齟齬

社会とマイノリティの「齟齬」を描く御厨鉄のブログです。

日本の警察はなぜ腐るのか。アメリカとの違いから

f:id:mikuriyan:20171126173042j:plain

日本の警察とアメリカの警察

 

日本の警察はなぜ腐るのか。

ということが気になっている。

 

無論、腐っているのは政治家、マスコミ、企業など同様である。

ただ、もっとも腐ってはいけないはずの警察が腐ってるのはどういうことなのか、疑問に思った。

 

f:id:mikuriyan:20171126173229p:plain

Modern Japan: Origins of the Mindという本から翻訳してみた。

(ダメそーな表紙だが、そんなことはなかった)

 

赤字、強調は訳者。

  実のところ、腐敗は日本の警察組織にとって慢性的なのだ。 ――前広島県警警部補 赤城文郎 2000

 

 ”無法”という言葉を考えてみよう。この言葉を辞書は「法が適用されないところ」と定義している。私は警察が最大の無法集団だと思う。
 朝日新聞記者 オチアイヒロミツ 1998

 

デビッド・ジョンソンは2003年、アメリカと日本によって行われる判断ミス、また警察の欠点に対する態度を比較する調査を行った。日本の調査を完了させたとき、ジョンソンは日本の警察が、アメリカの警察よりも小さな不正には妥協しないことを発見した。たとえば、困難な状況を助けてもらった市民が、警官にプレゼントを与えるといったような場合である(賄賂になる)

 

日本には外面を重視する伝統(たてまえ)があることから、ジョンソンは「不正を明らかにするようなメカニズムが日本では発達していないことから、警察の素行はその見た目よりも悪いだろう」と書いている。


(……)

 

ジョンソンが明らかにした日本の警察システムの問題については元警察官の警察の活動の研究者や犯罪学者たちの結論と一致している。

 

ジョンソンは主に三つの問題をあげている。「警察の賄賂の着服、パチンコ産業に特有な腐敗、そして警察の組織犯罪に対する寛容さ」である。

 

西洋と違い、日本の警察は望ましくない活動をはっきりと禁じるよりは、コントロールしようとする傾向がある。一方で、警察をコントロールするような構造はない。

 

ジョンソンは行政の改革についてはとても悲観的であるようだ。

日本の警察の腐敗の問題は「腐ったりんご」が原因なのではなく、組織の欠陥なのだ…… 巨大な改革に必要な状況は、現在はないし、すぐには現れそうにもない。将来の予見として、日本の警察は法を超越しているままである可能性が高い。


これらの幅広い意見によって、日本の警察の行動は広く知られている。一方で、公の秩序の維持や犯罪抑止は伝統的に聖なる職務と考えられている。

 

そのような使命を与えられた人びとは、高い評価を受けており、多大な尊敬に喜んでいる。日本の母親は彼らの子どもの非行に対し、そんなことをするなら警察に連れていって教育を受けてもらえ、と諭す。もし両親が成人した子の問題が手に負えないときは、子は地元の警官に指導を受ける。

 

西洋の警察官の主な仕事はしかし、法律の助けによって犯罪と戦うことである。日本の警察官は、そのような最重要任務にくわえて、指導員や相談相手、教育者のように振る舞う。

 

日本の法制度の専門家であるデヴィッド・ベイリーは、「アメリカの警察官は人民法の権力を持っている。日本の警察は不文律の規範意識の権力を持っている」。

 

国民の尊敬と同意が、警察に幅広い権力と法律の許す範囲からの多くの逸脱を生みだしている。公共の安全のためなら、小さな不正は無視してよいと信じられている。このような警察のふるまいは、警察を処罰者というより指導員ととらえるような民衆に期待されたもので、反対意見はほとんどあがらない。


一方で、彼らの特異な公共使命は、警察権力を日本社会のなかでもっとも閉じられた集団のひとつにした。

 

儒教的な規範がそのなかの関係を規律し、上層が監理と統制を行っているあいだは、部下はまったく受容的で服従的であることが求められる。一般の警察官の活動は、個人的な自発性も、創造性も固く制限されている。

 

一人の警察官の不正は部門全体、特に部門長に、影を落としている。今日、そのような組織はそれぞれ、すこしずつ近代的な人材監理に変わりつつあるが、伝統的な関係性が完全に消えたわけではない。ツチモトによれば「警察官に対する懲戒処分の30%は、いまだに「監理の欠陥」と関連付けられる」。

 

道徳的な義務に関する限り、儒教倫理が行動を決定し続けているようだ。警察のトップはしばしば部下の悪行の責任をとる。ときに極端な形で。


数年前、日本の検察が警察官の集団的な規律違反を明らかにした。いくらかの保護観察官が容疑者たちに歪められた法的処罰の情報を伝えて強請った。すでに退職していた直属上司と、メディアの注意を引くまでには数年かかった。上司はその不正に気づかず、関与していなかったにもかかわらず、その問題が明るみになったことで自殺した。彼の遺書には、元部下の不正に関する監督責任によって、生きていけないと書かれていた。


このような上司と部下の関係は、組織の閉鎖性と同様に、警察権力の不正の隠蔽の、主な理由として機能する。それは世界中の警察に共通な、法体系の特殊な地位の濫用に関する知識によって十分に証明されている。国による違いはおそらくないのだろう。

 

日本の警察の明白な人気を信用することはこのことによって難しくなる。90年代の日本の警察スキャンダルはその懐疑を裏付けるものである。最初のすべての日本警察首脳の反応は予想通り同じものだった。彼らはメンツを保つために、あらゆる手段を駆使してスキャンダルが広まることを防止した。

 

日本では、警察が警察報道を隠蔽することは難しくない。なぜなら警察はどの情報が公になるかを彼ら自身が決めるからだ。いくつかの県のなかでは、県警の活動を統轄する検察官が、彼の県警部門のトップに調査を報告した。

 

すなわち警察官の不正の報告は、不正を事前に知るべき警察官上司に渡る。明記されたものと不文律である職業倫理によれば、不正な警察官は彼の上司に不正を報告すべきだとしている。そのようなケースでは、処罰を課す代わりに情報が広がるのを食い止めるような組織に彼は保護と支援を頼るだろう。

 

だいぶ長くなったが、重要箇所をまとめたい。

 

警察の賄賂の着服、パチンコ産業に特有な腐敗、そして警察の組織犯罪に対する寛容さ。

日本の警察の特徴がとてもよく整理されている。

特にパチンコ。なんであれが賭博じゃないんだろう。

組織犯罪に対する寛容さは、もちろん暴力団とのfriendshipのことだろう……。

 

日本の警察の腐敗の問題は「腐ったりんご」が原因なのではなく、組織の欠陥なのだ

すなわち、「警察の中に悪いヤツがいる」のではなく、「組織全体が悪い」。

どれほど清廉な人物でも、警察組織の内部にいれば腐ってしまうということである。

 

この体質的な不正を「改革する」にはどうしたらいいのかはわからない。

ジョンソンと同じように、たぶん改革は不可能だろう、と私は思う。

 

日本の警察は法を超越しているままである可能性が高い

これはぐっとくる表現だ。原文はAbobe the lawで、

警察は法の番人というより、特権的地位を濫用する権力装置になっている。

もはや警察が無法者なのである。

 

国民の尊敬と同意が、警察に……多くの逸脱を生みだしている

私たちは、警察についての誤ったイメージを持っている。

刑事ドラマや警察24時などの特番によって。

日本人はバカみたいに「警察神話」を信じている。

だが、

「警察24時」の画像検索結果

 

ジャーナリストの寺澤有は、「警察の発表はすべて嘘」とまで言い切っている。 

 

警察はどの情報が公になるかを彼ら自身が決める

警察内部での隠滅工作は当然あるだろうが、マスコミに対する圧力もあるだろう。

警察も腐敗しているが、マスコミもひどく腐敗している。

まともなジャーナリズムがあれば、警察の腐敗はある程度食い止められるはずだが。 

警察は警察であってほしい

正直、訳してみたけどあまり目新しい情報はなかった。

 

ただ、アメリカではほんとうに警察が警察なんだなあと感心した。

 

私はなんとなく、日本の警察は優秀で、アメリカの警察はひどい奴らだと思っていた。

 でもそれは市民やマスコミが厳しく警察を監視しており、法的逸脱を許さないからひどく見えるだけだ。民衆がノーテンキ、マスコミが警察と仲良しな日本では優秀に見える、というだけのことだとわかった。

 

日本の警察は指導員とか相談相手にならなくていいから、きちんとまじめに仕事をして、法律を守り、警察らしい警察になってほしいものである。

 

結論。

 

警察は法律を守りましょう。

 

って、すごいメッセージだな笑 

 

 

ちなみに私がとても好きなフィクションの警官。映画「マグノリア」より。

f:id:mikuriyan:20171126174929j:plain