。

ドリー*の言ったことを忘れないで。「ただ泳ぎ続けること、ただ泳ぎ続けること」
流れに乗りましょう。

 

*インドでは第12学年修了共通試験を受け、その結果によって希望する大学に進学することになる。

*Viraliの誕生日は9月29日。ほとんど一年間、入院したことになる。

*ドリーとは「ファインディング・ドリー」のドリーのこと。健忘症。

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ニートこそ人生を楽しもう

大変感動しました。 

 

でも、「低賃金でいいから働け」 という意見には賛同できない。それはひとつのごまかし、安逸への道だろうと思います。 

 

私は29歳ニートですが、人生をやめようとは考えていません。 自殺なんかまっぴらごめん。

 

仕事がないくらいで死にたがるのは、おかしい。だいたい、「自殺」というのがすでに不条理です。最近の社会学が指摘するように、「自殺」の実態は「他殺」です。死にたいのではなくて、死にたいと思わされているのです。

 

近世や中世の貧乏人は、「お金がなければ乞食をすればいいじゃない」の論理です。実にタフというか、その方が自然です。

 

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仕事がない、お金がない→死んだ方がいいという思考プロセスは、実は近代以降のエートスでしかありません。

 

このエートスが植えつけられる理由は簡単です。失業が「死に等しい恐ろしいこと」じゃなければ、みんな仕事を投げ出してしまうでしょう。

 

現代人が毎日毎日毎日毎日、嫌な仕事を続けているのはなぜか。貴重な人生の時間を、他者への奉仕で費やすのはなぜか。

 

恐怖です。恐怖が労働者を縛りつけている。仕事がなくなったら……クビになったら……恐ろしい! というわけです。

 

現代の鎖は鉄ではなく恐怖でできています。したがって、見えない、触れない。でも確実に縛りつける。「自分の意思」のようにふるまい、当人を殺しさえする。

 

失業をして「死にたい」と思うことは、教育やメディアによって刷り込まれているだけで、本心からではありません。

 

「ニートは悲惨だ」と思うことも、ひとつのスティグマです。引きこもりは知恵の源泉ですし、孤独はすばらしい。したいことができますから。

 

「万人のうちで、英知に専念する者のみが暇のある人であり、このような者のみが生きているというべきである。」とセネカは言いました。

 

もっとも人生を謳歌できるのは、ニートです。

 

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私の言うことがわからなければ、セネカを読んでください。